第6話 二人の行方
またまた攫われます。
その日はセシルをギルドの要人が泊まる宿に案内をして、その場で別れる。
セシルの世話は引き続き、メルが担当をして、シンは翌日の朝にギルドでセシルを合流する手筈となっている。
セシルの泊まる宿は、要人が泊まる宿という事もあり、立地条件も良く、常に冒険者ギルドより護衛が行っている為、安全面はしっかりしている。
懸念したのは、野盗が再度襲撃してこないかだが、さすがに町には合わられないだろうというのが、ハワードの見解だ。ヤンセンの町は国軍もいる為、治安がいいというのも要因としてある。
なので、油断していたというのが、正直なところだった。
その日の夜、シンは寝る前に日課としてる魔力操作の鍛練をしていた。
魔力は人に限らず万物に存在するものであるが、その魔力は鍛練によって伸ばす事が出来る。実はこのことは魔術師協会の秘匿とされ、本来持つ素質以上に魔力量は増えないとされている。なので魔法は素質がないものは使えないと言われる所以でもある。
ただ本当はそうではない。魔力量は伸ばす事が出来き、20歳前後でその総量が確定するまでは、実は上限がない。
魔術師協会が秘匿とする理由は、当然、その特権を行使する事にもあるが、実はこの鍛練が難しい為、むやみやたらに広められないというのが実情だったりする。
シンはこの鍛練を5歳の頃から、ほぼ毎日欠かさずしてる。その為、魔力量は既に相当なものなのだが、なんとなくやらないと落ち着かない為、日課を欠かす事ができなかったりする。
シンは体中に張り巡らせていた魔力を少しずつ風船の栓を抜くように、慎重に体の外に逃がしていく。
この鍛練は魔力を満たし、維持し、抜く作業である。
それを一定時間行う。それぞれの行程でそれぞれのリスクポイントがあるのだが、特に抜くときは難しく、一定箇所で一定量以上の魔力放出があった場合、その箇所に負荷がかかり、最悪の場合、破裂するといった事象まで発生する。
シンが貯めた魔力が体外に出切った頃に、階下で騒ぎ声が聞こえたので、部屋の外へ出てみる。すると丁度階段を上がってくる宿屋の主人のキャリックと出くわす。キャリックは顔を出したのがシンだとわかると、
「おう、シン、丁度良かった。ハワードからの伝言だ。なんでも嬢ちゃんが攫われた、今冒険者連中を動かして探索させているからお前もすぐ来い、だってよ。誰だ、その嬢ちゃんって?」
「悪い、細かい話は後だ。」
シンは話を聞いた後、厳しい表情でそう言って、キャリックの話を遮ると部屋に戻って装備を取り、急いで外に出る。そして身体強化の術を使い脚力を上げると、一気に屋根の上に出る。
下町の建物の高さは、あまり変わらない為、屋根伝いにセシル達が宿泊していた宿屋までショートカットをして向かう。
移動中、シンは一度視力も強化し、賊がシンと同じように屋根伝いに行動していないかに注意を払う。
「屋根にはそれらしい人影はないみたいだ。城門も閉まっている。城門が破られたわけでもなさそうだ」
勿論、夜の暗がりの為、すべてがすべて見えているわけでは無い。それでも少なくても人が移動しているのであれば、分からないわけではないはずなので、慎重に目を凝らしながら移動する。
そして宿屋周辺につくと、人目につかない路地を選んで飛び降り、捜索隊を編成しているハワードたちと合流する。
「ハワード、セリア達はどうしたんだ」
シンは思った以上に厳しい口調になった自分の声にびっくりし、直ぐに慎重さを取り戻そうと軽く息を吐く。
「おお、シン。思ったよりも早く来たな。嬢ちゃんとメルが攫われた。昨日の夜に何やらもの音がしたのを宿屋の主人が聞きつけて、宿泊客がいる客室を見て回ったところ、嬢ちゃんのメルの部屋のドアが開けっ放しにされていて、気付いたみたいだ。主人は急いで外にいた見張りの冒険者に伝えて、俺にも情報が入ったって寸法だ。今は冒険者連中を叩き起こして、この周囲から探させているところだ」
「主人が気付いたのはどの位前だ?」
