第83話 災厄の竜と聖女
大分前に書き下ろして更新してなかった話です。今、別の話を執筆中でそちらを優先しているので、とりあえずこの話の後はまた休眠させます。話の流れはあるので、いつかまた更新できればと思います。
「じゃあ行ってきます、ニナもじいじとミリアのいう事を聞いて、いい子にしてるんだぞ」
シンはフィアナ、リヴィア、ハルを従えて、ダンに挨拶をする。ダンの前にはニナが少し寂しそうな顔をして、立っている。ダンはそんなニナの頭を優しく撫でながら、シンに言う。
「まあこっちの事は余り気にせんでいい。ここは完全にノーマークじゃろうからな。今回の戦いはシン、お前にすべてかかっておる。重荷を背負わせて済まないが、上手くやってくれ。フィアナ、リヴィア、シンをよろしく頼んだぞ」
「はいお爺様。大丈夫、シンはそれ程、気負ってません。初代様が、上手くシンを導いて下さったみたいですから」
シンは自信満々にそう回答するフィアナに苦笑しつつも、穏やかな口調で言葉を返す。
「そうですね、フィーの言うとおり、余り気負わずできる事を最大限やってきます。多分、上手くいきますよ。フィーも傍にいますし、リヴィアも手伝ってくれるみたいですから」
フィアナもリヴィアもシンの言葉を聞いて嬉しそうにしている。するとダンはハルに目をやり、ハルとも言葉を交わす。
「ハルや、お前さんのところは公都からもそう遠くない。キリクが魔法結界を張ったとはいえ、ここに比べたら危険も多いだろ。いざとなったら里のものも含めて、ここかアルナスへ行くんじゃぞ」
するとハルもしっかりした表情でそれに答える。
「ダン様、そこは安心してください。今の私は一人ではありません。里の者達もそうですが、シンお兄様やフィアナお姉様、ダン様や他の方々、皆さんが支えてくれると感じております。だから早め早めで手はうちますわ」
ハルはこのガリアでの生活で本当にしっかりした。元々は両親に先立たれ、背伸びをしながらの領主生活だったが、今は、それも一人ではないと地に足を付けている。勿論、時には気丈に振る舞う事も必要だが、張りつめた弦を引っ張り続けても、いつかは切れてしまうだけである。そう言った意味では時には緩める事も必要という事を学べたのだろう。
「それがいい。いざとなったらシンを駆けつけさせる。竜の盟約者の仲間が増えば、その者を回す事も考える。ともかく穏便にの」
「はい、お任せ下さい」
そう言ってハルは笑顔を見せて首肯する。気負いのないいい笑顔だった。
そして最後にシンはニナを抱きかかえ、フィアナの傍へと連れて行く。ニナは今にも泣き出しそうな顔で二人に抱きつく。ただ涙はこぼさない。
「ニナは、しんおにいちゃんとふぃーおねえちゃんがかえるばしょをまもってるの。だからちゃんとかえってきてね」
「勿論、俺もフィアナもちゃんとガリアに帰ってくるよ。それが落ち着いたら、今度はまた、三人で旅をしような」
「フフフッ、それは楽しみですね。なら急いで片付けて帰ってこなくちゃ、ねえ、シン」
「ニナね、アカネおねえちゃんのところにいきたい。このあいだのぷれぜんとのおれいするの」
「ああ、アルナスだけでなく、ハルのところにも公都にも行こうか。だから楽しみに待っててくれ」
「うん」
勿論シンは無責任な約束ではなく、本心でそうできると思っている。だからこそ、先の約束をする気にもなる。当然それが活力になるとも思っている。ニナは最後に二人に甘えるように、力一杯抱きつくと、いつものニナらしい笑顔を見せる。シンもフィアナもそのニナの気持ちを感じて、決意と活力を新たにするのだった。
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そうして四人はひとまずはキリクのいるヘスティへと向かう。そこでハルとキリクが入れ替わり、一旦、キリクを伴って、公都へ行く予定だった。キリクは状況次第だが、そこで偽シン・アルナスを回収した後、その場に残るか、ニルスに共に向ってもらうかをしてもらうつもりだ。
