転生した?
ふと気づくと暗い場所に居た。
周りは何となく暖かくて布団に包まっている感じだ。
トクントクンと規則正しい音は子守歌の様にも聞こえる。
『あ~、いつまでも惰眠をむさぼっていたい』
そうこう考えていると、俺の体が移動を始めた。
俺自身の意思ではない。そもそも体を動かしていないのだから、他の力によって俺の体は動かされているのだろう。
川遊びの時に感じたような流れに身を任せるように、俺の体は暖かい場所から突如気温が低い場所へと移動した。
めっちゃ寒い。
おまけにぼんやりとしか光が感じられない。
目ヤニで瞼が開かんのか?
なんだか周りでボワボワと音が聞こえる。
なんか今まで聞こえてきた音の方が落ち着くな。
ぼ~っと考えていたせいか、鼻の辺りがむずがゆくなってきた。
「フシュ」
『ん?』
上品にクシャミをしたつもりはないんだが、随分と音が小さくないか?
また周りで音が聞こえると、俺の体を誰かが抱えて持ち上げた。
『んん?』
随分とヒョイと軽い感じで持ち上げられたな?
俺そんなに軽かったか? と思い、ふとそもそも俺の体ってどんなんだっけ? と記憶を探ろうとして……
『アレ? 俺、記憶喪失になってない?』
と気づいた。
*
あれから何日たったのだろう。
薄らぼんやりと見える光を見つつ、思考を極力希薄にして考える。
どうも頭を使いすぎると寝てしまうらしい。今の俺の体は。
なのでトイレや風呂で考え事をするときくらいに、漠然とした思考でおおよそ考える。
いやね、時々口元に当てられる突起から出てくる液体を嚥下し、こうも手足が上手く動かせない状態。おまけに未だに回復しない視力から察しましたよ。
体感だが4、5日くらいは全身麻痺とかいう言葉を思い浮かべたんだが、微妙ながらも手足は動くのだ。本当に微妙だが。
それで考えた。考えに考えた。
で、顔に押し付けられる突起の向こう、人肌の熱量を持った物体に気づいた時、俺も現状が何となく察してしまったのだ。
『俺、赤ん坊じゃない?』と
未だに回復しない記憶。とはいえ全てが思い出せないわけじゃなく、知識としての記憶は俺の中に残っている。その記憶から判断して、周りで俺の世話をしてくれている人達が巨人なわけじゃなく、一番可能性としてあるのが俺自体が小さくなってしまっているケース。
つまり幼体。
『なんだか大変なことになってきちゃったぞ?』
とか訳わからんセリフを頭で思い浮かべる程には大混乱した。1日ほど。
どっちにしろ現状俺は動けないのだから、この際、思う存分食っちゃ寝しようと思う。
寝る子は育つって言うしね。
でも気になることがある。
ここ数日口にする液体がサラサラしてる気がするんだよね。
母乳って血液が原料とか、どっかで聞いた覚えもあるんだけど?
*
それから更に日数は過ぎ(一応明るかったり暗かったりが瞼越しに見えたのでたぶん)俺は大人に背負われて外に出ていた。
この頃、うっすらと目が開いたのか周りの景色が見える様になってきたのだ。
でも余りにぼやけるから、しっかりと見たいときには眉間にしわが寄るんじゃないかと思うくらいに力んでピントを合わせている。
そうすると現状が見える。
あんまり文明度が高いわけじゃなさそうな村。
いや、これは集落ってやつか?
