マリア3
一〇九七年中は、コンスタンティノープル周辺に食料の買い付けに来ていた巡礼軍の面々に商品を売りつつ、儲け話を聞き付けた商人の義勇軍や、元海賊を引き入れて船団を拡大していった。
一〇九八年にブルゴーニュ伯ボードゥアンがキプロス島北の対岸キリキア地方を落としたことを契機に、私達はキリキア地方ピラモス川河口の港町へと拠点を前進させた。巡礼軍は自分達の数により崩壊しかけていたので、略奪は過酷で。
同じカトリックすら虐殺して略奪する有り様を、ローマ教会に手紙で知らせたものの「戦争はそんなものだ」と取り合ってもらえなかった。
『ローマ教会が略奪を黙認した』ことを利用して。巡礼軍の面々から、明らかに略奪品なアクセサリーや工芸品を買い取り、それをローマやベネツィアで転売することで次の食料買い付けの資金や『マリア騎士団』活動の費用にして。一部はローマ教会の『銀行』に預けつつ。
『巡礼軍がギリギリ暴発しないようにしている』との評価を東ローマ帝国から頂いた我らがマリア騎士団は。一〇九九年一月、キプロスはキレニア港に拠点を持つことを許された。
「じゃ、港を拡張するよ!」
巡礼軍相手の商売で儲けていた私達は、キレニア港を拡張したり。
「養蜂はこうするの!」
私の前世知識由来な近代養蜂を伝えたり。
「病気? これ飲んで!」
経口補水液を普及させたり。
「この木は伐る! こっちはもうちょっと待つ!」
薪炭林を整備したり。
「どう?」
「掘れます」
井戸を掘ったり。
と、巡礼軍相手の商売を続けながらキプロス島で好き放題していた。巡礼軍は順調に進撃していて。私達の巡礼軍側拠点もシリアの港タルトゥース、エルサレム最寄りの港ヤッファへと変わっていった。
一〇九九年六月。『本隊がエルサレムに到着した』と聞いた私は、私の他戦士五〇人、後方支援要員一〇人を連れて包囲に加わった。
「これはひどい」
二日にパン一個食べられたら良い方な巡礼軍の有り様に辟易としつつ。私はマリア騎士団の仲間達に、食糧、水、薪を運び込ませ、エルサレム包囲軍に売り続けた。現地やヴェネチア・ジェノヴァの商人から買うよりも、私達の商品は安かったので、反感は買わなかった。
「どうしますか?」
いつの間にか私の地位は、エルサレム包囲軍の中でも上位に位置していた。
でも、この時代の軍事の素人な私は。
「皆さんにお任せします」
としか、言いようがなかった。
ただ、ひとつだけ言えたこともある。
「異教徒や異端を、過剰に殺さないように出来ませんか?」
「それは何故だ?」
ノルマンディー公ロベールの問いに、私は建前を答える。
「戦争後の労働力になるからです。改宗するというなら、殺さないように出来ませんか?」
「ふむ……」
指揮官の面々は考え込み、そして。
「そうだな。ヴェニス商人に奴隷として売れば、資金の足しになるな」
と言った。
(違う、そうじゃない)
と言いたかったけれども。エルサレム包囲軍は物資が枯渇していたので、それ以上何も言えなかった。
七月一五日。包囲軍は城壁を突破し。七日間、エルサレムでは火の手が上がり、虐殺が行われ、多くの民が奴隷に落とされた。
「こんな……」
七月二二日。巡礼軍の指導者の一人ゴドフロワ・ド・ブイヨンが聖墳墓教会にて『聖墳墓守護者』の称号を与えられる中、私はエルサレム市街地を歩いていた。
家々は崩れ、聖堂は略奪され、燃やされた。道には血や肉片が飛び散りハエが集っていた。
「いくら異端・異教徒相手でも、これは酷すぎる!」
聖墳墓教会前まで来て、私の精神は限界に達し。私は失神した。
「んむう……」
意識が戻ると、最近寝泊まりしていた夜営陣地の絨毯の上に、私は横になっていた。
「騎士マリア。お目覚めになられましたか」
神父ピエトロが、私の隣で聖書片手に正座していた。
「……あのねピエトロ」
「はい」
私は、言うと決めていた『作り話』をする。
「エルサレムで起こったことは、未来でも、何度も起こるんだってさ」
「異端や異教徒との戦いが、ですか?」
「うん」
作り話なのか、自分が思ったことなのか。全く区別のつかないまま、私は話し続ける。
「異端も異教徒も、教えを間違っているだけで、同じ主を信じているんだって。異教徒で言う精霊や神々は、天使なんだって」
「はい」
「正しい主を信じている者同士が争うことに、主は心を痛めている、って言われたよ」
「……そうですか」
「また地上を洗い流す必要がある、って言われて」
「なんと!?」
「でねピエトロ」
「はっ!」
「私はね、いつか人々は手を取り合えるようになるから、それを見守ってください、って言ったの」
「そうしたら、熾天使様は何と?」
「『期待する』って、全然期待していない表情で言われちゃった」
私は、実家の宿屋でこき使われる生活が嫌で、逃げるために巡礼軍に参加した。けれどそれで良かったのだろうか?
「私ね、巡礼軍に参加するまでは、なんとなくみんなと分かり合える、なんて思ってたの。なのに今は、そう思えないよ」
頬が熱い。視界が歪む。
「私、熾天使様に信じてもいないこと言っちゃったよぉ」
声を上げて、私は泣く。
「私、嘘つきになっちゃった。私、人が信じられなくなっちゃった。どうしたらいいのぉ?」
たった一回、エルサレム包囲戦に参加しただけでこれだ。たったひとつの嘘を吐き続けただけでこれだ。一か月も戦わなかったのに、後方にいたのに、私は人間を信じられなくなった。
なら、ずっと戦っていた人達は、どうなったのだろう?
異端や異教徒を焼き、殺し、辱しめ。仲間の血肉すらすすった彼らは、どんなモノに成り果ててしまっただろう?
分からない。何も、分からなかった。
「……何も変わりません」
ピエトロは、私を抱き締めた。
「何も変わりませんよ、騎士マリア。隣人を愛し続け、祈り続け、互いに助け合い続ければ良いのです。そうしたら、また人を信じられるようになります」
「グスッ……。本当ぉ?」
「ええ、本当ですとも」
泣いて泣いて、泣き疲れて眠るまで、私は泣いた。