第4話 少女の正体
少女は実は…まあばれているとは思いますが。
その後、少女が着替え終わって、再びシンの元にくるのに、そう時間はかからなかった。部屋を出て、シンの元へやってくる少女を見て、そう言えば、彼女の事をキチンと見れていなかったなぁとガラっと変わった少女の印象に間抜けな感想をいだいていた。
少女はまっすぐな金色の髪を煌めかせて、綺麗な青色の瞳を嬉しげに緩ませるて近ずいてくる。シンは少しは気持ちも持ち直したかな、 と先ほどまで泣いていた姿を思い浮かべ安堵する。
少女は笑顔で、シンの前でクルリと一回転すると愛らしく感想を聞いてくる。
「フフフッ。シン様、いかがですか?」
「シン様は、やめて下さい。私はただの冒険者ですので。それと貴族のご令嬢に対して、こうした物言いは正しくないのかもしれませんが、すごく可憐でお似合いですよ」
シンは茫然とするところを何とか踏みとどまると、何とか相応の受け答えで対応する。
少女が着ているのは真っ白いシャツに青の膝下丈まであるタイト目のスカート、肩には薄い水色のストールを羽織っている。清潔感ある服装ではあるが、貴族の女性が着るようなドレスではない。それでも本来少女が持つ、高貴な雰囲気を損なうことなく、気品すら感じさせるのである。
「おほめて戴いてありがとうございます。でもシン様は命の恩人ですから。恩人には恩人にふさわしい対応があると思うのです。ですから、シン様でいいのですよ」
「ははは…そうですか。ですが、極力人前では、お止めになっていただけるとありがたいのですが」
「嫌です。少なくとも受けた恩をお返しするまでは、シン様とお呼びさせていただきます」
「うっ…承知しました」
少女のきっぱりとした口調にシンは顔を引き攣らせながら、渋々了承をする。すると今度は少女から少し遅れてきたメルから少しだけ棘のある口調で話かけられる。
「シン君、楽しそうなお話中のところ申し訳ないのだけど、事の経緯をギルドマスターに説明してほしいの。マスターの執務室まで来ていただけるかしら。お嬢様もお時間を取らせ恐縮なのですが、よろしいでしょうか?」
「はい、わかりました」
「承知しましたわ」
シン達が返事をした後、執務室に向おうとすると、少女はスッとシンの腕に手を絡ませて、行きましょうと促す。メルはそれを見て、ちょっとだけ羨ましそうな表情を見せた後、シンと目を合わせると軽く頬を染め、慌ててスタスタと執務室へ歩いていく。シンは少しだけバツが悪くなり、遠回しに手を外そうと試みる。
「あの、腕を組まれるご理由は?」
「あら、男性が女性をエスコートするのは、普通の事ではないかしら」
「失礼しました...では行きましょう」
シンは何故か積極的に懐いてくる少女に内心ため息をつきながら、執務室に向うのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
コンコンッ
「受付のメルです。冒険者のシンと被害者の女性をお連れしました」
「どうぞ」
中から声がかかり、メルが執務室のドアを開ける。執務室には奥に立派なテーブルとその上に書類の山が積んであり、その奥から声が聞こえる。メルがシンと女性を机の前にあるこれまた立派なソファに座るよう促し、二人は着席するとメル自身は脇にある小さな丸椅子の上に腰を掛ける。
その後、書類の山の奥から、大柄な初老の人物が現れる。人物の名はハワード。このヤンセンの町のギルドマスターで、元々はAランクの冒険者である。3年前に冒険者を引退して、ギルドマスターとなっている。性格は豪胆だが、以外に抜け目ないところがあり、シンは少し苦手だったりする。
「こんな状況ですまん。書類仕事がたまってしまってな。メルすまんが、人数分お茶を用意してくれるか?」
「わかりました」
ハワードはまず、部屋の惨状を謝罪するとメルに指示を出す。メルは予め予想していたのだろう、すかさず立ち上がり、その場で一礼すると部屋を退出する。
「シンは、まあいいか。初めまして、ヤンセンの町の冒険者ギルドのギルドマスターをしております、ハワードと申します」
すると少女は楽しそうに、ハワードの意表を突いたことを言う。
「フフフッ、初めましてではありませんわ、ハワード様。お会いするのは実はこれで三度目となります。覚えていらっしゃいませんか?」