遠目にも多くない家々の向こうは直ぐに森となっている。
そして未だに開墾している途中なのか、コーンコーンと木こりが木を切るときのSEが聞こえてくる。というか本当にああいう音がするんだな。
そんな集落の1家族の息子が俺だ。
間違いない。恥ずかしいがオムツを変えて貰った時に息子であることを確認したからな。
話を戻そう。
そんな俺を背負って畑の雑草取りをしているのが我が母だ。
銀髪で青い目をした外人顔。というか、この母から生まれた俺も外人顔だろう。
未だに鏡を見かけたことが無いので自分の顔を見たことがないのだが、ウチの母も父も美形顔だ。これは期待できるだろうね。
とはいえ母は美形だが線が細い。いや細すぎる。
どうも栄養が足りてない気がするんだよね。
俺はまだ母のおっぱいを主食にしているのだが、時々見かける父も線が細いのだ。
いや、極小な部分だけ見てはいけないか。
この集落に住む全員が細いのだ。
栄養が足りていないのは明白だが、それは食料が乏しいのが原因だろう。
母が雑草を抜いている畑。おそらく麦や野菜類だろうが、抜いている雑草と遜色ない枝ぶりなのだ。
……
『完全に寒村じゃん!』
正確には寒村という状態ではないのだろうが、俺の衝撃を分かっていただけるだろうか。
つまり飯が満足に食えていないのだ!
ふうっと息を吐く母の顔。汗が出ているのだろうが、どうにもしっかりとした新陳代謝が行われているのか怪しい感じがする。
『せめて俺が少しでも手伝えればなぁ』
おんぶ紐で背負われている俺は、母の肩に手を置いて、せめて赤ちゃん特有の体温で肩こりぐらい緩和すればいいなぁと念じながら祈る。
「あら?」
母は何かに気づいたように振り返った。
おや? 効果アリか?
それから母は首を回したり肩を回していたが、一通り確認すると、次の瞬間勢いよく農作業を再開した。
『ええ~? 母上、無理しないでよ~』
周りからも母を気遣って声が掛かるが、母は「大丈夫、すごく調子がいいから」と倍以上の速度で作業を継続していった。
*
「おいアリシア。体は大丈夫なのか?」
夜。我が家のリビング(というかウチには部屋という概念はない。トイレは外らしい)でスープらしきものを飲んでいる母に、帰宅一番で心配そうに寄ってきたのは我が父だ。
金髪に黄色い目をしたイケメンだ。
母の顔を手で支えて心配そうにのぞき込む父。柔らかい表情が強張っているのは本当に母を心配しているからだろう。でも母はあっけらかんとした表情で応えた。
「ダイン。おかえりなさい。狩りの方はどうだったの?」
「ああ、野兎が数匹……ってそれよりもお前の体だ! 狩りから帰ってきたらお前の噂話を聞いて、心配でいてもたってもいられなかったんだぞ」
父はそういって顔から手を放すと母を両手で抱きしめた。お~、我が父ながら情熱的だね。というか俺という息子が生まれてるんだから愛情はあるか。
「なんだかね、畑仕事をしている途中で、こう、力が沸いてくるような気持ちになって」
『なぬ?』
「気のせいかなぁと思ったんだけど、試しに動いてみたら体が動く動く♪ 何故かしら? もしかして私も身体強化の魔法を使えるようになったのかしら」
ふふんと上機嫌の母に、
「まさか。君の家系は氷系魔法の使い手だろう? そもそもその氷魔法だって上手く使えないじゃないか」
父が苦笑しながら答える。
「ははは」「うふふ」と笑う両親と違って俺は唖然とした顔で硬直していた。まあ見た目は赤ちゃんが口を開けてよだれ垂らしている状態だと思うけど。
『魔法あるのかよ!』
これは是非とも検証したい項目だ。
目の前でバカップルのようにキャッキャしている両親をさて置き、俺は今日の出来事を振り返って考えてみる。
おそらく母が違和感というか調子が良くなったのはあの時だ。
俺が母の手伝いを出来ればなぁと思いながら触った時。
あの後から母の動きが変わったのは間違いないのだから、俺の手で触るという行為が関係している?
いや、即断は良くない。
これは明日以降色々と検証だな。
*
はい、明日。つまり日付が変わって翌日の昼間。
色々検証したかった俺は現在数人の親に囲まれながら赤ちゃんの相手をしている。
お前だって赤ちゃんだろ?
