第63話 元気な別れ
一応、次回から新章です。
セシルとシンは指輪を受け取った後、そのままギルドに向って歩き出す。ギルマスのハワードに会いに行く為だ。セシルも去年の拉致の際にハワードとは面識がある。なので、そのままセシルも連れていくことにしたのだった。
「セシルが指輪を喜んでくれてよかったよ」
シンは隣で嬉しそうにしているセシルを見て、そう感想をこぼす。
「あら、シンがくれるものなら基本なんでも嬉しいですわ。でもこれは特別です。何だかシンに抱きしめられているみたいで、暖かくて優しい気持ちになるんです」
シンはこれで、セシルの原因不明の魔力暴走が抑制されるのであれば、いいと思っている。
「できるだけ、肌身離さず付けていてくれ。魔力はかなり持つと思うけど、切れそうになったら補充するから」
「はい、その時はお願いします。それとそのブローチはどうされるのですか?」
シンは先ほどの店を出る時に、同じヒュドラの魔石で作ったブローチも受け取っている。セシルはそれも誰かにあげるつもりなのだろうと気になった。
「ああ、これはニナにあげるんだ。帰りも魔の森を抜けるつもりでいるから、ニナに付けさせようと思ってね」
「フフフッ、ニナも喜びますわ。でもアイシャとナタリアが悔しがりそうです」
シンは苦笑をして、セシルに答える。
「残念ながら、あの二人にプレゼントする理由が今は無いからね。そこは我慢してもらうしかないかと」
「あら、シンったら、あの二人は貴重な魔石の装飾品だから欲しがるのではないのですよ。シンがくれるから、喜ぶのです」
「まあ、喜んでくれるなら、今度考えてみるよ」
シンはそう言って、頭を掻く。セシルはそんなシンを見ながら、その答えに満足する。自分が特別なのは嬉しいが、友人が喜ぶ姿も見たいのだ。そして二人はそんな会話を楽しみながら、しばらくしてギルドに到着する。
「メルさん、お久しぶりです。ハワードはいますか?」
シンはギルドに入ると受付のメルを見つけて、笑顔で声をかける。メルはびっくりして大声を上げる。
「シン君、今まで何処に行ってたの?心配したんだからっ、もう戻ってこないかと思って。それにって、女王ホガッホガッホガッ」
シンは女王の言葉に反応して直ぐにメルの口を押える。
「メルさん、お忍び、お忍びなので、内緒でお願いします」
メルは首を上下に動かし同意を示す。シンは手を離すと改めて謝罪する。
「すいません、驚かせてしまって。今回は寄れそうだったので挨拶に来たのです。彼女も以前の御礼がしたいとの事で同行してもらってます」
「お久しぶりです、メルさん。その節はお世話なりました。突然の来訪で驚かせてしまいましたが、今日は普通に接してください」
セシルもシンの言葉に便乗する形で、メルに挨拶をする。メルはやはり何処となく固い感じではあるが、普通に接しようと言葉を返す。
「こちらこそお久しぶりです、セシルさん。私のした事など大した事ではないので、気になさらないでください」
「それでメルさん、ハワードはいますか?一応事前に話は通してあるんですが」
実はハワードには軍、厳密にはハロルドの方から話を通してもらっている。今日くることも合わせて伝えてもらっているので、いるだろうとは思っている。
「ええ、ギルドマスターは執務室におります。今、お通ししますね」
メルはそう言って二人を先導してくれる。
「ギルドマスター、シン君とセシルさんがいらっしゃいました。中にお通ししてもよろしいですか?」
「なにーっ、セシル嬢ちゃんだと?ちょ、ちょっと待て。今片づけるから」
何やら執務室の中がドタバタする中、程なくしてその扉が開く。
「おいシン、セシルの嬢ちゃんがくるなら、先に言ってくれ。流石に準備というものがあるだろう」
ハワードは慌てた表情で、シンに文句を言うと、シンはそれに呆れた顔で返事を返す。
「さすがに今回はお忍びなので、事前に伝えるのは無理に決まっているだろう。普段から部屋を綺麗にしとけば、問題ないだろうに」
「くっ、正論を言いおって。まあいい、取りあえず中に入ってくれ。メル、悪いがお茶を用意してくれ」
