第5話 事の経緯と今後の方針
少女の押しが強いです。
それから暫くするとメルがお茶の用意をして、戻ってきた。メルは手慣れた手つきで、人数分を用意すると、どうぞ、と言ってお茶を渡していく。それぞれが、思い思いにお茶に手を付けた後、メルがハワードに対して質問する。
「マスター。それで、私が席を外している間で、どの程度お話が進んだのでしょう?」
「いや。まだお互いの自己紹介をした程度のところまでだ。彼女の名はセシル。とある貴族のご令嬢なんだが、それ以上は、まあ一旦詮索はなしという事で頼む」
「わかりました。では私も簡単に自己紹介だけ、このヤンセンの冒険者ギルドで受付をしていますメルといいます。当座は私がお世話を担当すると思いますので、よろしくお願いします」
メルは簡単ながら礼儀正しく、セシルに対して挨拶をする。セシルは朗らかにそれに応じて、
「こちらこそ、よろしくお願いします。訳あって姓は名乗れませんが、私の事はセシルとお呼び下さい。口調も余り畏まらないで頂けると嬉しいですわ」
「承知しました。それではセシルさんと呼ばせていただきますね」
「それで、セシルのお嬢ちゃん、事の経緯をそろそろ聞かせていただけないかな。なぜシンがお嬢ちゃんを助ける事になったのかも含めての。それによっては、今後どうするかも考えなきゃならんでの」
全員が一応の挨拶を済ませたと判断し、ハワードは漸く本題に入るべく、話を進める。
「私は今、メルゼンの王立学院に通っています。先日王都にいる家族から、王都へ戻るように連絡がありまして、急ぎ王都へ向かう途中で野盗に襲われました。野盗たちに対応する為、護衛達の計らいで、王都より近いヤンセンの軍を頼ろうと王都には向かわずヤンセンに向かう途中で、完全に野盗に追いかけられて……。護衛の方々もやられてしまって、私一人捕らわれの身になろうとしていたところをシン様にお救いいただいたのです」
「俺がセシルを助けたのは偶然です。ギルドの依頼で、草原エリアの魔物討伐をしていたので。偶々今朝、メルさんから野盗の話を聞いていたのもあって、様子だけ見ようと爆発、多分魔法だと思いますが、爆発があった方に行ったら、セシルが野盗に捕まっていたので助けました」
セシルが、事の経緯を説明し、シンがそれを引き継ぐようにセシルを救った経緯を説明する。すると、まずハワードが疑問の声を上げる。
「野盗の中に魔術師がいたってことか?いないってことはないが、野盗に身をやつすような魔術師なんか、滅多にいねえぞ?それとシン、嬢ちゃんとこの護衛を殺ったような野盗相手によく嬢ちゃんを助けられたな?」
するとセシルは魔術師に関して触れ、シンは助けた方法について説明する。
「確かに魔術師はいました。火の系統と治癒も使えるようでした。護衛の何人かはその火に巻かれて倒れましたから、間違いありません」
「俺は直接野盗とはやり合っていないんです。近くに奴らが乗ってきた馬が合ったので、それを使ってあいつ等を混乱させて、その隙にその馬を使って、セシルを攫って逃げてきたんです」
ハワードは魔術師のところは少し思案する素振りを見せて、助けたところに関しては、感心した表情を見せる。すると今度はこれまで黙っていたメルが、シンに質問する。
「シン君、その野盗たちっていうのは、今朝言っていた野盗達なのかしら?」
「断言はできませんが、可能性は高いような気がします。どうやら、セシルに対して固執していたような気がしますし」
「恐らく相手の目的は私に合ったのだと思います。あまり、金品に執着したような素振りはありませんでしたので」
シンとセシルはそれぞれ野盗の行動目的を推測を交えて説明する。
「メル、その野盗の情報ってのはなんなんだ?」
「昨日、メルゼンからここヤンセンに来ていた行商の方からの情報で、街道近くで野盗の偵察らしき人影をみたとか。今朝、そっち方面にいく冒険者にそれとなく、気にしていただくように話をしていたのですが」
「ちなみにその行商人ってのは、規模はどの程度なんだ?」
「アズール商会の方がたなので、かなり規模は大きかったと思いますが。」
「なら、物取り目的なら、そっちを襲ったほうが実入りは大きいか。まあアズール商会だと襲った後が大変だろうから、一概には言えないが」
「そうですね。ただ、東の街道は王都ともメルゼンとも続いている道なので、他にも商人達の往来があっても不思議はありません。それらではなく、セシルさんの馬車が襲われたという事は、狙われたと考えるのが妥当かと思います」
アズール商会はヤンセンの商人ギルドの会頭もしている、大手商会である。当然、襲われた後に、野盗掃討の依頼も出すだろうから、迂闊に手がだせなかった可能性は否定できない。ただ街道の往来はそれだけではないのだ。物取りならその他の商人が狙われて当然で、あえて物量の多くないセシルの一向が狙われる可能性は低いのである。
「まぁ恐らくはセシルのお嬢ちゃんが目当てだろうな。それでセシルのお嬢ちゃんはこの後どうするつもりなんだい」
