進路相談Ⅲ
私が借りている部屋から大学までは徒歩五分くらいだが、それでも少し汗を掻くほどには外は暑かった。
二人で胸元をパタパタしながら冷房の効いた講義室に入り、中央付近の席に座る。
夏央莉曰く、「講義中眠くなったもバレにくいのは意外とここら辺なんだって」とのこと。
その理由を聞いた時は「いかにもバイト戦士らしい考えだ」と思った。
しかしその提案に不満はなかった。
真ん前だとやる気のある生徒と教授に思われて質問を振られることが多い。
逆に後ろすぎると講義そっちのけで喋っている連中も少なくはないので、集中できないことも少なくない。
私は一応しっかり講義は聞きたいし、ノートも残したい派の人間なので、夏央莉はそこら辺の私情を汲み取ってくれているのかもしれない。
まぁ、しっかり夏央莉は二限の間寝ていたし、また私が書いたノートを書き写すことになるのだが…。
「前期のテストも近いが、夏休み中に実習がある人達は各自申請や準備も忘れないようになー。」
講義終了のチャイムが鳴り、各々が動き始める中、教授が既に講義室から出ていこうとしている人にも聞かせるかのように少し大きめな声でそう言った。
「実習…?」
「確か就職関連で~とか、資格が必要な仕事に就く人は夏休み中にそれ関連の実習が入ってたよーな気がするよ。」
私のふとした呟きに、さっきまで寝ていた夏央莉が背伸びし、あくびを噛み殺しながら答えてくれた。
「そっか…。就職か…。」
早いところでは二年や三年から就職活動を始める大学や人間がいるのは知っていた。
しかし、改めて教授からそのような発言があってようやく私は現実味を帯びた。
同時に自身も何かしら動き始めたほうがいいのかどうか少しだけ焦りを感じた。
「夏央莉はさ、今やってるバイトの中から就職先を選ぶの?」
「んー? 今んとこそういうのは全然考えてないね。今はただひたすら生活のためにやってるだけだし、今んバイト先で就職してる自分は想像できないかなー」
「そっか…。」
「つーかまだ大学二年目だし? そりゃ早めに動いてたほうがいいのかもしれないけど、卒業まで後二年あるんだしさ、その二年でじっくり決めたい派かなー私は。」
バイト戦士の夏央莉のことだから、今やってるバイトのコネとかを使って簡単に就職を決めそうだな、と思っていた私は夏央莉のその発言に少し驚いた。
「何? 鈴菜はもう動き出す感じなの?」
「いや、うーん…。なんかさっきの教授の言葉を聞いて私も何かしらし始めたほうがいいのかなって少し考えちゃって…」
「確か本関連の仕事に就きたいって言ってたよね? ちょっと気になるんだったらどんな仕事があるか就職課とか事務員さんに聞いてみれば?」
「うん、そう、しようかな…」
ボンヤリとした返事しか返せなかった私を横目に夏央莉は「そろそろバイト先向かわなきゃ、何かしら発展とか相談あったらまた聞くから。じゃね!」とだけ残して先に席を立ち講義室から出て行ってしまった。
その後ろ姿を見ながらいつもはあんなだけど、「働く」ということに関しては先輩なんだなと実感しつつ、なんだかんだ気にしてくれてる優しさが少し嬉しかった。
教授に質問のある人や、全く関係のない話をしている人達でまばらになった講義室を後に、私はとりあえず昼食をとりに食堂へ向かった。