マリア2
宿屋の娘で下働きだった私マリアは、ローマ教会預かりになって。聖書や作法、算術に剣術などの勉強に励んだ。
『予言』から一年後。一一月の頭に、私は教皇ウルバヌス二世猊下に呼び出された。
呼び出された部屋は、置かれている品々は品が良いけれど華美ではない。そんな、こじんまりとしているけれど過ごしやすそうな部屋だった。
「マリアよ」
「はい」
猊下の下に跪くと、猊下は言った。
「君の予言は事実となった」
「では?」
「うむ」
猊下は重々しく言う。
「隠者ピエールの巡礼軍(注釈:巡礼軍とは後で言う十字軍のこと)は、クセリゴルドンとその周辺で壊滅した」
はあ、と息を吐き猊下は言う。
「よって我々は、君をエルサレムに送り込むことにした」
「では!?」
顔を上げそうになるのを堪える。
「ああ。君を中核とした騎士修道会『熾天使への巡礼騎士修道会』を創設する」
も、言われた言葉は予想を越えていて。私は呆けてしまった。
(騎士修道会って!? 第一回十字軍の後に出来るんじゃないの!?)
「既に巡礼軍の本隊はコンスタンティノープルに近付いている。また、君の部下となる人員と船、資金も用意してある。存分に働きたまえ」
「はいっ!」
混乱する私は、返事をするのでいっぱいいっぱいだった。
こうしちゃいられないと、すぐさま、ローマの港に集まっているという私の騎士修道会の面々に会いに行く。
そこには、五〇人の漕ぎ手が必要となるガレー船が三隻と、神父ピエトロ、教会で見かけたことのある騎士一〇人。明らかに元農民な男性三〇人と女性一〇人が武装して待っていた。
「お待ちしておりました」
代表らしき神父ピエトロが頭を下げると、騎士達と船員達は揃って、農民な面々はバラバラと頭を下げた。
「神父ピエトロ。貴方が副官でとても心強いです」
「いえいえ。では早速行きますか?」
「その前に。船員達の指揮官は誰ですか?」
「……俺だ」
出てきたのは、黒い髭もじゃな男だった。
「お名前は?」
「サッチ、と呼んでくれ」
「分かりました。ではサッチ、今日は航海に出るのに向いていますか?」
尋ねるも、サッチは言い辛そうに黙る。
「私達は海に関して素人です。なので貴方の意見が聞きたい」
するとサッチは答えてくれた。
「……今日は風も海流も凪いでいる。せめて海流だけでも何とかならねえと、漕ぎ手が疲れちまう」
「分かりました、信用します。では、何日待てば良いですか?」
「三日。三日は待ってくれ」
「分かりました、三日ですね。好都合です」
私は神父ピエトロに言う。
「出港は三日後にします。それまでに、巡礼軍の仲間向けに小麦と塩の買い付けをお願いします」
「巡礼軍の仲間向け? どういうことですか?」
首を傾げた神父ピエトロに、私は説明する。
「コンスタンティノープルに集結しつつある巡礼軍は、四万以上はいると聞きます。その前に既に隠者ピエールの巡礼軍が集まったコンスタンティノープルには、彼らを養えるだけの食料があるか分かりません。最悪塩も足りないでしょう。
なので、彼ら向けに食料を買います」
「……マリア様は慈悲深くあらせられる」
神父ピエトロと騎士達は頭を下げた。
「かしこまりました。小麦と塩の買い付けを行います」
「あのー」
すると、農民の女の一人が、おずおずと手を上げた。
「どうした?」
「野菜は持っていかないんですか?」
「野菜は海を行く間に萎びて……、待って?」
ここで私は、あることを思い出した。
「市場にキャベツはあるかなあ?」
「ありますよ」
農民の男が答える。
「今年はキャベツが豊作なんで。いつもより安いですよ」
「そっかあ」
私は指示に追加を出す。
「両腕に抱えられる程度の壺五つと、そこに入るだけのキャベツも買ってきて?」
「? 分かりました」
「では、一旦解散!」
三日後。戒律をなんとか作り。色々買い物をしたりしている間に、いつの間にか『マリア騎士団』と呼ばれるようになっていた私達は、準備を終えてローマの港を出た。
「皆、ありがとう」
ここまでで既によく働いてくれている騎士団の皆に頭を下げると、「いやいや」と恐縮された。
「騎士マリアから教わった『ザワークラウト』のお陰で、今年から野菜を長く食べられる、って村の連中喜んでましたし! 感謝するのはこっちですって!」
元農民の女性のリーダー、アマリアがそう言うと。
「コンスタンティノープルでは実際食料品が高騰している模様です。むしろ我々は、騎士マリアに感謝しなければ」
神父ピエトロがそう言い。
「ま、俺の古巣も改心の機会を与えられたことだしな」
と『黒ひげ』サッチが笑う。
「……そっか」
私は笑い。甲板から船団を見渡す。
「まだ実績もないのに増えたよねえ」
「だなあ」
サッチは笑う
我らがマリア騎士団は。船だけで、漕ぎ手三〇人級のガレー船が七隻増えて一〇隻になっていた。五隻はサッチの古巣の海賊団から騎士団へ正式な合流で。二隻は目敏い商人の船の『義勇軍』だけれど。
お陰で、戦士も、男性八〇人、女性五人増えて。後方支援な女子供も五〇人程増えた。
「大所帯だが、ローマからの支給も多少はある。何とかなるだろ」
「巡礼軍の方々への補給の代価も貰えますしね」
「話の分かる奴だなあピエトロは」
サッチとピエトロは肩を組んで笑い合う。
「……後は敵の襲撃を警戒するだけだね」
「だな」
航海は、順調に進んでいた。