イエス。赤ちゃんだからそう、素早く身動きが取れないんだ。
ゆえに――
「あうあ~」
「だ~、う~」
「う~」
絶賛キャットタワーならぬ赤ちゃんタワーの支柱と化しています。
もうね、座っているだけで一苦労なのよ。
「アリシアさんのお子様は動じてないわね~」
「本当に。同じころに生まれたと思えないほど静かだわ」
「あ~、ウチの子の涎が掛かっちゃって。でも泣きもしないのね」
俺が褒められて上機嫌な母。でもね、
『本当はメッチャ泣きたいのよ母上?』
でも赤ちゃんは1人泣くと連鎖的に泣いちゃうから我慢してるのよ。なんかそんな記憶がある。それに一応周りに群がる赤ちゃんたちは聞くところによれば(お母さんたちの井戸端会話から)レディらしい。じゃあ必要以上に泣かしちゃアカンやろと我慢の子をしているのだ。
『あ~あ、検証したかったのになぁ。ん? いや出来るか?』
別に検証する相手は母だけじゃなくてもいいはずだ。ならば、まずは魔法とやらが本当に発動しているか調べてみるのもいいかもしれない。
そう、自分に対して行うのだ。
赤ちゃんタワーの支柱が立ってたっていいじゃない。
そう考えた俺は先日と同じように意識する。
『手伝う』
あの時は少しでも手伝い出来ればと考えた。ならば同じように『手伝う』と意識して、自分自身を手伝えば、俺自身に魔法が掛かるのでは? と考えてみた。
念じながら全身に力を入れる。
お? これはひょっとすると……
「え? アリシアさまの子が」
話に夢中になっているかと思ったが、そりゃ目の前だから気づかれるか。
だが別に気づかれたって構わない。
『俺、大地にた――』
ゴキュリと嫌な音が俺の首からすると、俺は立ち上がろうとしていた姿勢から崩れ落ちた。
いや、立ち上がる前から少しは分かってたのよ。
俺に抱き着く赤ちゃんたちの締め付けがパワーアップしてたことにね。
ズシャっと再度座った姿勢に戻った俺は、気のせいだったかしらと話に戻ったお母さんズの会話が終わるまで気を失った姿勢のまま放置された。
*
赤ちゃんはダメだ。
力の加減なんかコレから学ぶ幼体にパワーアップ魔法は危険すぎると結論を下した。
ならばどうするか。
「ほら、ダインに背負われてこの子も喜んでおりますよ」
「ううむ。父さんの背中で大丈夫か?」
うんうんと首を振りたいが赤ちゃんなのでそれは無理。なので「キャッキャ」と喜んだような声と手足をジタバタさせてアピールする。ついでにおんぶ紐のジャストフィット感を確認しておく。ずり落ちたりしたらイヤだからな。
それに満足したのか父は「じゃ、見回りに行ってくる」と母に言って家を出た。
今日は父がこの集落の見回りに行くと言っていたので同行したわけだ。
方法?
非常に心苦しいのだが、母に背負われる時にむずがってみただけだ。そして家を出る前の父を見た母が「たまにはあなたも我が子を背負ってみては?」と提案する。
まさか上手くいくとは思ってもいなかったので、俺も内心ビックリしていた。
見回りと言っていたし、万が一何かあるかもしれない行動時に、我が子といえ赤ちゃんを背負っていくかと頭を過ぎったのだが、そこはさすがの我が母上。
能天気とは言わないが、あっけらかんとした表情で父と我が子を送り出していた。
「アリシアには勝てんなぁ……。とりあえず外周部の見回りに行くか」
「あ~」と俺も返事をする。父よ、見事にコントロールされてるな。気づかぬうちに尻に敷いているタイプなのか母よ?
さて、とはいえ実験、いや魔法効果の検証に付き合ってもらおうか父よ。
腰に剣、手に槍を持つ父は同じような格好の男達と合流すると、この集落の端を移動し始めた。
部分的に森に非常に近い家もある外周部。一応木で出来た柵があるようだが、随分と頼りない細い柵だった。それを壊れていないかどうか確認しながら進んで行く父達。
よし、ここら辺で速度を上げてもらお――ん?
突然父達がフォーメーションを組んだ。
なんだ? と思うが俺は父の背中。前方の出来事は確認出来なかった。
「くっそ! でけえぇ」
「正面になるべく立つな! けん制して脇から狙え!」
男達の掛け声が辺りに響く。緊張した声。
父も俺のおんぶ紐に手をやって、なにか諦めたように槍を構えた。
「ダイン様、あなたは下がってください!」
「何を言う。ここで逃げても村が襲われたら意味がないではないか。私も戦士として戦うさ!」
ええ~? 万が一の事態に遭遇しちゃったってことか?
