第57話 金色の瞳
その後、近衛隊のメンバーと別れたシン達は、早速、セシルのいる拠点に向けて、動き出した。今回、ナタリアが同行してくれるという事で、シンは左手でニナを抱っこして、右手には剣を持って、いつでも魔物に対応できる態勢を取っている。ナタリアはフィアナを抱え、こちらは戦う事を想定せずに、両手でフィアナを抱きかかえている。
「しんおにいちゃん、すごーい、はやーい!」
シンに抱き抱えられたニナが、興奮気味にそう言う。何時もはフィアナと二人抱き抱えるので、速度はそれ程出さないが、今は基本ナタリアのペースに合わせて速度を上げている。そういう意味ではナタリアの成長がかなり進んでいるのだろう。シンはにっこりとニナに笑いかけて言う。
「ニナ、あんまりはしゃぎ過ぎないようにね」
「はーい!」
ニナがそうはしゃいだ声で言うと、シンは思わず苦笑する。そして今度は、隣を走るナタリア達に声を掛ける。
「ナタリア、速度の方は大丈夫かい?きつかったら、言ってくれ」
「はい、私の方は大丈夫です。フィアナも大丈夫ですか?」
「シンに負けない運ばれやすさです。大丈夫ですよ」
「ならばこの先はこのペースで進んでいこう。それと魔物の方はどうだい?」
シンは二人の様子を確認した後、今度は周囲に気を配る。
「この先にはいません。周囲にはいるけど、この速度なら襲って来れない」
フィアナは少し集中した後、そう言って笑顔を見せる。
「なら、今の内にナタリアに事情を説明しておこうか。セシルに話す前にある程度、知っておいてもらった方がいいだろう」
シンがそう言うと、ナタリアが目を輝かせて、首肯する。
「是非、お願いします。もう、頭の中が疑問だらけで、聞きたい事が山程あるのです」
「うーん、じゃあ、まずニナの事から、説明をしようか」
シンはそう言うと、ニナが同行している経緯やそもそもこの地に来た理由、魔の森にいた理由などを掻い摘んで説明していく。ナタリアもその都度、質問をはさみながら、ハテナを一つづつ解消していく。
「なるほど、ようやくスッキリしました。そもそも先生が、こんな幼い子とフィアナのような若い女性を連れて、魔の森にいるのがおかしいのです。しかも三人とも魔の森であんなに平然としていらっしゃる、最早非常識です」
「フィーはともかくニナを連れているのは、俺も予想外だよ。まあお陰で今こうしてここに来れたんだから、あながち間違いでも無かったけどね」
シンはそう言うと、はしゃぎ疲れたのかシンの腕の中でスヤスヤ眠っているニナを見て、優しく微笑む。
「まったく、そうしていると本当の親子みたいで、だからびっくりするんじゃないです、人の気も知らないで…」
ナタリアはそう小声ででシンに聞こえ無いように言う。すると、ナタリアに抱かれているフィアナがクスクスと笑って同じくナタリアにだけ聞こえるように言う。
「ナタリア、シンに聞こえないように言っても駄目よ。なにせシンはニブチンですから」
ナタリアは独り言を聞かれた事による羞恥で顔を真っ赤にさせると、フィアナは更に可笑しそうにクスクスと笑った。
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セシルはその日朝から体調の不良を訴えて、今はベットに横になっていた。時折ズキリとする頭痛のせいか、余り深く眠れない。体は怠く、微熱も続いていた。意思の診断では過労。確かに慣れない遠征生活である。目に見えない疲労も溜まっているのかもしれないが、セシル自身は元々体力には自信がある方だった為、この位の事でへたることはないと思っていた。
「あら、起きてるの?多少無理にでも休まなきゃ駄目よ」
セシルが寝ている天幕にアイシャが入ってきて、セシルにそう言う。
「ごめんね、本当は持ってきている書類の山を片づけなければいけないのに」
「気にする事はありませんわ、追加はまた王都に戻らないとありませんから。しっかり休んで元気になられてからで結構ですよ」
「はあぁ、まだあるんだ」
「フフフッ、今回のものが片付いたら暫くは持ってきませんから、ご安心なさい。それよりもセシルに元気がないのは、私も張り合いがありません。多少無理にでも目をつむっていれば眠れます」
「うん、アイシャ、ありがとう。心配してくれて」
「いえいえ、どういたしまして」
アイシャは寝ているセシルの前髪を後ろに流してあげるると、目をつむったセシルを見て、部屋を出てい言った。その後、暫くそうして目をつむっていると、アイシャとの会話で少し気が晴れたのか、知らぬ間にセシルは寝息を立てていた。
