第49話 鬼人の噂
今回は振りですが、次回は鬼人が登場します。その次か次の次くらいにアカネかな。
結局、シンとフィアナはアルナスを離れるのに四日かかった。二日間続けての宴会後、流石に三日目はシンもアルナスの人々もグダグダで、動くに動けず、出発が1日先延ばしになってしまった。三日目のシンが部屋で寝込んでいる頃、フィアナはアカネを見つけて、話をしたらしい。フィアナの話によると、アカネは非礼の事を詫びはしたのの、シンを諦めるつもりはないと堂々ライバル宣言をされたと、殊更楽しそうにシンに報告してくれた。シンとしては、苦笑いで返すしかなく、フィアナはそんなシンの困った顔を見て、更に楽しそうにしている。そんな会話を間に挟みつつも、ガリアへの道中は順調に進み、1週間ほどでガリア領へと帰ってきた。
「まあ、思ったよりも遅かったな。それでアルナスの方はどうじゃった?」
屋敷に戻ったシンとフィアナはそのままの足でダンの元に訪れている。シンは笑顔になって報告をする。
「はい、思ったよりもアルナスの民は元気でした。領都は壊滅でしたが、それでもあれだけの人々が隠れ里で暮らしていて、今のところ帝国にも見つからず暮らしていたので、そこは安心できました」
「うんうん、以前シグルドが他領をまわっていた時に見つけるのに難儀したみたいだし、その辺はそうは見つからんじゃろう。ガースも元気じゃったか?」
「ええ、足以外は本当に無事で、元気そうでした。ただ足は子供助ける為とはいえ、残念な事をしました」
シンは痛ましい表情をした後、そう答える。ダンもしんみりという。
「まあ不器用なアイツらしいと言えばアイツらしい。それと書状は渡してくれたか?」
「ええ、お渡ししました。随分真剣な表情で呼んでましたが、何が書かれていたんですか?」
「ああ、この後お前にしてもらいたい事にも関係する。取りあえず、シン、お前公都へ行ってくれ」
シンはダンが意味もなく公都へ行けと言っているわけではないと思っているので、素直に聞き入れる。
「わかりました。それで、公都では何をすればいいのでしょう?」
「いくつか確認してきてほしい事があるが、取りあえず、城に潜り込んで、とある場所へ行ってきて欲しい。詳しい場所は後で説明するが、その場所にいって、公王の証しを取ってきて欲しいのじゃ。その場所は選定公家の証しが無いと入れん仕掛けだ。帝国の人間達も入れんじゃろう。その玉を持ちだした後、足取りをつかまれないように戻ってくるなんぞ、お前にしか頼めん。頼めるか?」
シンは正直、驚いたが、ダンの真剣な面持ちを見て必要なことなのだろうと覚悟を決める。
「わかりました。ただいくつか確認したい事もあるのですが、いいですか?」
「無論じゃ、なんなりと聞いてくれ」
ダンもまた、シンが躊躇なく返答をくれたことに満足する。
「まず、王の証しと選定公の証しと言われましたが、それはどんなものですか?」
「王の証しはメルストレイル公国の紋章の入った小さな玉じゃ。知識の玉ともいわれ、公王となったものの記憶がすべて垣間見えるという。公王となったものはその玉を使って、知識を得て、歴代の王の所業を知る事が出来る。いわば歴史の詰まった本みたいなものじゃな」
「なるほど、では持ち運びもそれほど問題はなさそうですね。選定公の証しというのは?」
「それはお前が持っておるだろう。宝刀クサナギの事じゃ。その刀身の紋章にお前の魔力を流し込んで扉のある個所にかざせば、扉は開くようになっている。ただし、初代国王の血筋の魔力でないと反応せんがな」
「初代国王の血筋ですか?選定公家はその子孫という事でしょうか?」
ダンはシンの物言いに呆れた表情を見せ、小言を言う。
「シン、お前、そんな事も知らんのか?本来であれば、当主が家宝を引き継ぐ際に教えるものだぞ」
「すいません、父からは何にも。クサナギを渡された時も『まあ持っていれば誰がが使い方くらい教えてくれるだろ』と言っていたくらいなので」
「はぁー。まあいい。他になんか質問はあるか?」
「いくつか確認したい事があると言っていましたが、ほかに確認したい事とは?」