やばい。さすがに先程の父の行動が分かった。おそらく俺を下ろして自分も前に出ようとしたのだろう。
だが下ろした俺の面倒を誰が見るのか? 誰も見ることは出来ない。だから俺を背負ったまま槍を両手で構えたのだろう。
というか俺が足を引っ張っている状況だ。
「そろそろ冬ですからな。おそらく食事を求めてきたのでしょう」
冬。食事。
『熊か!』
俺は背筋が凍り付くような寒気に襲われた。人間が熊相手にかなうはずがない。
だが逃げることも叶わないはずだろう。確か人が走るよりも早かったはず。なにより先程父が言ったとおりにここは村の端っこ。すぐさま村に入れる位置で、さっき見た柵程度なら熊相手には何の役にも立たないだろう。
「うおお!」だの「だああ!」だの男達の気合の声を覆い隠すほどの大音量で『グアアアアアアアア!!』と響き渡る咆哮。
『熊以上にヤベェ相手じゃね?』
腹に響くような咆哮に、父の体が強張るのが分かった。こんな時こそ、
『手伝う!』
と念を込めながら父の体へ手を触れる。
パワーアップ魔法が効いたのか、父の体に力がこもる。
「ぬううううりゃあああああ!」
裂ぱくの声と同時に前へとダッシュする父。
ドスンッ! と俺にまで衝撃が伝わってきたのが分かる。
『やったか!?』
「ダメですダイン様! 槍を放してください」
男の声に父がバックステップで相手と距離をとった。だがガクンと膝をつく。熊の一撃をもらってしまったのか父よ!?
「ぬう、空腹で足に力が入らん」
心の中でずっこけそうになったが、そもそも空腹でもあれだけ動けた父凄い!
そして膝をついた父の背中越しに相手が見えた。
『熊ってか、化け物じゃん』
皆さん。額に角を生やして、某三つ目の人の様に腕を4本生やした熊をどう思いますか?
俺は化け物だと思う。
てかアレに突っ込んで行った父、マジ勇者!
「仕方ない、こうなればイチかバチかだ」
そういって父がゆらりと立ち上がる。
「足止めを頼む」
そう言った父の周囲がなんかパチパチ音をたて始めた。
「……分かりました。みんな、ダイン様が奥の手を使う! アイツの動きを止めるぞ!」
「「「おお!!」」」と男達のやけくそのような声が聞こえる。
なにか父が秘策を打つらしい。
ならば、俺も出来ることをするだけだ。
『手伝うッ!!』
ぶっちゃけ検証しきれてないから、気合を入れてパワーアップ魔法の効果が上がるかどうかしらんけど、俺に出来る全力を出してみた。なにせコレ以外出来ないからね。俺、赤ちゃんだし。
「なに? いや、しかしコレならば」と父の慌てたような声も聞こえたような気がするが、生死のかかった状況で細かい事気にしてられん!
「いけるぞ! 全員散開!」
父の号令で男達が化け物の包囲を広げたのだろう。いや俺には見えてないから、父がその後に動きをしたのを感じてそう思っただけなのだが。
でも先程の様に突進するわけじゃないのか父?
俺がそう思っていると、
「穿て! 雷よッ!!」
ドッコーン! と激しい音に強烈な閃光が父の肩越しに見えた。
『グアアアアアア』
『ぎゃああああああああああ』
すみません、2つ聞こえた内の1つは俺の声です。
余りにデカイ音と目の前真っ白になるくらいの閃光に気を失いました。
*
意識が戻るとそこはいつもの自宅だった。
自宅の玄関を開けた音で俺も気が付いた。
俺を背負ったまま自宅へと無事に帰ってきた父は母に抱きしめられる。
ちょ、俺ごとはご勘弁してください母上~!
「無事に帰ってきてくれて良かったわ。ダインが居なくなったら私……」
「ああ、アリシア」
ちょっと、息子が無事じゃ済まなくなりますよ!