「今から三時間はたってねえぞ。嬢ちゃんたちもその物音が聞こえたタイミングで攫われたんなら、そう前ってわけでもない」
「城門や城壁から逃げた可能性は?」
「そりゃあないな。そのあたりは軍の衛兵がしっかりいる。破られたらそれこそもっと大きい騒ぎになっている」
シンは現段階で以外と多くの情報があるのに内心感心する。ハワードが上手く動いてくれているのだろう。
それを更に思考を深めて、可能性を模索していく。
まず第一にセシルがこの宿にいる情報を持っていたという事。しかもその部屋の場所まで把握している。
次に侵入方法と逃走経路。外の冒険者達がどういうルートで見回りをしていたか、女性二人をどのようにしてつれて行ったのか?少なくても見張りが目を離したすきにとなると、その手の作業に慣れている輩なのだろう。
3つ目に、そもそもセシルを攫う目的とその背後関係。町中で人を攫うとなるともはや一介の野盗レベルの話ではない。何かしら背後関係があるはずである。
最後に、時間的猶予。城門が破られていないとなると、まだ町の中で囚われている可能性が高い。少なくても城門が開くまでにセシル達を見つけないとそれこそ手遅れになる。
その為にはもっと情報を得る必要がある。
「ハワード、宿の主人とは話せるか?」
「ん、ああ、あそこにいる。おーい、フィリップ。ちょっと話がある。こっちに来てくれ」
ハワードが手まねきをして、小柄で少しふっくらした男がやってくる。
「ま、まだ話があるんかい。さっき一通り話たと思うが」
そう言って、ハワードに話かける。
「話があるのは俺じゃなくて、こいつだ。シン、こいつが主人のフィリップだ」
「初めまして、フィリップさん。俺は、冒険者ギルドのシンです。ちょっといくつかお話を伺いたいんですが、よろしいですか?」
と警戒する相手の緊張感を緩めようと、あえて丁寧な口調で話かける。フィリップは冒険者にしては珍しく丁寧な口調でしゃべるシンに少しだけ緊張をとき、
「冒険者にしては珍しく、良い応対をされるな。ハワード、家への見張りはこういう丁寧な応対ができる奴にしてくれんか。大体、来るやつは、粗野なやつが多くて行かん。とっと、すまん話がそれたな。それで何が聞きたいんじゃい」
「聞きたいのは宿屋についてからのセシルとメルさんの行動です。私は宿屋の前で二人と別れてしまったので、その後の行動を把握してないんです」
「着いてからかい?私は基本受付にいるから、出入りくらいしか分からないが、その二人なら宿についてからは一度も外へは出ておらんよ」
「食事はどうしていたか分かりますか?」
「ああ、それなら宿の中にレストランがあるので、そこで食べておったよ。今日のコースは魚料理だったんだが、おいしかったと言っておったからの」
「ちなみにその食事のときに他に食事をされていた方はいましたでしょうか?」
「今日は個室を領主代行が使われていたな。なんでも、外の方と重要な会談があるとかで、後はこの宿の宿泊客だが、彼らには事情を話して、部屋も確認させてもらったから、今回の件は関係ないよ」
「なるほど、ありがとうございます。」
シンは笑顔で御礼を言うと、「なんのなんの」とフィリップは手を振り、去っていく。それを見送った後、シンはハワードに向き直し、質問する。
「ハワード、ここから一番近い貴族の館ははどこになる?その持ち主とその持ち主の背後関係も知りたい」
「まあ、ここは貴族街からもそう遠くない場所だから、何軒か館はあるが。一番近いとなると、ここの道をまっすぐ行ったところにある屋敷が一番近いか?あれは誰の屋敷だっけか?おーいフィリップ、おーい」
と再びフィリップを呼びつける。
「なんじゃい。何度も何度も。」
「すまん、すまん。ここの道をまっすぐ行った館の持ち主は誰だ」
「まっすぐ行った館?ああ、あそこは領主様の持ち家で今は息子で領主代行のルイーズ様が住んでおられるよ。うちの店を使うのも、ご自宅が近いというのが、一番の理由じゃからの」
シンはフィリップの説明を聞くと、道の先にある館を見据えて、一つの結論を下した。