移動は、フィアナとハルがシンとリヴィアに抱きかかえられての移動となる。リヴィアに関しては、シンと同様の速度でも移動でき、且つ、魔力切れの心配もない為、重宝している。ちなみに休憩ごとで、シンとリヴィアは抱きかかえるパートナーを変更している。フィアナ曰く、何事も平等がいいそうだ。シンとしては、ここら辺の話に深入りをしようとはせずに、あくまで受け身である。結局はシンは公王になる事も、嫁を5名娶るという話を受け入れた訳ではないので、あまり気にしないようにしている。それもフィアナに言わせれば、悪あがきらしいのだが。
「シンお兄様、キリク様はどちらを選ばれると思いますか?」
そう今抱きかかえているハルから質問の声が上がる。どちらとは公都に残るかニルスに行くかという話だろう。
「うーん、なんとも言えないな。もしかしたら、ヘスティに行くかもしれないし、その時の帝国軍の動きによると思う」
「やはり帝国軍の動きを把握する必要がありますね。公都まで行けば入る情報もあると思うのですが」
そう言って、ハルは神妙な顔つきになる。
「そうだね。まずは公都で情報収集。それが重要になるかもしれない。公都には龍騎兵がいる可能性もあるから、交戦になるかもしれないし、厄介だね」
シンはそこで溜息をつく。できればフィアナにはハルと一緒にヘスティで待っていてもらいたいと思っていたが、どうやらついて来るらしい。まあ公都には、リヴィアに付いていてもらうつもりなので、そこまで心配はしていないが、注意する必要はあった。
「初代公王であるシンジ様が私を公都の神殿まで連れて行くように言ったのでしょう?ならば私は仕方なくついて行くのです。観念してくださいシン」
そうなのだ。ただそれは急いで連れて行かなければいけない類のものではなく、一度連れていったら、面白い事になるぞとほくそ笑みながら言われた事なので、別にこのタイミングでなくても良かったが、フィアナはここぞとばかりに嬉しそうにそう言って、ついて行く事を決めてしまったのだ。
「面白い事になると言われてもねぇ。シンジさんはあれでいたずら好きのところがあるから、余りいい予感がしないのだけど。でも俺の記憶からフィアナの事を知ってから、妙に含みを持った事を言うんだよな」
フィアナは嬉しそうにシンを見て言う。
「ならば、スッキリさせる為にも早々に行った方がいいのです。私も何が起こるのか楽しみですから」
「まあフィアナの護衛なら任せておけ。私はフィアナの味方だからな。なぜだかここだけは確定事項だ」
リヴィアまでそんな事を言ってくる。シンは抱きかかえているハルに向って思わずぼやく。
「ハルは、フィアナみたいに好奇心の塊にならないでくれよ」
「あら残念。シンお兄様、私もフィアナお姉様の味方ですわ。私もその地下の神殿には興味がありますもの」
シンは、頼みの綱のハルにすら見放され、精一杯引き攣った笑みを返すのが、やっとであった。
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その頃一体の竜が北方諸国のとベルタという町に飛来していた。そこは帝国からメルストレイル公国に向うまでに多少迂回するが、通り道近くにある国の一つ。北方諸国の中でも比較的南方に位置する為、比較的冬が終わるのも早く、この時期は農作物の苗付けに忙しい時期である。町には元々は大きな城があったが、その城に住んでいた王族は帝国が北方諸国へ侵攻した際に、既に滅亡し、今は跡地付近に帝国の駐留所があるにとどまっていた。既に帝国により併呑された土地であり、帝国の圧政に苦しんではいるものの、反乱する気概もない為、民衆はただ耐え忍ぶだけの時を過ごしていたが、耐えていれば死ぬことは無いはずだった。
そうその竜が飛来するまではである。
竜は漆黒の鱗に大きな黒い翼を広げ、突如飛来した。身の丈十数メートルはあるだろう。町の住人は何が起こったのか、理解できなかった。それは元々その土地に住むものだけは無い。その町に駐留していた帝国軍の部隊にも言える事だった。
明らかな異形、明らかな脅威、明らかな厄災である。