セシルは夢の中にいた。暗く何もない空間。ただそこに佇み、そこにたゆたう。前にもきた場所だ。その夢を見た後、この場所にこうしてくるまでは、全く思い出さなかった。なぜ、思い出さなかったのだろう。確かあの時は…。
セシルがその時の事を思い出そうとするとズキリと頭が痛む。そしてなぜが動悸が激しくなる。夢なのに、夢の中なのに、まるで起きているかのような感覚。なんとなく嫌な気持ちが広がる。不安な気持ちが膨らんでくる。
『いや、早く覚めて。夢なら早く』
セシルは夢から覚めるように声をあげようとするが、やはり夢なので、声はでない。するとセシルの背筋に冷たい汗が流れ落ちる。嫌な気持ち、不安な気持ちがどんどん膨らんでくる。
『シン様っ』
セシルは不安な気持ちで潰されそうになるところを、最愛の想い人の事を考える事で、払いのけようとする。しかしその気持ちをかき消すかのように、畏怖の念を抱かせる声が、セシルの頭に直接響きわたる。
「ワガゲンセノウツシミヨ、トキハチカイ。ワレハナンジ、ナンジハワレ、ソシテワレハケンゲンス」
するとセシルの目の前には金色の瞳が浮かび上がる。そしてセシルはその金色の瞳を思い出す。以前この場所にきた夢であった金色の瞳の事を。そして今、その瞳の絶対的な存在感が、セシルの自我を希薄にしていく。
『嫌、シン様、助けて…』
セシルはその気持ちを抱え込みながら、少しずつ意識が遠のくのを感じた
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シン達は森を出て数時間も走り続けると、ようやく王国軍が駐屯する拠点に辿りつく。まずナタリアが諸事情を説明する為、ライアスに話をしに行く。シン達は、シンはともかく流石にフィアナが突然この場に現れると色々問題になると、一旦、拠点に入らず、周囲で待機している。暫くすると、凄い勢いで馬を駆ってくるライアスの姿が現れる。
「シン殿、御無沙汰しております。お元気でしたか。フィアナ様もよくぞご無事で」
ライアスが興奮気味にシンに話をしてくると、シンも笑顔でそれに答える。
「いや、こちらこそ突然の来訪で、申し訳ありません。ライアス殿もご無事そうで良かった」
シンとライアスは握手を交わすと、お互いの無事を笑顔で確認し合う。すると自身の乗る馬とは別に1頭、馬を連れたナタリアが追い付いてくる。
「父うぇっいや、隊長、先に行かれるとはひどいです。シン先生、取りあえず馬でフィアナ殿下とニナをお連れ下さい。」
ナタリアは父に一しきり文句を言った後、シンに馬の手綱を預ける。ライアスはバツの悪そうな表情をしながら、シンに話す。
「ナタリア、隊長と呼べ、隊長と。シン殿、まあ色々あるでしょうが、細かいお話はあとで。取りあえず場所を移しましょう」
「わかりました」
シンはそう言うと寝ているニナをフィアナに預け、二人毎抱きかかえて、馬の上に乗せると自身も馬に跨る。そして三人は馬を駆って、拠点内に向って走って行った。
拠点に着くと、そこにはアイシャが待ち構えていた。シンは馬を止めてフィアナとニナを馬から降ろすと、その手綱をナタリアに預けて、アイシャと向き合う。
「アイシャ、君も来ていたのか。元気そうで良かった」
シンはそう言って、アイシャに笑顔をみせる。アイシャもアイシャらしく優雅に挨拶をする。
「シン先生、御無沙汰しておりますわ。フィアナ王女殿下もご無事で何よりですわ」
「ところでセシルは公務中かい?アイシャにもそうだけど、色々話さなければいけない事があるんだ」
「そうですわね、丸一年振りくらいですから。色々根ほり葉ほり聞かなければいけない事は多いのですけど、それならセシルと一緒の方が、いいですわね。それとそのセシルなんですが、今、少し体調を崩してまして、休んでいるんです」
「ん?具合が悪いのかい?容態はどうなのなんだ?」
「医師の診断では、過労だろうとの話ですわ。特段、大事にはなっていないですから、ご安心下さい」
シンはそう聞いて、少しだけほっとする。まあ、女王になって一年。それまでの王女としての生活とは違い、より責任という言葉に対して、重みがついてくる。周りの人間が支えてくれるとは言え、まだ18歳の少女だ。疲れていたとしても致し方ない。
「なら、謁見を申込のは、暫くしてからの方がいいか」
「あら、シン先生は女王の友人ですから、そのまま女王の寝室に入られて問題ありませんわ。その方が面白そうですし」
「さすがに女性の寝室にいきなり行くのはまずいだろう。それに面白いってなんだ?」
アイシャは素知らぬ顔で、話をフィアナにふる。