ハワードは一応の結論を出したあと、セシルに対して今後の行動を確認する。
「私は家族の呼び出しもありますので、王都へは行かなければいけません。この後は領府へ行ってリザラス候のお力添えをいただくしかないかと考えています」
セシルは少し思案をした後、神妙な面持ちで、今後の方針を説明する。
「領主がリザラスにいりゃそれがいいんだろうが。生憎、軍関係の仕事で王都に行っているって話だ。領府には領主代行の息子がいるが、ありゃなー」
ハワードは苦虫を噛み潰した表情になり、難色を示す。
「ルイーズ様ですね。学院で何度か拝見したことがあります。卒業されて、軍に入られたと聞いていたのですが、ヤンセンに戻られていたのですか?」
「厳密には軍を逃げ出して、ヤンセンに戻ってきたって話だ。今は、領主で父親のバクス公が王都に行っていない事をいいことに、領府で好き勝手にやっているらしい。あんまり良い噂は聞かねぇな」
どうやらセシルは面識があるらしいが、近況までは知らなかったらしい。
ハワードはあまりいい印象を持っておらず、どうしたもんかと頭を悩ます。
シンもメルも当然領主とは面識があるわけではなく、その息子がどんな人物かも知らないので、ここは黙っている。
セシルは暫く思い悩んだ後、いい案が思いついたとばかり笑顔でハワードへ話かける。
「ハワード様、一つお願いがあるのですが、お聞き届けいただけないでしょうか?」
「そりゃ、嬢ちゃんの頼みであれば、大抵の事は聞いてやらない事はないが」
「それでは、明日、領府へ伺いますので、その際に護衛でシン様をお貸し下さい」
シンはここにきて自分の名前が呼ばれた事にびっくりする。
「いやいや、セシル。待って下さい。護衛をつける事は賛成ですが、何も俺でなくてもいいでしょう?」
「むしろシン様以外は嫌なのですが、何故でしょう?」
セシルは本当に分からないといった表情で、コテンッと首をかしげる。
「いえ、私は一介の冒険者ですし、まだDランクの身の上です。ヤンセンの冒険者であれば、私よりも上のランクの奴も一杯います」
シンは王族の護衛なんかをするようなランクではない事を理由に断ろうとする。するとセシルは先程も見せた強い意志を持った視線で、
「シン様は、私を守りたくはないのですか?」
「いや、セシル、そう言う問題ではなくて」
「シン様は、もう私とは関わりたくないのですか?」
「いや、だから、そんな事は一言も言ってなくて」
「なら問題ないではないですか。私はシン様に守っていただきたいです。まだご恩もお返ししていないのに、その恩を上乗せする形になってしまうのは申し訳ないのですが」
セシルはそう言って、笑顔でシンを追い込んでいく。シンはセシルに追い込められ、なんとか逃げ道を探そうとする。別にセシルの護衛をする事が嫌ではないのだが、確実に厄介な感じがする為、極力、回避したい。そこで周りに助けを求めようとハワードを見たとき、キラリと閃く。
「セシル、申し訳ないのですが、俺はDランクなんだ。Dランクの冒険者は残念ながら指名での依頼は受けられない。だからセシルの申し出は受けられないんだ。なっ、ハワードそうだよな」
「メル、Dランクに指名依頼を受けさせるのと、DランクをCランクに上げて指名依頼を受けさせるは、どっちが楽だ?」
「それは勿論、イレギュラーを作るよりかは、DランクをCランクに上げる方が楽ですよ」
「じゃあ、シン。お前今日から、Cランク」
「なっっ」
シンが考えた渾身の回避策をハワードはあっさりと打ち砕く。シンは最後の頼みの綱であるメルを見て
「メルさん、試験も受けずにCランクにしては駄目ですよね?」
「シン君、残念だけどごめんなさい。試験なしでCランクに上がるのは、結構前例があるの。勿論、ギルドマスターの承認が必要なのだけど。それと、私自身はシン君に早くCランクになって貰いたかったから、むしろ反対する理由はないわ」
とメルは少し申し訳なさそうに、でも嬉しそうに笑顔を見せる。ハワードはハワードで、愉快そうに、
「おめでとうCランク。これで晴れて指名依頼を受けられるな。お嬢ちゃんの頼みだから、断れん。諦めろ。まあ、嬢ちゃんの護衛は色々知っているお前しか受けられんだろう。馬鹿な領主代行も信用できんし、嬢ちゃんの事頼んだぞ」
と正式にシンに依頼をする。シンは大きく溜息をつくと、渋々了承する。
「わかりました。お受けします」
セシルは少し悲しげな表情を浮かべて、うなだれるシンを覗き込んで、
「シン様、本当に嫌でしたら、今回のお話…」
シンはそう言うセシルを途中で遮って、つい、ポンポンとセシルの頭を撫でると
「セシル、依頼は受けるって言ったんだ。嫌なら受けないから安心していいよ」
と優しい声音でセシルに言う。メルはムゥと羨ましげな顔となり、ハワードは王族相手に何て言う事をと苦笑いを浮かべる。
そんな二人を見て、シンは慌て手を引っ込めるが、
「はい、よろしくお願いします」
当の王族であるセシルは頬赤く染めながら、嬉しそうにそう返事をした。