帝国兵士や住民達は突然の事に逃げ惑う事もせずに、その場に立ち尽くす。そしてその黒い脅威はそのブレスを目の前の人間達に向って一気に解き放つ。灼熱の咆哮は家々を燃やしつくし、その場が一気に地獄絵図と化す。たった一度の咆哮で、その光景である。その熱波に消し炭となった方が、幸せだったかもしれない。多くのものは、燃え盛る街並みにじわじわ焼かれ、炎に巻かれていく。
老若男女、帝国兵士、住民分け隔てなく、その厄災は猛威を振るう。二度目の咆哮では、大部分の家屋が炎に巻かれて燃え盛る。その後、その地に生きているものがいなくなるまで、その咆哮は続いていき、黒い脅威が去った後も、三日三晩炎が消える事はなく、残ったものは灰塵と化した、廃墟だけとなる。
この黒い脅威はベルタの町に留まらず、帝国皇帝であるエリウスが公都に到着するまで、北方諸国の10余の町を同様に焼き尽くす。人々はここにきて、大昔のお伽話、暗黒の竜が復活したのだと知る。そして、それは世界の破滅の予兆であることに絶望するのだった。
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「そうですか、目覚めましたか」
カストレイヤ王国より南、南方にある一国の大聖堂で聖女と呼ばれる女性が、厳かに頷き返す。
「はっ、旧メルストレイル公国付近の諸国の都市が、漆黒の竜により既に十数、灰塵と化しているとの事です」
聖女に報告するのは初老の司祭。表向きの階位は初老の司祭が上なのにも係らず、司祭は聖女を前にしてただ、平伏している。聖女は歳の頃20歳を過ぎた頃だろうか。当然、法衣を纏い、只々黙祷をささげている。元々は祈祷の時間であり、神に対し祈りを捧げていたところを最高位の司祭が急を要すると報告にきていた。
「他の竜の目覚めは無いのですか?」
「竜王、竜帝の目覚めの兆候はないとの事です。ただ、帝国内には竜騎兵を名乗る集団があり、それらが盟約者である可能性は高いとの報告があります」
そこで聖女が祈祷を追えて、司祭に対し振り返る。美しい容貌で、柔らか味のある微笑みを湛えている。ただし、その笑みは冷たいものを感じさせる。完璧すぎる、一遍の隙もないのだ。司祭はその背中に冷たいものが流れるのを感じる。
「その厄災、かの国に払うだけの力があると思いますか?」
聖女が発する言葉は、決して大きくなく、それでいて頭の芯にまで響くような逆らえない圧力を感じる。
「既に帝国に併呑されている土地となります。なぜ改めてその地に厄災が降りかかっているのかはわかりませんが、とてもその余力はないでしょう」
「あら、かの地はとある英雄が現れし土地。過去にその厄災を払った事もあります。又、再びその英雄が現れるやもしれません。それでも無理なのかしら」
聖女はさも何かを知っているような口ぶりで、笑みを浮かべながら質問を投げかけてくる。
「私の如き、凡人にははかり知れない事にございます。過去かの地に現れた英雄は、膨大な魔力を備えていた御仁。その魔力を持って、神器を用いて、かの厄災を封印したと聞きます。残念ながら、それは本来人の手では扱えないもの。現世でその神器を扱える程の魔力を備えた方は聖女様以外はおらず、その厄災は払えますまい」
神器、神の手によりつくられたものである。その器が欲する魔力は人ではなく、神が持つ魔力量を前提としており、人の手では、何十、何百の人の数が必要となる。神の子、神の代弁者たる聖女以外は、現世で扱えるものはいないと思われる。
「そうですか、ならば私がかの地におもむきましょう。この世界は神の手により創造された神の世界。竜如きにこの世界を荒らさせるわけにはいきません。私がかの地におもむき、神罰を下す必要がございます」
「聖女様、自らでいらっしゃいますか?」
「ええ、私が自らおもむきます。神からもそのような神託がありましたから」
司教は驚いた表情を浮かべて、聖女を見る。聖女はそれにやはり完璧すぎる笑みを湛えながら、司教の脇を通り過ぎると、大聖堂を後にした。