「フィアナ、シン先生はあんな事言ってますけど、問題ないですわよね」
「問題ないですわ。起きられてシンを見たお姉様が、どんな反応をされるか楽しみです」
「フィアナまでそんな事を言って、しかも楽しみって言ったよね」
そういって、フィアナとアイシャは二人してクスクスと笑いあう。シンは溜息をつくと、渋々了承をする。
「はあぁ、仕方がない。ただ流石に二人きりはまずいので、二人もついてきてくれ。それが条件だよ」
「勿論ですわ、むしろ見れないとその後で、セシルをからかう事ができませんから」
アイシャがそう言って、それを聞いてフィアナも笑い出す。
「じゃあ、早速だけど案内をしてもらおうか。あっ、ニナはどうしようか?」
「今は寝ているので、このまま私が抱いてます。きっと目が覚めてお姉様がシンと気付いたら、両手が必要になるでしょうから」
するとそれを聞いたアイシャが笑って言う。
「フフフッ、間違いないですわ。流石はフィアナ。セシルの事を良く分かってますわ」
シンはそれを聞いて黙って両手を上げて、二人に降参の意を示した。
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そうしてシン達がセシルの寝室のある天幕に入ったとき、セシルは苦しげな表情で魘されていた。アイシャはそれに気付くとサッとすぐさまセシルの元に駆け寄って、その額に手をあてようとすると近づけたところでその手が弾かれてしまう。
「キャッ」
倒れそうになるアイシャをシンは慌てて支えて、事なきを得るが、フィアナが険しい表情で声を上げる。
「シン、お姉様の周りに異様な魔力の膜ができている。何かはわからないけど、お姉様の状態が普通じゃないっ」
シンはフィアナが慌てた声を上げるのに、正直びっくりする。普段、フィアナはまず慌てない。シンはアイシャを立ち上がらせると、セシルに近づき、その手を掴もうとする。ピリッ。少しだけ痺れるような感覚があるが、シンはそのままセシルの腕をつかむ事が出来た。するとそれを感じたフィアナが今度は驚愕の表情を浮かべる。
「うそっ、あの魔力が相殺されているの?でも、それなら…」
シンは、そんなに驚いているフィアナを不思議そうに見て、声をかける。
「フィー、少しだけ痺れるような感覚があるけど、なんだか普通に触れるよ。この後、如何したらいい?」
フィアナは少しだけ逡巡したが、すぐに落ち着いたいつもの口調に戻って、シンに言う。
「シン、お姉様に魔素ではないけど、魔素みたいなものが全身を覆っていると考えて。シンだったらその魔力から守る事が出来るから」
シンはフィアナの言っている事にいまいち、ピンッとくるものがなかったが、要は魔の森と同じ状況だと考えて、一回だけ溜息をつくと、全身に魔力をまとわせた後、優しくセシルを抱きしめる。シンはやはり、ピリッとした感覚を味わうが、それ以外は特別な感覚を感じない。ただ、フィアナの感知能力では、セシルの覆っていた異質な魔力がシンの暖かい魔力に塗り替えられていくのがわかり、ほっとする。
セシルの表情も、シンに抱きしめられてから、苦しげな表情がみるみる緩んで、穏やかな寝顔へと変わっていく。
「んっ」
シンがセシルを抱きしめていると、そのセシルから声が漏れる。シンは目が覚めるかなと思い、抱きしめたセシルの顔が見えるように、横抱きにする。するとセシルが、少しずつ目を開ける。
「シン様…?」
セシルは夢を見ているのだと思っていた。目の前に最愛の人が抱き起している夢。ああ、やっぱりシン様が傍にいてくれると嬉しいなぁ。
「セシル、目が覚めたかい?」
何だかシン様の声をが聞こえる。久しぶりに聞こえる優しい声。これはなんて幸せな夢なんだろう。ここ最近では一番だわ。
「あれはきっと、夢だと思って幸せな気分に浸っている顔だわ」
「フフフッ、お姉様の幸せそうな顔、可愛い」
なんだか夢にアイシャとフィアナの声が出てきた。もう、二人とも今良い気分なんだから、邪魔しないでよね。そこで流石に業を煮やしたシンがその頬を軽くつねる。
「いひゃい」
夢なのに痛い。痛い?ようやく目を見開いたセシルを見て、シンがにっこりと笑顔見せる。
「ようやく目をさましたかい。おはよう、セシル」
シンの声がセシルに届く。するとセシルは目に涙を溜めて、力一杯、シンに抱きつく。
「本物、本物のシン様よね。シン様っ」
セシルがそう言うと、シンは優しく抱き返してくれる。
「ハハッ、最初から本物だけどね。ただいま、セシル」
ああ、本物のシン様だ。やっぱり、夢より、本物のシン様の方がいい、セシルは心の底からそう思うのだった。




