第一話:日常と崩壊の予感
テスト勉強辛し辛し……。
厳しい寒さは終えたがまだ寒く、しかし日光が当たるとちょうどよく感じる今日この頃。
今日も俺は自分の通っている学校である「私立藤宮学園」に登校するために満員電車に揺られていた。
ここは都会という訳では無い。逆に田舎ですらある。
ただ、田舎だからなのか通学通勤時間帯なのに電車が二両編成なのだ。信じられないと思うだろうが決して嘘などではない。
そうして揺られること五十分弱、俺は学園まで徒歩五分程の最寄りの無人駅に到着した。
電車を降り駅のホームを抜けると、そこには見慣れた顔があった。
いつも通りスルーしようとするも、いつも通り肩を掴まれてしまう。
しかしそれでもいつも通り無視を決めこんでいると、「おい」とツッコまれた。
仕方がないのでいつも通りできるだけ気だるげに振り向くと「今日もダルげだな」と、いつも通り返されてしまい、「あぁ、今日もいつも通りの一日が始まるんだな」 なんて考えてしまう。
そこまでを考えるまでが毎日のルーティーンなのだ。
まぁ、休みを挟んでいたし久しぶりではあるがな。
満足した俺は「よっ」と右手を上げながら一言。するとあちらも少し口角を上げ、同じように一言「よう」なんて返してくれた。
そしてあいつ、『武者 薫』は俺の横に並んできた。
なのでいつも通り一緒に残りの道を登校する。
「そういや、休み中も告られたんだって?」
駅から十メートルほど歩いた時に薫はそんなことを聞いてきた。
別段隠さなければいけないようなことではないと思っているので俺はあえて肯定も否認もしないで黙っていた。
すると薫は、ほうと頷いた後に「今回の子は可愛かったって聞いたが?」と話を続けてくる。
今の沈黙は肯定と受け取ったようだ。
まぁ、別に一応そういうつもりの沈黙だったからいいのだが。
「確かにすごい可愛かったな」
「どれくらい?」
「昨日テレビで見た女優のなんちゃらさんって人くらい」
そんな適当な返しをしたら、今度はこんなことを聞いてきた。
「じゃあやっぱりいつも通りの理由で振ったんですかい?」
「……」
俺はその問いかけにも沈黙で答える。
すると、「わるかった」と言って以上追求してこなかった。
暫くの間、沈黙が流れる。
しかし、気まづい沈黙とは若干違う。言葉にするのは難しいのだが、何というか、これ以上踏み込んだら互いが他人に戻れなくなるような、そんな気がするからこそあえて踏み込まないといったような。少し……否、結構重要な沈黙だと俺は思っている。
それはきっとあちらも同じであろう。そう信じたい。
その後は適当に休みの期間中にあったことや、昨日見たアニメの話をしているうちにあっという間に校門前に到着した。
正直言うとアニメの話は俺が一方的にしただけだが……。
目線を少し先にずらす。すると、校門奥にいた女子三人組が見えて、楽しい時間というものは長くは続かないのだなと思った。
薫はその女子生徒らを見ると「そんじゃ、あとは頑張れよ」と一言残して先に行ってしまう。
もう少しこの時間が続いて欲しかったと思うのも、いつも通りか……。
気持ちを入れ替える為に自分の中でスイッチを入れる。
前の女子生徒達は俺の存在に気づいたようで、こちらに向かって来た。
左から清楚系を気取っている似非清楚ギャルなのが深田 靖子さん。今どきギャル感がえげつないのが池上 唯さん。最後に、えーっと、この三人の中で一番シンプルなのが長沼 裕美 さん。
三人とも可愛いのだが見るからにギャルっぽいので普通の人なら近寄り難いだろう。
いわゆるリア充女子感が凄いのだ。しかし、俺が言えたことではないのだがな。
「おっはよー! ヒロ!」
そんな挨拶を池上さんから受けたのでワンテンポ置いて返す。
「よう、三人ともおはような!」
笑顔を貼り付けながら言う。きっと傍から見たら「今日もリア充どもは朝から元気だなー。 チッ」と思ってしまっているだろう。
とんでもない。今ちょうど最高に憂鬱になったところですとは口が裂けても言えないな。
俺の挨拶を他の二人も適当に返してその流れのまま教室を目指す。
クラス替えはあったものの前日中に連絡が来たのでクラス表を改めて見る必要が無い。
幸いなことに、あの三人。特に一番面倒な池上さんが他クラスだったのだ。
去年はことある事に俺の方に来て正直鬱陶しかったのだ。
はぁ、クラス替え万歳。
そんなことを考えつつ新しいクラスの扉を開ける。
教室の間取り自体が大きく変わった訳では無いが、日光の当たり方と中の人が変わっただけで何か新鮮味を感じた。
俺の席は――中央列の一番後ろのようだな。うん、なかなかにいい席じゃないか?