「うう」と声を出すと、両親がようやく俺に気づいてくれた。
ラブラブなのもいいけど、周り見てね?
「そうだ、アリシアに頼みたいことがあるんだ」
「あら? なにかしら」
「氷魔法を使ってほしい」
俺をおんぶ紐から下ろしながら父が母に頼みごとをしている。というか魔法! 目の前で見せてもらえるかな。
だが頼まれた母は何やら困惑している顔だ。はて?
「今は季節が冬には近いわ。それでも氷魔法が使えるかどうか……」
どういうこと?
「その事なんだが……、我が子よ」
クルリと回転させられて父の顔と向き合う俺。その顔は随分と真剣そのものだ。
「先ほど俺の使った雷魔法を強化したな?」
ん~?
俺の使ったパワーアップ魔法は、体だけじゃなくて魔法も強化させられるのか?
「ダイン。どういうこと?」
「俺は自分の魔法をよく知っている。その威力もここ数年、上昇した覚えはない。でも先程マーダーベアー相手に放った雷は記憶のどの魔法よりも強かった」
父よ目力すげぇな。
「俺自身はいつもと同じだった。違う事と言えば、我が子を背負っていたことしか覚えがない」
「それじゃあ、私が畑仕事で身体強化の魔法を使えたのは……」
二人して俺を覗き込むように見てくる。検証を手伝ってくれるんかな? それじゃとばかりに二人に手を伸ばして、
『手伝う』
「あなた、このうっすらとした魔力の光は!」
「ああ、もしかしたらこの子は神の遣わした子かもしれん!」
感極まったのか父が俺を頭上へと持ち上げる。お~、視線が高いって気持ちいい~。しかし神の子ってッ!?
なんだ! この化け物熊と同等の寒気は!?
「ダ・イ・ン?」
「はい!?」
『うひぃ!?』
絶対零度を思わせる口調で母が父を呼んだ。あの能天気な母が出すことのないような超プレッシャーを放つ、その母。
「この子は、間違いなくあなたと私の子供よ? 決して神の子供ではないわ?」
何が母の琴線に触れたのかは分からないが、間違いなく父が地雷を踏んだのだ。うえぇ、俺も今後は気を付けよう……? 俺が俺自身をどう貶めるんだろう? まあ、母の地雷を踏むことは今後は絶対に避けようと心に刻む。
「す、すまん! そうだったな、我が子は我が子だ!」
「わはは」と震える声で笑う父。メッチャ足が震えてるのか、俺の体がガクガクと震えるので落ち着いてほしいのだが。
そしてゴホンと咳払いをして話題を切り替える。
「とりあえず討伐したマーダーベアーを保存したい。そこでお前の氷魔法の力を借りたいのだ」
「でも、先程言ったとおり、私の氷で役に立つかしら?」
困惑顔で首を傾げる母。
たぶん役に立つんじゃないかな母上。
先程の超プレッシャー時に、母の氷魔法の影響だろうと思われる氷が玄関先に散らばっているのだ。
よく見れば玄関の枠も凍り付いているのが見える。
「まずは試してみよう。なに、無理だったら全員で一気に食べてしまえばいいさ」
「そう、ね。大きなお肉なんて久しぶりだわ」
そういって手を繋ぐと二人はスキップしながら化け物熊の元へと向かった。
スキップは酔うからやめてくれないかなぁ
*
氷魔法は無事成功し、熊肉の長期保存が可能となった。
若干、母が物欲しそうに冷蔵保存される熊肉を眺めていた気もするが、概ね問題はない。
数日後の我が家にて。
「それでだ、アリシア」
「なあにダイン?」
「改めてこの子をオババ様に見て貰わないか?」
そう言った父の提案に、母は分かりやすく動揺した。
どれくらいかと言えば、俺を普通に落っことすくらいに。
我が家の地面は土間で、踏み固められているせいか中々に硬い。そこに底冷え対策なのか藁のような植物の乾燥したものが撒かれている。調理するかまど近辺にはさすがに撒かれていないが。
で、現在母は貴重な熊肉を使ったスープを作っていたのだ。
ゴッ! と頭から落ちる俺。赤ちゃんは頭重いからね~、っておい!
