魔法って何?
あの後、滅茶苦茶怒られた。
というかオババ様よ、赤ちゃんのほっぺたをあそこまでムニュムニュするんじゃない。
おまけに途中から「なんかクセになりそうだな?」とか言うな。
そんな日の翌日。
朝からなんかチクチクと体が痛い。
シラミかなにかでも居るんかと思ったが、一回だけ明確にパチッと音が聞こえたので分かった。
これ静電気だ。
まあ乾燥してる気候なので、あり得る話だなぁと思う。
なにせこの赤ちゃんボディですらプルプルとしてるようで、あまり水気が無いようなのだ。
顔もそんなこんなでサラッとしていない。
『あ~、水で顔を洗いたいなぁ』
そんな事を考えたからか、突如として俺は溺れた。
ガボゴボ!? と、いきなり顔に張り付くように現れた水の塊に空気が出る一方。
何かで読んだことがある。人は5センチの厚さも水が在れば、洗面器ですら溺死すると。
いや、何を冷静に思い出してるんだ!? アレか、走馬燈ってヤツか?
……いや、それ思い出してたらイカンやつ!
『水はどっかいけ!』と思いながら手で顔を叩いていると、バチャっと突然顔に張り付いていた水が落ちた。
あまりに唐突な死の経験に俺は泣いた。
「あらら? オネショしちゃったのかな~?」
母の問いかけに、俺は2度泣いた。いや、泣きっぱなしだったから1回しか回数として数えられていなかったようだが。
*
お昼。
俺は外の日差しの下、お母さん達に囲まれて地面の上に座っていた。
朝に着ていた肌着とは別の服を着せられて地面に座る俺に、相変わらず3人娘がわちゃっと群がっているが俺の意識は別のことに向けられていた。それは、
『ザ・暗殺未遂? 謎の刺客の水の罠』の事だった。
ん~、『の』が多すぎか?
じゃないわ、俺のドアホ!
俺のグッドモーニングをバッドモーニングに変えたあの事件のことだ。
いや、事件というものではないな。俺も薄々気が付いている。
アレは恐らく俺の魔法だ。
まあ自分の魔法で死にかけたの? という基本的な事は横に置いておいて、あの直前に俺がいつもの『手伝う』という意思と同じように『あ~、水で顔を洗いたいなぁ』と考えたことから、あの水は発生したと思われることだ。
要するに『水』で『顔』を『洗いたい』なぁというコマンドのような俺の意思を魔法が実現しようとしたと思われる。
でも俺の魔法ってパワーアップ魔法じゃなかったの? 属性魔法ってことであれば、俺は水魔法を使えるということになる。でも父は雷で、母は氷の魔法の使い手だ。
ワンチャン母の氷魔法が劣化して受け継がれているかもしれない可能性はあるが、それだったら氷まみれの水やとても冷たい水とかになるんじゃないだろうか?
俺がそんな事を考えていると、俺を囲んで3人娘が首から下を掴んでいた。スクラムって単語が頭に浮かぶが、ちょっと待て。
いや、生まれてから外に連れ出されて、村の中はやけにカラフルだなと思っていたのだ。
家々はとりあえず『家』として機能すればよいくらいの、もさっとしたビジュアルの『ザ・民家』って感じなのだが、そこにもカラフルな色が溢れていたのだ。
そして現在、絶賛俺の目の前に動くソレ。
水色、緑、茶髪。
『ギャルゲー』なる単語も出てくるが、俺の目の前に居る3人娘も俺達を見守るお母さん達も全員がカラフルな色の髪の毛をしているのだ。
やはりとんでも異世界なのか、人として持っている色素ってどうなってんの? という状況も横においておこう。
ひょっとしてだが……。
「う?」
俺は3人娘の水色ちゃんの手を取ると、パワーアップ魔法を意識して使う。ふんわりと俺から伝わる光が水色ちゃんの体に行き渡るのを確認すると、もう一方の手を上に突き上げて明確に意識する。
『霧雨』
そうすると俺の突き上げた手から、俺がイメージしたようなミストシャワーが辺りに広がり、その気化熱で辺りの気温が少し下がった。
これだ!
俺は心の中でガッツポーズを取る。
髪の色が魔法の属性に影響する。
まあ、魔法の属性が髪色に出ているのかもしれないが、卵が先でも鶏が先でも、結局美味しく頂ければ悩まないのが俺マインド! さあて、3人娘の髪色から連想する属性魔法と、父母の魔法の検証を――
「あう~」
ん? どうした水色ちゃん? いや、本当にどうしたの? ちょ、手の平小さくて可愛いね~。
じゃなくて!
「あー!」
「ガボボボボ!」
水色ちゃんの手の平から放出されるホースで撒かれるくらいの水の勢いに、俺は顔面から挑むことになってしまって、本日二度目の走馬燈を見ることとなった。
*
あの後、近くの畑で(早朝、俺のパワーアップ魔法を受けて)仕事をしていた母がその惨状に気づいて、水色ちゃんの母親らしき人の「う、ウチの子が水魔法を!」とパニックになっているのをなんとか宥めて、後日父から説明をするとしてその場を凌いで夜になった。
「そうか、我が子だけでなくアクアの娘まで魔法を……」
「多分だけどウィンディアとアースアの娘達もおそらく、ね」
テーブルに向かい合って座る父と母。俺はちなみにベッドに居る。
なにやら深刻そうな話をしているが、俺は俺で魔法の発現の仕方について検証しているので参加していない。そもそも赤ちゃんだから参加しようもないんだけどね。
さて、朝と昼に経験したことから推測すると、魔法には明確なイメージをしないと発現しないんじゃないかと予想している。
何故かって?
