エマ2
一二二八年六月。神聖ローマ皇帝兼シチリア王のフリードリヒ二世が、破門されたまま第六回十字軍を始めた。
「十字軍は完全にローマ教会の手から離れたね」
残念に思いつつも、私達マリア騎士団とホスピタル騎士団、エルサレム王国はフリードリヒ二世の軍勢に加わった。
というのも。
「余は戦争する気なぞない」
と、フリードリヒ二世は一〇〇名以下の側仕え(騎士に非ず)だけでアイユーブ朝の面々と交渉しようとしたので、慌ててマリア騎士団とホスピタル騎士団がその護衛に立ち。エルサレム王国は第五回十字軍で十字軍と対立して途中離脱していたので、参加せざるを得ず。
こうして、非戦闘員含む総勢一〇〇〇人でアイユーブ朝と『戦う』、字面だけ見れば自殺行為な十字軍が始まったのだ。
のだけれど。
「なーんか、フリードリヒ二世とアル・カーミル仲良くなーい?」
「だなあ」
「チェスしてるぞ?」
「仲良し過ぎやしないか……?」
アッコンに到着したフリードリヒ二世は、アイユーブ朝スルタンのアル・カーミルとアラビア語で仲良く談笑しているだけなので、今までの十字軍の情報を引っ張り出して調べていた私は、違和感がもの凄かった。
他の面々も、その点困惑しており。
「戦わないで良いのか……?」
と、度々フリードリヒ二世に質問するも。
「戦わずにエルサレムを奪還出来そうだから、な」
といった調子で。
一〇月。
「……帰って良いか?」
とホスピタル騎士団とエルサレム王国の面々が言い出した。
それに対するフリードリヒ二世の反応はというと。
「半分は帰して良いぞ」
といった調子で。ホスピタル騎士団五〇名、エルサレム王国軍三〇〇名は本当に帰っていった。ホスピタル騎士団は巡礼者の護衛業務と平行しての十字軍参加だったので、これでひと息つけるとほっとしていたのが印象的だった。
話し合いという名の戦争は、翌年の一二二九年二月まで続いた。
「アイユーブ朝は岩のドームを除くエルサレム全域、ナザレ、シドン、ヤッファ、ベイルートをエルサレム王国に割譲し。エルサレム王国とアイユーブ朝は一〇年の停戦に入る。大勝利ですね」
私はフリードリヒ二世を誉めるも、彼は不本意そうだった。
「どうしました?」
「いや、折角停戦したが、どうせローマ教会が駄目にするのだろうと思うと、な?」
「あー……」
現教皇グレゴリウス九世猊下は、聖職者として間違いなく有能だけれど、イスラム教に対する敵意がもの凄い。
「……下手をすると、この停戦を理由に陛下に対する十字軍が発令されるかもしれませんね」
「あながち否定出来んのがなあ……」
フリードリヒ二世は深々とため息をついた。
第六回十字軍の面々が帰路に着く中。私達マリア騎士団二〇〇名は、アル・カーミルが用意した先導者に導かれて、紅海を南下していた。
「いやー、助かります」
先導者は言う。
「キリスト教にもイスラム教にも顔が利くマリア騎士団の皆様がかの地を治められるならば、アビシニアからの巡礼が楽になる。そうなれば、ハッジ(巡礼)に行けるイスラム教徒も増える」
様々な国々が勃興と衰退を繰り返す土地、アビシニアには、キリスト教徒もイスラム教徒も、土着の宗教を信じる者もいるという。
そんな地域の一角タジュラ湾を、アイユーブ朝はスルタンとして一時的に抑えたそうで。この地域をマリア騎士団に『寄進』する代わりに、アビシニアからのイスラムの巡礼者をメッカ最寄りの港ジッダまで運ぶよう、要請されたのだ。
「初代団長がイマームだからな。その箔付けになろう」
アル・カーミルはそう言っていたが、はてさて。
ということでやって来た、タジュラ湾いち栄えている、らしいオボック港は。
「漁村だよねこれ?」
といった風情の港だった。
「で、船はどこで用意したら?」
「こちらの、乗って来られた『バグラ』をお使いください」
「ほうほう」
このバグラという船は、ダウ船と呼ばれる種類の船らしく、なんと釘を使わないで造るのだとか。
「……いつかは、自分達で建造したいね」
幸いタジュラ湾には、育ちやすい木があるみたいだ。
「……とりあえず、ナツメヤシ? とココヤシ? の畑を造ろうか」
「苗木はお安くしとしますね」
「この商売上手め」
私は苦笑した。
オボックの担当者を決めた後、一二三一年二月にキプロスに帰還した私は『案の定』な知らせを受けていた。
「やっぱりかあ」
教皇グレゴリウス九世が、破門された状態でエルサレムを『占領』したフリードリヒ二世に対する十字軍を発令。そして教皇軍はボロ負けしたそうだ。
フリードリヒ二世とグレゴリウス九世の両方を知っている私からすると「そりゃあそうなるよなあ」という経過と結果ではある。
「で、問題はー……」
第六回十字軍が戦わなかったことでマリア騎士団を軽く見るようになった連中がいるらしく。ヴェネツィアやジェノヴァの海賊に襲われることが増えていることだ。その都度撃退しているそうだけれど、面倒なことこの上ない。
対策は簡単。
「叩くか」
彼ら海賊が拠点にしているロドス島を攻撃して、徹底的に潰すことだ。
念のためにと、ロマニア帝国やニカイア帝国に、ロドス島を攻撃する旨を伝えると。双方共に嬉々として援軍を出してくれた。
共同でロドス島を攻撃した結果、海賊共は根絶やしになった。
「やり過ぎた……」
何故かマリア騎士団が統治することになったボロボロのロドス島を前に、私は頭を抱えた。