不幸中の幸いというか、スープの様子を見るために母が屈んでいたので、床からの距離はさほど離れてはいなかったのだが。
いや、痛いもんは痛いんだが。
「そんな、でもオババ様の占星術は必ずしもの結果ではないのだし」
「しかしこの子の力を詳しく見れるとなれば、もう村ではオババ様しか居ないのだ」
オババ様オババ様と言う両親。あれか? なんかこう「ひーっひっひっひ」とか言いながら釜を煮込んでるイメージしか沸かないんだが。
というか、いい加減俺を助けてくれないかな?
泣くよ?
母が何事もなかったかのようにサッと俺を拾い上げた時、俺は父の顔を見て顔を逸らしたのをハッキリと目撃した。
なんか、この家の上下関係がはっきりした瞬間だった。
とりあえず母を説得した父と連れ立って村を歩く我が一家。
というか俺は集落と思ってるけど、父が「我が村」と言っているので認識を改めた。
歩いて数分。一軒の家に到着。
外観はウチとあんま変わらんね。
「オババ様。ダインです。いらっしゃいますか?」
父が玄関の戸をコンコンと叩く。するとしばらくして中から返事がした。
「居るよ。構わん、入ってきな」
『おや?』
中から聞こえた声の質に疑問を感じている俺を抱いて、両親がその家へと入っていく。
中はやはりウチとそう間取りの変わらない一部屋だけの部屋だった。
そしてその部屋の中央に囲炉裏の様に据えられた場所で鍋をかき回している――
『若くね?』
20台後半? くらいの女性が居た。
「今日はどうした? まだその子は年齢に達してないだろう? 何かあったかい?」
「うむ。オババ様に生まれる前に見て貰ったが、改めてこの子を見てくれないか?」
俺を地面へと下ろしてオババ様と呼ぶ人物へと差し出される俺。
オババ様は鍋をかき回していた匙を置くと、俺を抱えて自分の目線の高さに合わせた。
というか鍋はウチと同じで熊鍋を作っていたらしい。
「こっち見るんだ坊」
俺がよそ見をしているとオババ様が俺を呼ぶ。俺は鍋からオババ様に向き直るとその目を見た。
紫のような色の長い髪の奥に端整な顔立ちの女性。その目は深い夜空のような瞳で――
『うお!? マジで目の中に星があるみたいだ!』
自然と俺はオババ様の瞳をもっと見たくて顔を伸ばして――
「こら! ちゅーしちゃうじゃないか!」
怒られた。というか「ちゅー」って……。
「うん、前にアリシアの腹に居る時に見た時と変わらないように見えるね」
そういって俺を両親へと返そうと手を伸ばすオババ様。
そこに父が待ったを掛ける。
「ちょっとだけ待っててくれ。我が子よ」
父の呼びかけに振り返る。父の眼差し。相変わらず目力すげえな。
とりあえずアイコンタクトは終了。
俺はオババ様に振り返る。
実はオババ様、俺が見たい方向へ体を回してくれていた。何気に赤ちゃんの扱い上手いな。
そして俺は俺を掴んでいるオババ様の手に触れる。
『手伝う』
パァと薄っすら光がオババ様の腕を伝ってオババ様の全身を覆った。この部屋の照明が少ないせいか、前に見た光よりもよく見えるな。
「うひっ」とオババ様がびっくりして俺を放した。
ん~。確かに急にやったらびっくりするよね~。
なんで父は事前に説明してくれなかったんだろう?
オババ様を驚かせようとしたのかな?
なんて思考をしながら俺は落下した。赤ちゃんだもの、身動き取れるわけないよね。
俺はそのまま熊鍋の具材の一つとして鍋に――
「「っとー!」」
投下されることなく両親にキャッチされた。
*
「すまなかった! 突然のことでびっくりしちまって」
平謝りするオババ様。
ちなみに俺は眉間にしわを寄せて両親を見ている。オコなんだぞ。
「いや、こちらも言っておくべきだった」
「そうよ。誰もケガしなかったからいいじゃない」
母よ、さすがに俺が火傷したらゲキオコでしょう、あなた?