「はい、分かりました」
そしてお茶が用意され、4人で座って近況を報告し合う。
「まずシン、おめでとう。お前Aランクにしておいたから」
「いや、全く意味が分からないんだが」
「お前、王都で活躍しただろう。それを王宮から報告貰ってランクがAランクに上がった。本当はSにしたかったんだが、ちょっと手柄が足らなくてな。ただ次きた時は多分Sランクになってるぞ」
「本当に意味が分からないんだが」
「この間、ヒュドラ倒しただろう。しかも一人で。これで確定的となった。ハロルドが褒めちぎってたぞ。軍も王宮経由でギルドに働きかけると言っていた。いやー、俺の支部からSランク冒険者が出るなんて、鼻が高い」
ハワードはそう言って、高笑いをする。ちなみにSランク冒険者というのは、ほぼ名前だけで、ギルド数百年の歴史を遡っても10人もいない、ほぼ生ける伝説である。そう言えば、流浪の冒険者の話ではその人物もSランク冒険者だった気がする。そんなものと同じとなると思うと、シンはガックリと項垂れる。
「あら、なら王宮からの依頼は、私にお任せ下さい。全面的に支援させていただきますわ」
セシルはそう言って、嬉しそうにする。ちなみにメルも手をパチパチと拍手しながら、喜んでいる。
「ああ、じゃあそっちは任せるよ。それとシン、お前はこの後どうするんじゃ?また王宮へ行くのか?」
「いや、この後はまた北方諸国へ帰るよ。冬の前に戻らないと身動きが取れなくなるからな」
「そうなんです。王宮に寄って貰って、また恩賞の一つでもあげたいところなんですが」
セシルはいまだ、王宮に寄って欲しいと考えているらしく、諦めきれない心情を吐露する。シンはそれに苦笑して答える。
「いや、正直恩賞はもういいよ。まだ白金貨すら手つかずの状態だしね。それに北方へ持ち帰らなければいけないものもあるからね」
ガリア前領主であり、シンの祖父ダンの元へ「支配の錫杖」を渡す必要がある。後は最後の一つを見つけ出せば、旧メルストレイル公国の各選帝侯の家宝は全部そろう事になる。可能であれば、最後の一つも見つけて帰りたかったところだが、ここヤンセンに来てしまっている以上、日程的には厳しいだろう。
「ええ、わかってます。わかってますが、残念な気持ちもわかって下さい」
セシルは不満げな顔を見せた後、顔をぷいっと背ける。シンはやれやれといった表情を見せるが、一旦その話は置いておき、別の話を始める。
「それはそうと、ここヤンセンでは帝国の話は何か聞かないか?些細な話でも噂でもなんでもいいんだが」
シンは対帝国の最前線であるヤンセンの町であれば、多少なりとも帝国の情報があるのではないかと期待して、ハワードの確認してみる。
「うーん、そうだな。最近帝国からの難民の話はチラホラ聞くな。なんでもちょっとした事で罪人にしたてあげられて、魔の森送りになるんだとか。ただ生きて帰ってきたものがいないらしくて、そこで何をしているのかは分からないみたいだが」
「ああ、私もその話なら聞いた事があります。魔の森の奥で何やら怪しげな実験をしているんだとか」
ハワードとメルはそう言って知っている情報を共有してくれる。捕虜の副官が言っていた事と同じ内容だった。逆を言えば、その副官にはその程度の情報開示しかされていないという事だ。「支配の錫杖」を使った大規模な作戦を遂行する部隊の副官に対してでさえである。
「本当に何をしているんだか。真剣に探る必要がありそうですね」
シンは色々考えたが、一度言ってみればわかると思い、心の中でそう決めた。その後もいくつか情報のやりとりをした後、二人は今泊まっている、ヤンセン領館へ戻る事にする。
「まあシン、暫くヤンセンには来ないのだろうが、頑張れ」
ハワードがそう言って、シンの肩をバシバシ叩く。シンはそれでも嬉しそうにして、返事をする。
「いつ戻ってこれるかは約束できませんが、また必ず寄らせていただきます。それまではお元気で」
シンはそう言って笑顔を返す。するとメルが目に涙を溜めて、言う。
「できるだけ早く帰ってきてくださいね。私待ってますから」
