聖女でいたいなら身体を差し出せ? こちらから願い下げですわ〜ゲスな王子に嵌められた聖女は祈りをやめて国外に自ら追放される〜
「わかっているんだろう? 君だってもう、『聖女』なんてものが国民に必要とされてないことは」
ゲスな笑みを浮かべて私に迫るのは、あろうことかグロイス王国の次期国王候補筆頭、ロイド王太子殿下だ。
普段外向きに見せる優雅で余裕のある表情から一転し、醜く歪んだ気持ち悪い笑みを浮かべてこちらににじり寄ってくる。
「それ以上お近づきにならないでくださいませ。御存知の通り聖女は常に魔法障壁を展開しており、害意を持って近づくものには容赦しません」
「ほう? 僕のこの気持ちを害意というのかい? 君は。それにその魔法障壁を張っているのは君自身だ。危害が加われば君が罪に問われる。そうだろう?」
「くっ……」
婚約者シャーロット様が不憫でならない。
なんでこんなクズが次期国王なのかと頭を抱えた。
「歴代の聖女はその力とひきかえに自由を謳歌したそうだが、君はもう国民の支持も得られないのだ。僕の寵愛を受けておけば、色々と融通が聞くんじゃないかな? その大きな胸はそのためにあるんだろう?」
こいつ……。
どこまでも腐った男だった。
確かにロイドの言う通り、今私の、聖女の立場は非常に危ういものがある。
代々この国を『祈り』によって守り続けてきたのが歴代の聖女たちだ。
私もその力があることを教会に認められ、現在聖女として毎日『祈り』を捧げこのグロイス王国の平和を願ってきた。
その代わり、聖女は貴族を超える待遇で何不自由ない生活を送れる。
毎日数時間『祈り』を行えばあとは自由。
貴族たちにとっても聖女は有る種特別な存在であり、教会も聖女を囲い込んでいるがコントロールできる力関係にない。
つまり聖女は『祈り』を行うだけで一生遊んでいける……というのが先代聖女様までの状況だった、らしい。
「ほれほれ。僕の手腕によって王国騎士団の拡充、冒険者ギルドとの連携、周辺諸国との同盟……今や聖女の『祈り』なんて誰も必要としちゃいない。君はこのままじゃあ国にいられなくなるんだ。僕の言うことを聞いておきなよ。なに、僕は別に女性を痛めつける趣味はないさ。普通のことしか求めない。僕を満足させてくれればそれで構わないのだからさ」
厄介なことにこの王子は外交面で非常に優秀な手腕を発揮していた。
英雄色を好む……というのだろうか。好まれた方は堪ったもんじゃないというのに……。
「殿下。確かにいま私は必要とされていないかもしれません。ですが私の力が穢れを知り衰えれば、必ずこの国は災いに飲み込まれます。本当によろしいので?」
「ふん……いまさら何を言っているんだ。『祈り』なんて迷信のために国の金を何代にもわたって貪ってきた存在が今更穢れもなにもないだろう」
「なるほど……」
ああ、そうか。
この人は知らないんだ。
「殿下……念の為お聞きしますが、『祈り』が何のために行われているかご存知で?」
「僕を馬鹿にしているのか? お前達が報酬を得るためのお飾りの儀式だろう」
「いいえ。『祈り』は確かに、この国をモンスターの被害から──」
「馬鹿め! 僕にそんな戯言が通用すると思っているのか? 父を始めこれまではうまく取り繕ってきたようだが、人一人の魔力で国が守れるはずがないんだ。当たり前だろう? そんな簡単なことに何故誰も気づかず盲目的にお前達を囲ってきたんだ……まったく我が血族ながら頭が痛くなるよ」
頭が痛いのは私の方だという言葉をぐっと堪える。
王国の周囲はダンジョンと呼ばれる無数のモンスターの巣窟が存在する。
そのダンジョンがダンジョンとして成り立つ、つまりダンジョンからモンスターを溢れさせないことこそが、歴代聖女の『祈り』の真価だ。
当然王家の人間ならばそんなこと当たり前に教わっているはずだ。それが民が神話やおとぎ話と認識していることを含めて。
この王子はいま、自ら王族の役割を放棄したということだ。
「いいから僕の言う通りにすればいいんだよ。もうこの国でやっていくにはどのみちそれしかないのだから」
「わかりました」
「よしよし。ではそこでまず服を──」
「私、聖女をやめます」
「は?」
間抜けな顔で固まる王太子殿下を見て思わず吹き出してしまった。
「貴様……」
「これから無数のモンスターがこの王都めがけてやってきますよ? 準備をすすめたほうがよろしいのではなくて?」
「何を世迷い言を……いいからさっさとその身体を差し出せええええ」
──バチン
「ぐは……」
「言ったではありませんか。害意を持って近づくものには容赦しません、と」
私に襲いかかろうと飛びかかってきて、魔法障壁に弾かれ雷撃魔法を受けて転がる王子。
間抜けな格好のまましびれて動けなくなった王子を足蹴にする。
「ぐふ……」
こんな国、こっちから願い下げですね。
「よくよく考えれば私、『祈り』以外も王宮に閉じ込められて自由なんてなかったじゃありませんか」
それもこれもこの下品な王子のせいだと思うと腹が立ってくる。
「さて、どうしましょうかね」
周辺諸国は同盟国だから私を受け入れるのは難しいでしょうし……。
「少し長旅を楽しむとしますか」
国を離れ、自由を求めた旅が始まる。
どこかウキウキした気持ちのまま、いつの間にか私は駆け出していた。
聖女の力は『祈り』だけじゃない。むしろ今後『祈り』に力を割かないでいいのなら、それなりに活躍できるのではないだろうか。
「冒険者でもやってみましょうか」
あらゆる可能性に胸を膨らませながら、王宮を飛び出した。
◇
「くそ……あの女め……私をこんな目に合わせたこと、必ず後悔させてやる……」
これがロイド王太子の転落人生の始まりだということはまだ誰も知らなかった。
聖女もの、異世界恋愛、女性主人公といろいろな挑戦になっています。
広告の下の☆からぜひ評価いただけるとうれしいです。
アルファポリスにも掲載中です。