「まあこっちはそんなに重要な事ではない。ほれ、偽シン・アルナスの噂の真相と帝国軍の公都での戦力、司令官くらいまでわかるとありがたいが、無理の必要はない。あくまで最優先は王の証しだ」
冬が来るまで、後一ヶ月強、ガリアと公都の距離は馬で走って1週間程度である。シンが身体強化で走っていけば、もう少し時間も短縮できるので、何とかなる日程である。シンはそこでフィアナに向き直って、話かける。
「フィアナ、聞いての通り、俺は公都に向うよ。フィアナには悪いけどかなり危険な旅になりそうだ。だから今回はお留守番。必ず帰ってくるから、待っててくれるかな」
「はい、シンが帰ってくるまでガリアにいます。それとお爺様にアカネさんの事、ご相談しなくていいんですか?」
シンはうっかり忘れていた事を思いだし、あわててダンに話をする。アカネにはガリアへの出発の間際に、冬の間ガリアに行きたいとお願いをされていたのだ。
「師匠、それと王都からの帰りに、1人女性を連れてきたいのですが、構わないでしょうか?」
「女性?フィアナは構わんのかい?」
「はい、構いません。ライバルですから正々堂々です。お爺様が構わないのであれば、来ていただきたいと思ってます」
それを聞いてダンは思わず笑い出すと、シンに向きなおしてニヤリとする。
「シン、連れてくるのは構わんが、先達の教えとしては早く嫁を決める事だな。お前はメイに似て、美男だから、これからも揉め事は多そうだからの。ちなみに儂の一押しはフィアナじゃ。敵を懐に入れても泰然としておる。男だったら名将になれる器じゃの」
「フフフッ、お爺様にそう言っていただけて嬉しいです」
フィアナはそう言って、シンに向って笑顔を向けると、シンは参りましたとばかりに両手を上げた。
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公都マイセンはかつての優美な姿はなく、閑散としていた。人もいないわけではない。すれ違う人もいるにはいるが、一様に俯き、覇気がない。まだ午前で本来であれば、朝市目当てに人が集まり、売り子の掛け声が響きあう時間帯なのにも関わらず、どこか暗い雰囲気が漂っていた。シンは、ガリアに一日だけ滞在した後、すぐに公都マイセンに向けて移動をした。五日ほどで、公都には到着したのだが、潜伏して早三日。まだ王城へ入る足掛かりすら見つけられずにいた。
「しかしなんでこんなに帝国軍が駐留しているんだ?」
そう、シンが足踏みしている理由が帝国軍の駐留である。一ヶ月ほど前までは、駐留する軍は守備隊のみで侵入も容易であったはずなのに、今では1万ほどの将兵がこのマイセンに駐留している。正直、今、この北方にこれだけの兵を置くほどの脅威は存在せず、仮に旧メルストレイル公国の領都軍が一斉蜂起したとしても、余剰と思われる程の兵力だった。
「まあとにかく情報が必要だ。上手く引っかかってくれればいいが」
シンはそう言うととある商館に入っていく。シンが入っていったのは、メルストレイル公国の商業ギルド支部のある建物である。シンはついて早々に、ここの支部長に面会を依頼し、そのアポイントが入ったのが三日後だった為、今こうして訪れたわけである。建物に入り、受付にてアポイントの話をすると、一階にある応接室に通される。
暫くすると、生真面目そうな人物が応接室に入って、右手を差し出しシンに挨拶をする。
「はじめまして、当商業ギルド支部の支部長をしておりますクリストフと申します。わざわざこんな北方の国にご苦労な事ですな」
「こちらこそはじめまして。カストレイア王国の商人でヤマトと申します。お会いできて光栄です」
シンは握手を返すと、これまで遣っていた偽名で挨拶をする。二人はそこで着席をするとまずはシンが話を切り出す。
「突然のアポイントを受けていただき、ありがとうございます。私は今、父の言いつけでこの北方で買い付けの商談に来ていまして、このマイセンにもその一環で来ているのですが、やはりここもあまり活気がないようで、少しでもいい情報が無いかとよらせていただきました」