「メルさん、そう言っていただいて嬉しいですが、正直、いつここにこれるかは分かりません。でもメルさんの事は気にかけてますから、どうか体に気を付けて、お元気で」
シンは申し訳なさそうに、メルに言う。これが正直な本音だった。するとハワードがメルの頭をポンポンと叩き、元気を出すように言う。
「ほらメル。何も一生の別れじゃあるまいし、メソメソするな。こう見えてシンは律儀な奴だから、またひょこっとくるじゃろう。我々ギルドはそういった冒険者を笑顔で送り出すのも仕事じゃ。元気出せ」
ハワードの言葉にメルも泣き笑いながら笑顔を見せて、シンに言う。
「シン君ごめんなさい、泣くつもりはなかったんだけど、でも大丈夫。シン君、元気で頑張って、いってらっしゃい」
「はい、いってきます」
シンは、メルの笑顔で送り出してもらえてよかったと思いながら、セシルを伴って、領館へ戻っていった。
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シン達がヤンセンの町に滞在している頃、メルストレイル公国選定公の領地の一つ、医のヘスティが潜む隠れ里の領館で、一つの会談が行われていた。
「シグルド殿。何度来られても答えは変わりません。我ら選定公家は公王選定時のみにこの家宝を持ち出します。逆を言えば、それ以外の時にこの家宝を持ち出す事は許されません。仮に公王となられる候補の方がいらっしゃるのであれば、その方を選定させていただいたときにのみお渡ししますので、どうぞその旨、ダン様にお伝え下さい」
ダンの執事であり、家臣でもあるシグルドは今、ヘスティ家の家宝を預かる為の交渉に来ていた。確かにヘスティの現領主であるハル・ヘスティの言い分はもっともであり、本来であれば、そうあるべきである。
ただ今は国が無くなり、言わば非常時である。まず帝国にその家宝を奪われない事が重要であり、既に帝国から打ち捨てられた最北の地であるガリアであれば、その危険性が大きく減る事を考えれば、預けてもらった方がいいのだ。
「しかしながらハル様、このヘスティの隠れ里は魔法結界もない為、いつかは帝国に見つかる可能性は否定できません。まして、かのマイセンでのシン・アルナス騒動で帝国皇帝自らがマイセンに赴いているとの噂も聞いております。ここヘスティは公都からもそう遠くありません。何卒、私どもにお預けいただけないでしょうか?」
「申し訳ありませんが、意思は変わりません。お引き取りを」
ハル・ヘスティそう言って、その場から立ち去ってしまう。残されたシグルドは大きな溜息をついた後、一人ごちる。
「はあ、こうなればシン様に来ていただくほかないか。確かに正論ではあるが、ハル様はまだお若い。その分視野の狭いところもあるのだろう。しかも領主の責務を背負われている、致し方ないか」
ハル・ヘスティは前ヘスティ領主の末の娘で両親も兄弟も先の帝国侵攻で領民を庇って死んでいる。歳の頃もシグルドの娘と同い年くらいで、両親亡き後の領主を継いでいる。その若さゆえにダンも簡単に家宝を預かれるだろうと踏んでいたが、逆にその若さゆえに頑な反応で、断られていた。
シグルドは再び溜息をついた後、立ち上がり、その場を後にした。
ハルは、館から出て行くシグルドを思いつめた表情で見つめている。ハル個人としては、家宝を預けるのは致し方ないと本音では思っている。今のヘスティでは、それを守りきる事は敵わない。でも亡き父との交わした約束の中にその家宝の取り扱いに関しても含まれており、ハルは頑なにその約束にしがみ付いていた。今、ハルを支えているのはその父との約束だけであり、それを崩すことは、ハルの中の領主としての気持ちをも崩してしまう。
「新しい公主となられる方が現れれば、安心してお渡しして、私は父上と母上の元にまいれますのに」
ハルは見えない暗闇の中を重い責務を背負って歩くのに挫けそうになっていた。だからこそ、その責務を信頼できる誰かに預けた後、自分も亡き父や母、兄弟達の元に行きたいと切に願っていた。




