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エマ1

「神は努力しないものを救わない!」

 あの日、ローマで言われた言葉を、私は強く覚えている。


 口減らしも兼ねて村から出て、『十字軍用の船が出る』とローマに向かった私達少年十字軍は、ローマに着くまでに大勢が死んだ。口減らしも兼ねた軍団だったから、みんなお金を持っていないし、喜捨してくれる人は少なかった。

 倒れた仲間の身ぐるみを剥いで、やっとの思いでたどり着いたローマで。私達は、マリア騎士団の方々と出会った。

「じゃあ、今ここで妹を殺して食え」

 そう言われた兄は、私を強く抱き締めて一緒に震えた。

 確かに、私達には覚悟も計画性もなかった。老人衆を売ったお金で、当座の資金を得た私達二万人の少年少女は、マリア騎士団とローマ教会のお世話になって。各地の修道院だったり、信心深い教会の関係者の元で働きつつ、『常識』を学んで、そのことをよく理解した。

 四分の一ぐらいの面々は、老人衆が奴隷戦士として十字軍に加わったと聞いて、ジェノヴァの奴隷商に自分を売ったけれど、そのほとんどが十字軍と関係ないところに売られたと聞く。

 少数はイベリア半島のレコンキスタに参加したらしいけど、それでも使い潰されて死んだらしい。


 私エマはマリア騎士団の、兄エティエンヌはホスピタル騎士団の下働きとして、聖地エルサレムへの巡礼の旅のお手伝いをさせてもらった。

 そして知ったのは、異端も異教徒も、同じ血の通った人間だ、ということだ。彼ら彼女らも、私達と同じようにワインを飲み、パンを食べる。嬉しければ喜ぶし、悲しければ泣く。そんな、同じ人間だった。

 私は分からなくなった。そんな人間どうしが殺しあう理由が。

「異端も異教徒も、結局信じている神は同じだからなあ」

 相談したマリア騎士団の先輩騎士にそう笑われて、ますます訳が分からなくなった。


「要するに、聖典の内容の問題なんだよ」

 三代目マリア騎士団団長のマルティナは、私にそう答えた。

「例えばだけど。ユダヤ教で一番大切な聖典タナハは、キリスト教の『旧約聖書』と同じなんだよね。正確には、キリスト教自体がユダヤ教の改革で生まれたんだけど」

 そのことは、勉強させてもらったので知っていた。

「ユダヤ教では、どれだけ善人であろうと、聖典を守っていようと、ユダヤ人でないと救われない。

 キリスト教では、善人で、聖典を守っているなら、なに人であろうと救われる。

 どちらが正しいと言われたら、キリスト教の方が正しい。だって神は誰に対しても公平だからね」

「では、イスラム教は?」

 尋ねると「勉強熱心でよろしい」とマルティナは笑う。

「イスラム教も、ユダヤ教の改革で生まれたの。だから、イスラム教の聖典コーランと聖書は、似ている点が多いのよ?」

 驚きだった。異教徒の聖典と聖書に似た点が多いなんて、考えたこともなかった。

「コーランによると、私達の聖書は彼らの聖典の一つだし、ね」

 驚愕だった。どころか、異教徒も聖書を大切に思っているなんて。

「イスラム教とキリスト教で大きく違うのは、『三位一体』と『神の子イエス』の扱いね。三位一体は分かるでしょう?」

「はい。『神はひとつの存在だけれど、父なる神、その子イエス、精霊の三つの形で現れる』ということです」

「よくできました」

 マルティナは私の頭を撫でる。

「その通り。でもイスラム教では、神は唯一で三つの形で現れない、としているの。

 リンゴだって牡蠣だって、見る角度が違えば形が変わるでしょう? そういう話なのに、神が唯一の形しかない、っていうのは変だよね?」

「それは、神は完璧な存在だから、どこから見ても同じ形になる、ってイスラム教は考えているのだと思います」

「お、いい線行ってるね。だいたいそういう認識で合っているよ。この話は深掘りすると一生かかっても足りないから、一旦ここで切るとして。

 『神の子イエス』については、イスラム教では神の啓示を受けた『預言者』のひとりに過ぎない、としてるの。つまりイエスは神の子ではない、としてるのね」

 とんでもない話だと思う。だとすると、原罪を背負われたイエスの行為は、ただの無駄死にになるじゃない!

「うん、私もとんでもないこと言ってるな、って思うよ。ていうか、コーランによると、イエスは十字架にかけられず一生を送った、ってあるからね。

 私達キリスト教徒としては、絶対に認められることじゃない」

 でも、とマルティナは言う。

「タナハでもコーランでも、神の愛は間違いなく説かれているし、善人であるよう努力しなさい、って書かれてる。アフリカや北欧の土着の信仰でも、それは言われている。インドの方の宗教も、まあ仏教は少し違っているけれど、そこは変わらないの。

 『神の教え』の本質はそこなんだよ」

 マルティナは真剣な表情で言う。

「どの聖典や伝承でもそう言われている、ってことは、そこが『神の教え』の一番大切なところなんだよ。

 そこを押さえていない人達が、やれ異端だ異教徒だ、って騒いでるの。それが、宗教間の争いの原因。そしてそれを大きくするのが、貧乏」

「急に俗な話になりましたね」

「だね。でも、私達人間は未熟だから、貧乏な時はお金持ちを羨むし、お金持ちな時は貧乏人を蔑む。その原因である貧乏を変えようと、マリア騎士団は交易を頑張ってるの」

 交易を頑張って貧乏がマシになる理由が分からなかった。

「マリア騎士団初代団長のマリア曰く『三方良し』。売り手も買い手も、そして関係する地域社会も得をする商売こそが、至上のもの、なんだって。

 私達マリア騎士団の商売は、それを厳守してるから、カトリック相手だけじゃなくて異端や異教徒とも、仲良く出来ているの。ヴェネツィアやジェノヴァの商人があっちこっちで嫌われていることとは対照的ね」


 今思えば、私はこの『三方よし』の理論を聞いた時に、マリア騎士団に入ると決めたのだろう。その後、そんな商売を実践していると知ったから、真摯にマリア騎士団の教えと向かい合ったのだろう。

 私の努力は認められ。一二二六年のこの秋、私エマは四代目マリア騎士団団長となった。

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