ちなみに周りの席の奴らの名前も見たが特に知ってる人がいる訳ではなかったのでスルーした。
席に着き教科書を机に入れ、時計を見たが結構時間も余っていたので読みかけのラノベに手をつけることにする。
小説をラノベを読むのは好きだ。実際自分がするのと違って、その物語の当事者(主人公)が勝手に問題を解決していくし、そのほぼ全てが解決して終わっているからだ。
特に主人公の自己犠牲の精神は凄いと思う。絶対真似出来ないからな。
きっと俺が主人公なら物語によっては不登校になるだろう。
今俺の耳からはいるのはページをめくる音のみ。集中しすぎて雑音だと思う音は聞こえないのだろう。
ページをめくる。そして、文字を目で追う。追える文字がなくなるとまた、ページをめくる。
そのサイクルを何度続けたことだろうか。教室のが本当に静かになっていることを怪訝に思った俺は顔を上げる。教室に教師が入ってきたようだ。
なので少しお高めのブックマーカーを本に滑らせて机に入れた。
身長は百八十後半あるであろう男性教師が教卓に上がる。そして挨拶を済ませ、自己紹介が始まった。
「えー、二年一組の主任になった上田 一哉だ。数学を担当させてもらっている。副担任っぼ臼倉先生は後で挨拶をしてもらうから、とりあえず一年間よろしく」
必要最低限の自己紹介だった。しかし一年の時も学年主任で、数学も担当してもらっていた俺からして見れば十分な自己紹介だと思った。
見た目だけで判断しているであろう女子生徒たちは黄色い声をあげている。
確かにすごくダンディないい男だが、こう言ってはなんだが中身がダメダメなおっさんなのだ。
それと、臼倉とは誰なんだ?
そんな俺の疑問など何処吹く風のように上田先生の話はまた始まった。
「そーゆー事でとりあえず学級長を先に決めさせてもらう。やりたいやつ挙手」
一番後ろの席だからよく見える。誰も手を挙げてない。
上田先生の方を見るとあちらもこちらを見つめているではないか。あら、ロマンティックなこと。
目が合うとあちらはニヤリとした気がした。あら、ロマンティックが台無しなこと。
こうなることが元から分かっているのにも関わらず、あえて生徒の自主性を重んじるという盾を使って、こんな悪趣味なことをして楽しんでいるあたり上田先生の性格の良さが分かる。
な、こいつ性格最悪だろ!(特大ブーメラン)
まあ、遅かれ早かれの問題なだけなので今回は不問にしてやろう。
そして右手を挙げる。
次はあからさまにニヤケながら「おお」なんて言ってやがる。
それを笑みを見た先程までは黄色い声をあげていた女子生徒たちは一変して不審者を見るような目に変わっていた。
「級長が中条で決まりになるがいいか?いいのか?」
その変に回りくどい言い回しに少しイラッときたのでジュースはミルクティーにしてやろうと心の中で決めた。何故ミルクティーにしたかというとただ単純に一番高いからだ。いうて誤差四十円なのだがな。
俺が級長になることについて異論がないことを確認した上田先生は少しがっかりしたような表情を浮かべながらこの話を終わらせた。
それから今日の日程が話されて朝のHRは終了したが、級長になった俺は放課後で第三数学準備室に来いとのことだった。