俺みたいに思考か取っ散らかっているヤツでも、そこら一体が魔法の乱れ撃ちみたいになっていないことが俺のその根拠の源だ。
『喫茶店で出てくるような氷1粒!』
こうして念じて出てくる氷を手の上に乗せる。大きさも俺の想像するくらいだ。まあ、赤ちゃんの手の上に乗る縮尺だから、実際よりは小さい可能性は大だがな。
でもこうして『俺』を基準に氷魔法が大きさを決めて出てくるという事は、俺のイメージがそのまま出力されているということで間違いないだろう。
よし、次は若干トラウマな水で――
「あう!」
手の平がメッチャ感覚無くなってきたんですけど! と手の平の氷をぶん投げる。
コンッ! と異常に響く音。
その音で両親が会話を止めて俺を見てくる。
「……アリシア、君が出した氷かな?」
「いいえ、私が出した氷じゃないわね」
父が床に落ちた氷を拾い上げて母に聞くも当然否定する。
そりゃ、俺が出した氷だからね。なんて偉そうに言ってられないな。冷や汗が止まらないよ~。
「ふむ」と父が俺の頭に手を添える。
お? なんか全身でゾワッというか、むず痒い感覚が走ったぞ?
「やはり俺の魔力を受けても何ともないらしい。もしやこの子は自分が触れた魔力を、自分のモノにしているんじゃないか?」
「魔力を?」
そう言って父とは別のところに母の手が添えられる。
次はヒョ! と冷気のようなものが体の中を走ったような感覚があった。
なんか俺ばっかりやられてるな。こうなったら!
『手伝う』
俺が出来るパワーアップ魔法を食らってみるがいい!
「うおっ!?」
「きゃ!?」
俺に添えられた手から俺の魔力の光が2人へと遡っていくのが見える。
というか、アレ? なんだかお二人とも光が強くありませんか?
どこぞの戦闘民族のように光が立ち上ってるんですけど!?
両親が2人とも距離を取ると、自分の手や腕を見ている。
「これは……ムン!」
父が力を込めた右腕が放電を帯びる。
母は静かに、だが長く細い息を吐くと、部屋の中でキラキラと光る粒子が見えた。ダイヤモンドダストみたいなもんか!? よく原理は知らんけど。
でも父の放電はカッコイイな。アレは無理にしても指先にスタンガンで出るようなモノくらいは起こせるかな? 電気は流れがあるんだっけ? 人差し指から親指に流れるイメージで……、
『放電!』
「アヒィ!」
俺は親指に爪楊枝で刺されたかのような痛みを感じて気絶した。
なんで自分の魔法でダメージ食らってるんじゃい!
*
原因判明。俺が悪かった。
どうもイメージが『人差し指』から射出して『親指』着弾となっていたようだ。ははは。もろ自爆だね!
確かに昨夜の父は放電を帯びていた。放電を帯びるってなんやねん! とか物理法則無視の魔法という現象にちょっぴり怒りを感じつつ、まあ自分が対象だからいっかと納得する俺。これが他人を巻き込んで、怪我でもさせたら俺のメンタルは激しく落ち込んでいただろう。
どうやら『○○』から『○○』へ等の指定をすると魔法はその通りに動くようだ。それで自分相手に攻撃魔法叩き込んでればしゃーないわな。未だに使えないが、回復魔法などでの使い方が向いている指定方法だったわけだ。
はて? そういえば俺のパワーアップ魔法はコレが出来るのか?
現在、俺は母の背に背負われて畑に来ている。
しかし目に見える麦だかなんだかは、気持ち元気が無いように見える。
大地に養分が足りてないんじゃなかろうか?
そういえば母は細身で力もそれほどなかったが、俺のパワーアップ魔法を受けてからはだいぶ元気になってるような気がするな?
これは――、いけるか?
俺は手を下向きにして意識する。
『手のひらから大地へ、手伝う!』
俺の手の平から放たれた光が畑の地面へと降り注ぐ。
キラキラ。キラキラ。キラキラ……
おい?
止まらないぞ?
今まで父や母、3人娘にオババ様と掛けてきた感じでは、既に止まっていてもおかしくない時間が経っているのだが、俺の手の平から放たれる光は留まるところを知らない。
っていうか、なんだ? なんか生気を吸われているような気がするんだが、コレ、気のせいだよね?
HAHAHA!
って似非外人っぽく言っても状況変わらんよ!
うぇぇ、止める? どうやって止めるんだ?
俺が内心パニックを起こしていると、地面に向けていた手を誰かに捕まれた。
「アリシア! 坊が大変じゃ」
その声はオババ様? その手の感覚が感じ取れると、俺の魔力の光も止まった。
「え、オババ様? きゃー! ウチの子が白目向いてる!」