「はて、お嬢さんみたいな別嬪さんを見たら、忘れるはずはないんだが。」
少女はいたずらっ子のような表情を浮かべ、楽しそうにでは、とヒントを出す。
「初めてお会いしたのは5年程前。場所は王宮で、ハワード様が冒険者として勲章を授与された時にお会いしています。次はそれほど前ではなく、2年程前にここヤンセンで、軍の式典があった際にギルドマスターとしてお会いしています」
「王宮に、式典とな…、さすがに王宮に行ったときは貴族連中が山程いたので思い出せんが、2年前の式典…」
2年前の式典は主催がこの地の領主リザラス家で、北のアーガス帝国への牽制をかねて、軍が精強であるアピールのものだった。式典には近隣の貴族と共に、学術都市にある王立学院に通われている王女殿下も、兵士の慰問の為、参加されていた。
そう言って少女の顔をよく見ると、思わず唖然として、大きな声を上げる。
「えっあっ、おっ王女殿下??なっ何でまたこんなとこに、えっいや、シンどうなってるんじゃ?」
「フフフ、正解です。セシル・フォン・カストレイアですわ。お久しぶりです、ハワード様。またこうしてお会いできてうれしいですわ」
少女はスッと立ち上がるとスカートの裾を軽くつまみ、可愛らしく会釈をする。
ハワードは混乱に混乱を極め、シンを思わず問い詰める。シンはそれを聞き流すしてセシルを見やる。
事の次第に、多少驚きの気持ちもあったが、なんとなく、彼女のこれまでの振る舞いや、気品から、ある意味納得の表情を浮かべる。
「セシル様は、貴族のご令嬢ではなく、王女殿下だという事でしょうか?」
と泡を食うハワードを尻目に、思いのほか冷静に少女に問いかける。少女は、あまり動じていないシンを見て、少し嬉しそうに返答する。ちなみにハワードはシンの冷静な対応を見て、口を大きく開け、唖然としている。
「はい、カストレイア王国第一王女のセシルと申します。すいません、ご説明するのが遅くなりまして。王族を助けたとなって、市井の方がたがどういった反応をされるのかが分からなかったので。でも、今のシン様を見て、安心しました。シン様なら、もっと早くにお話ししてもよかったですね」
セシルはそう言ってほっとした表情を見せる。シンも市井の人々が王族を目の前にしたらどうなるのか、正直想像つかない。慣れているとまではいかないが、面識のあるはずのハワードでさえ、この驚きようである。確かに自分は驚かなさすぎかもしれない。
「いえ、今でも十分驚いていますよ。ただ、周りに自分以上に驚いている人がいるので驚き遅れてしまったのかもしれません。それと王族の方とお話させていただく機会の無いものですので、失礼があったかもしれません。ご無礼の段、お許し下さい」
シンは驚く以上に、ここまでの行動ややり取りが王族に対し失礼でなかったかが気になり、その場で腰を折り、謝罪する。
「駄目です。謝罪は必要ありません。むしろ謝罪をされたら、私の方が感謝できなくなります。先ほども言いましたが、恩人であるシン様は私に対して、そう言った畏まった口調で話をするのは禁止とします。ましてや公式の場ではない、この場では、なおさらです。ハワード様も、なるべく私の立場はこの場にいる3人だけのものとしてください。」
シンはあっけに取られた後、慌てて丁寧な口調で話をする。
「ですが、王女殿下、さすがにそれでは…」
「セ・シ・ルです。シン様、それと改まった口調は禁止と話ましたが」
「嫌、ですが、セシル様…」
「様もいりません。セシルとお呼び下さい」
セシルは笑顔なのだが、有無を言わせない圧力をシンに与え、シンは顔を引き攣らせる。するとさっきまで呆けていた、ハワードが困り果てるシンを見て、思わず笑い声を上げる。
「ワッハハハ-ッ。シンお前の負けだ。確かにこの場以外であまり公にしない方がいいだろう。儂はセシルの嬢ちゃんとでも呼ばせてもらおうか。口調も申し訳ないが、このままで。畏まった言葉は正直苦手でね」
「勿論、問題ありません。後はシン様だけですね」
セシルはそう言うと、可愛らしく挑戦的な眼差しをシンに見せる。シンは一つ溜息をつくと、両手を上げて、
「じゃあ、セシル。これからはそう呼ばせてもらうよ。公式の場以外はね」
と観念する。セシルは満足そうな笑みを浮かべて、
「はい、シン様。よろしくお願いしますね」
優雅な所作で、シンに挨拶をするのだった。