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エマ3

 エーゲ海での海賊との戦いは長々と続いた。

 島をひとつひとつ制圧しては、生活基盤を整えたり、小さすぎる島は海賊が住み着かないよう生活基盤を破壊したり。

 そんなことをダラダラと続けているうちに、一二四四年、エルサレムがイスラム教徒の手に渡り、現地のキリスト教徒が虐殺される事件が起こった。

 この包囲戦を行ったのは、モンゴル帝国に滅ぼされた、イラン高原に存在した国ホラズムの難民達で。財産の乏しい彼ら彼女らはエルサレムで散々に略奪を行った。

 私達マリア騎士団やホスピタル騎士団からすると、キリスト教側もエルサレムで虐殺を行ってきたのだから『おあいこ様』ってところで。

 キリスト教諸国も『別にエルサレムがイスラム教徒の手に落ちても、巡礼に問題はないからなあ……』といった調子で。そんなことより目先の、ポーランドやハンガリーを壊滅させたモンゴル帝国の方が大問題だった。

 マリア騎士団としても、黒海沿岸国が荒れて交易相手が減ったので、モンゴル帝国をなんとかしたかった。


 そんな状況なのに。何をとち狂ったのか、フランス王国のルイ九世がエルサレム奪還に意欲を燃やして。

 第七回十字軍が始まった。




「邪魔だなあ」

 キプロスに集結した、ルイ九世率いる第七回十字軍二万の将兵は、どこを攻撃するのかという選定から揉めていた。

 ロマニア帝国はニカイア帝国への攻撃を。

 アンティオキア公国はシリアへの攻撃を。

 ルイ九世はエジプトへの攻撃を。

 マリア騎士団、ホスピタル騎士団、テンプル騎士団、エルサレム王国はイスラム勢力へ攻撃なんてせずに帰って欲しいと。

 てんでバラバラな主張はまとまらなかったものの。

「エルサレムを確保・維持するにはエジプトを攻撃して占領せねばならん!」

 と頑ななルイ九世の意見が通り。

 フランス王国軍とロマニア帝国軍はエジプトへ。

 アンティオキア公国は帰って自国防衛へ。

 私達マリア騎士団、ホスピタル騎士団、テンプル騎士団は十字軍から離脱し。

 エルサレム王国に至っては『折角アイユーブ朝と交渉を持っていたのに!』と激怒。帰ってアイユーブ朝と同盟を結び、第七回十字軍と敵対した。


「あーもう滅茶苦茶だよ!」

 十字軍に救援される筈のエルサレム王国が、十字軍と敵対してイスラム側に付くなんて。

「どうしよう?」

 私達マリア騎士団の面々は悩んだ。

「十字軍に付くか?」

「しかし十字軍に大義名分は無いぞ?」

「かといってイスラム側に付く理由も無いしなあ……」


 悩める私達の立場を確定したのは、ホスピタル騎士団の方針が決まったからだった。

「中東まで来た信徒をエルサレムまで護衛するという本分を果たすのが、我らのつとめ!」

 十字軍には関わらないと断言した彼ら彼女らは、普段通りにカトリック教徒やイスラム教徒の巡礼者の護衛を続けた。一二四四年のエルサレム包囲戦で被害を受けつつも、幾人もエルサレムから脱出させた彼らの名声もあり、ローマ教会は彼らに苦情を入れることも出来なかった。

 精々ルイ九世が文句をぼやいた程度である。


「私達の本分を忘れていたね」

 私達マリア騎士団の団員は、自分達の情けなさに笑った。

 聖地へ巡礼する者達を運び、交易で貧富の差をマシにする。それが、私達マリア騎士団の本分だ。

「第七回十字軍は無視。普段通り、交易と巡礼者の護衛をするよ!」

「「はっ!」」


 マリア騎士団は、第七回十字軍に積極的には協力しなかった。精々キプロスまで来た付属の商人に食料を売るくらいで。後は地中海交易を続け。混乱する黒海沿岸に食料を運んだ。


 私達マリア騎士団の協力を得られず。エルサレム王国に至っては敵対された第七回十字軍は、途中アイユーブ朝がマムルーク朝に変わったりしつつ。ルイ九世他一万名が捕虜になるという大敗北を喫して終わった。




   ***




 騎士エマ。


 四代目マリア騎士団団長。『エーゲ海海賊戦争』で有名。


 少年十字軍を率いたエティエンヌの妹であり、少年十字軍解散後マリア騎士団の下働きをして故郷へ帰る旅費を稼いでいたものの。

 マリア騎士団の『三方良し』の精神に感銘を受け、一二一九年、マリア騎士団に入団する。


 だが、彼女が感銘を受けた『三方良し』の精神を果たせた機会は、商売以外は少なかった。

 第六回十字軍に参加したものの。神聖ローマ皇帝フリードリヒ二世は十字軍よりも教皇グレゴリウス九世との政争が重要であり。またアイユーブ朝スルタンアル・カーミルも自国内の権力闘争が重要であり。

 彼女がそれらに介入する余地はなかった。


 第六回十字軍後、マリア騎士団はアイユーブ朝が面目上占領していたタジュラ湾沿岸の寄進を受けた。

 これは結果的に、マリア騎士団の活動範囲が紅海やインド洋西岸まで広がることに繋がったものの。タジュラ湾沿岸の統治権ははっきりとしていなかったせいで、アビシニア地域の国々との摩擦の原因となった。

 他の宗派に寛容なマリア騎士団だからこそ、それらの摩擦は解決されたが。他の組織なら戦争になってもおかしくなかったとする説が強い。


 その後騎士エマは、ロドス島を根城に、ヴェネツィアやジェノヴァの商人の支援を受けていた海賊との戦いを指揮した。

 この一二三一年三月から始まった、エーゲ海での海賊とマリア騎士団との戦争を『エーゲ海海賊戦争』と呼ぶ。

 この戦いでは、敵対していたロマニア帝国とニカイア帝国の海軍を、マリア騎士団海軍が指揮して、三軍共同で海賊を撃破したことも多々あった。

 エーゲ海の海賊がどれほど危険視されていたか、よく分かるエピソードである。


 第七回十字軍は、会議こそマリア騎士団の本拠地キプロス島で行われた。しかし、方向性の違いからマリア騎士団はホスピタル騎士団と共に離脱した。

 この十字軍では、テンプル騎士団がモンゴル帝国との戦争に集中するために離脱。エルサレム王国が十字軍と敵対するなど、十字軍らしからぬ動きが多かった。


 第七回十字軍後、マリア騎士団を率いてエーゲ海を制した騎士エマは、一二六五年七月六日、エーゲ海海賊戦争時の古傷が原因で死亡する。

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