「それは見込が甘かったですな。北方諸国で今まともなものは買い付けできますまい。そもそも生産が大幅に落ち込んでいる点、また帝国側の商人が主だったものは買い占めていますので、そもそも商談にもならないのでしょう」
シンはクリストフの指摘に、大仰にかぶりを振って同意する。
「ええ、まさに仰る通りで。私の祖父は北方からカストレイアに渡り、一代でカストレイアで財を成したのですが、その実、北方の商品の仕入れルートがあったからでした。昨今の帝国の併呑でその仕入ルートもつぶれてしまい、父も帝国側の商人とは折衝を行っているのですが、なにぶん高くて、割に合わないのです。それで放蕩三昧であった私が駆り出されてここにいるのですが、まあ、現実は甘くありませんね」
「なるほど、それでその風貌とそのお名前なのですか。私たちも元々は公国の商人でしたが、今、実権はほぼ帝国側に握られていまして、ほとんどが開店休業中のようなもので。本来であればそう言った商店を後押ししなければならない私達も何もできない状態なんです」
シンとクリストフはお互いの状況を探り合う。どうやら聞く限りは、元々あった商業ギルドのようだが、帝国の息がかかっていないとも限らない。それはクリストフにとっても一緒で、カストレイアからきているのは、紹介状から見ても明らかだが、買い付けにくるような人間がこのご時世いる事が疑問だろうし、お互いの本音が出るのはまだまだ先のように思えた。
「そう言えば、何やらその帝国の兵がやたら町中にいるようですが、あれはどうした事でしょう?」
「そうですね。一ヶ月ほど前は守備隊のみで、ここまでの軍は派遣されていなかったのですが、噂につられてと言ったところでしょうか?」
「噂ですか?」
「ええ、結構方々で噂になっていますが、ご存知ないですか?アスナス領主ユーリ・アルナスの子息、シン・アルナスの噂です」
「その噂は知ってますが、それとこの軍の派遣との因果関係がわかりません」
そう言うと、クリストフはクスリと笑い、シンに答える。
「帝国はシン・アルナスをどうしても捕まえたいようですね。その為におよそ1万名もの将兵をここマイセンに送りこんだようです」
シンは流石に驚き、思わず聞き返してしまう。
「わざわざ、1名を捕まえるのに1万名もの将兵をですか?」
「恐らく噂の非常に強いというのと、生け捕りにしろというので、それだけの将兵が必要と判断したようです」
クリストフもどこか馬鹿にしたような口振りで、そう答える。シンは、真偽を聞いてみる。
「それは大層大物でいらっしゃるんですね。そのシン・アルナスというお方は。実際に見られたというお方もいらっしゃるんでしょうか?」
「ああ、あの強さは本物ですよ。下手な人数では太刀打ちできないと思います。まさに鬼人の再来ですな」
「ほほう、その口振りですと、クリストフさんもご覧になられたのですか?」
「公都の民であれば、大半の人間は見ているんじゃないですかね。実はかの御仁は守備隊相手に大立ち回りをしているんですよ。その時に守備隊の人員は半数が殺されています」
「半数ですか?」
「大体守備隊の人員が当時3,000名程いたのですが、その半数はかの御仁にやられています。一人で1,500名ですから、まさに鬼人かと」
シンは信じられない面持ちでクリストフを見るが、クリストフはそう思われて当然と思っているのか、笑ってそう言う。恐らく事実なのだろう。シンでさえ1,000を超える人数相手にやり合えと言われれば、間違いなく逃げる事を選択する。戦う手段がないわけではない。所詮雑兵と考えれば、可能かもしれない。後は余程の大規模魔法を使うかだ。
「それでは帝国が警戒するのも無理はないですね。私も遠巻きであれば、一度拝見してみたいくらいです」
「それなら可能かもしれませんよ。なんでも今夜、王城を襲うと犯行声明が出ていますから」
「はっ?そんな宣言までしているのですか?馬鹿なんじゃないですか?」
「ハッハッ、おっしゃる通りですね。何せ鬼人ですからね」
シンは、愉快そうに笑うクリストフに呆れつつ、人の名前で勝手に行動する鬼人にも呆れていた。
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