ンンと咳払いして改めて話を始める父。
「とりあえずもう一度この子の力を受けてみて貰えないか? 大丈夫、害はないのは先程ので分かっただろう?」
差し出される俺に、オババ様が腕を伸ばす。その指先を俺が掴む。
『手伝う』
先程と同じように光がオババ様を覆った。
「その状態で、もう一度、この子を見てくれないか?」
神妙な顔で俺を受け取るオババ様。俺はもう一度あの瞳を見れそうだとワクワクしていた。
オババ様の瞳を見る。
『え? 銀河系?』
先程より星の瞬きが多いかと思ったが、その瞳の奥にキラキラ光って輝きながら公転している銀河系のようなモノが見えた。
吸い込まれそうなその瞳をもっと見たくて――
「だー! だからちゅーしちゃいそうだろ! なんなんだこのガキ? エロガキか?」
「子供は好奇心旺盛なものですよオババ様。決してウチの子はエロガキではありません」
にっこりと笑う母に、「お、おう」とオババ様が引き気味に答える。
母のプレッシャーは凄いからなぁ。
「それで、改めて見てどうだったオババ様」
父に促されてオババ様が一つ頷く。
「ああ、いつも以上に見えたよ。この子は『魔』の才能に溢れている。前に言ったよね『魔をみちびくもの才を感じる』って。当初は魔物を呼び込む才能かとも思った」
「だが」とオババ様告げる。
「この子は『魔法』に才能を発揮する。それもそこらの天才レベルじゃない。あたしが見たところ、今の世の中でこの子を超える者は居ないだろうね」
その言葉に両親が盛大に息を吐いた。安堵の溜め息かな?
というか俺って『魔物を呼び込む』とか考えられてたの?
「いや~、生まれた直後なんかその子の黒髪のせいで離婚の危機だったんだって? ま、瞳はそれぞれの両親の色を継いでたから間違いではないんだろうけどさ」
『は!?』オババ様があっけらかんという内容に、俺の体は硬直をした。
え? 俺、黒髪なの?
「笑いごとではなかったのだぞオババ様。私やアリシアが不貞だなんだと陰口を叩かれたのだ。この子の目が開くまで肩身が狭かったのだぞ!」
「ダインの子ではない。魔物との子だと噂されて……。私も辛かったのよ?」
母の言葉に、父が踏んだ地雷がなんとなく想像出来た。
自分達の子ではないとか言われるのが母は嫌だったのだろう。
それでも今の俺も物凄いショックを受けてるんですけど。
『悲報、黒髪ジミメンの予感』
まあワンチャン顔はイケメンの可能性が残ってるけども。
というかオババ様の言葉だと、俺は青と黄色のオッドアイってことか?
頭に浮かぶ『チューニ』というフレーズが更なるショックを与えてくる。
「でもこの坊主の力はすごいね。何度か使ってもらう必要はありそうだけど、私の魔眼の力も強化されてるよ。いつかは坊主の力無しでも今ぐらいの詠みは出来そうだ」
「オババ様? それはどういう?」
疑問を浮かべる父に対して、「どれ」と立ち上がって父の顔を掴むオババ様。そのまま父の顔を覗き込む。いや、その瞳か?
なんか母の視線が冷たくなってるけど。
少しそのままでいたオババ様は、次に母も同じように見始めた。
そして2人の何かを確認したオババ様が先程の位置に戻る。
「あんたら2人とも魔法の才が上がってるね。上達してるって意味のね」
「「魔法の才が!?」」
「そ、あたしも見え始めたばかりだからハッキリとは言えないんだけども、以前に見た才の光っていうのかな? それが大きくなってるね。というかこりゃ見えすぎだな。坊主、もうちょっと調整出来ないのか?」
なかなか無茶な要求をしてくるオババ様。
俺は手をオババ様に向けて伸ばす。オババ様も俺の手へと腕を伸ばしてきた。
というかね――
『手伝うッ!!』
「う、うわわわ!」
あれはまだ本気じゃないんだよ?