進路相談Ⅱ
部屋の机の半分は積まれた本が支配しているため、残りの半分のスペースを普段は上手く利用している。
そのスペースを使って今から課題の丸写しを行おうとしている茶髪で明るめな印象を与えてくる一ノ瀬夏央莉。
私の数少ない、というより大学内ではよく話す友人だ。
少しサバサバしている部分もあるが、人当たりもよく所謂「陽キャ」と言われる人種に値するのではないか、と勝手に解釈している。
なぜか正反対「陰キャ」の象徴のような私と入学当初からよく絡んでいる。
「それにしても朝から暑いねー、本当に夏休み始まりますよって感じ」
胸元をパタパタ扇ぎながら私から課題のプリントを受け取る。
起きた段階で冷房は入れたのだが、夏央莉が来るまでにそこまで時間がなかったため、まだ部屋全体に冷気が回っていない。
前期テスト前でそこまで複雑な課題は出されていなかったため、書き写すのに時間はかからないだろう。
「今日も二限受けたらすぐバイト?」
「そだねー、今日はお昼から夕方までが一個、そっから後ももひとつあるねー。」
夏央莉は私と正反対で学費から生活費、生活に関わる全てのお金を自身がアルバイトをして稼いでいる。(一応確認したことがあるのだが、全て健全なバイトのようだ)
親からすべて仕送りしてもらっている私からすれば、凄いを通り越して偉い!という感じなのだが一度だけ何故そんなに掛け持ちバイトをしているのか聞いてみたことがある。
本人曰く、「意地かなー。」としか返してくれなかったため、それ以上踏み込むのは止めた。
今ならその時以上の仲になっているので深く話してくれるのかもしれないが、正直私にはそこまで興味がなかった。(夏央莉本人に言ったら「ひどい!」と言われてしまうかもしれないが)
その代償としてよく、というか頻繁に課題の写しを私に要求してくる。
出会った当初は「あー、課題丸写しして空いた時間で遊んでる系の陽キャか」と思っていたが、事情を聞いてからは「まぁ、しょうがないか…」程度で済ませるようにしている。
黙々と課題を書き写している夏央莉を横目に見ながら私は簡単に済ませた朝食の片づけを始める。
室内に空調機の動作音と食器を洗うカチャカチャとした音が響く。
洗い終わった食器を食器乾燥機に入れて居間に戻ると、夏央莉が課題を書き写したようだった。
「なんかさー、テストも近いのにこんな頻繁に課題出さなくても良くない?」
「教授としてもテストと普段の講義態度だけじゃ単位あげるか判断できないから仕方ないんじゃない?。」
「まー、ごもっともな理由ですな…」
その頻繁に出される課題の大半は人がやったのを丸写しして提出してるだろ、というツッコミは心の中にしまった。
「朝ごはんは食べたの?」
「んにゃー、昨日深夜のバイト終わってお風呂とかもろもろ済ませてそっこー寝て、ここに来たからなーんも食べてない。」
「シリアルとか簡単なものしかないけど、それでも良かったら食べる?」
「いいの? サンキュー! あー、これで今日のバイトも頑張れますわ。」
この一ノ瀬夏央莉というバイト戦士はこれでもか、というほどにいくつかのバイトを掛け持ちしている。
週の大半を労働に割いているというのにあまり食事を取らない癖があるようで、一緒にいる間は食事をちゃんと取っているか確認をするようになった。
「二限終わった後は? お昼一緒に食べる?。」
「んにゃ、あんまり時間に余裕ないし、コンビニかなんかでおにぎりかなんか買って適当に済ませる。お気遣いどーもね。」
シリアルをすくうスプーンを持っていない左手をひらひらさせながら少し不安になる返答が返ってきた。
少しだけ怪訝な顔になっていたと思う。
「ごちそーさん! さぁー、そろそろ二限受けに行きますかー。」
当の本人はなにも気にしてない様子で食器を片付けに台所に歩いて行った。
私は私で必要なものを鞄に入れ、出る準備を済ませた。