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亡国の公子と金と銀の姫君  作者: あぐにゅん
第4章 王都争乱
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第40話 約束

シンは以外に後先考えずに悪い男です。

結局シンは、その後セシル、アイシャともダンスを踊る事となる。ナタリアもセシルから煽られたが、護衛の任があるのでと、顔を真っ赤にさせながら拒否をする。シンもアイシャともダンスを踊る事になった為、会場中の視線にいたたまれなくなり、ナタリアが辞退してくれたことにほっと胸をなでおろす。そうしてシンは会場の視線から逃げるようにセシルを伴って、ベランダに避難する。ベランダは流石に女王陛下が涼みに出たとの事で、ひと気がなくなり、今はひっそりとしている。シンは会場から覗かれないような場所までセシルを誘導すると、そのベンチにセシルを誘う。


「ナタリアも折角だから、ダンスを踊って貰えば良かったのに」


セシルは照れて、ダンスをしなかったナタリアを思いだしながら、笑顔でそんな事を言う。


「セシル、少しは踊らされる身にもなってくれ」


シンは、二人きりの場という事で、普段の口調に戻っている。そう言えは、ここ数日普段の言葉で会話を交わしていないなと思う。セシルは普段の言葉で接してくれた事を嬉しく感じて、少し頬を染める。


「あら、しょうがないですわ。今やシン様は女王の友人にして、救国の英雄様ですから。ダンスの申込も本来であれば、こんな回数では済まないですわ」


「そこは本心で感謝している。実際に宰相のテオドールは爵位を授けようと躍起になってるし、貴族諸侯からは娘を妻にと求婚の話が絶えないしね。セシルやアイシャ達がいなかったら、身が持たない」


「フフフッ。英雄様はやはりおもてになるのね。ならますます、私に引っ付いていて貰わないと」


セシルは、嬉しそうにいい口実ができたと、喜んでそんな事を言う。シンはそんな笑顔をみて少し申し訳ない気持ちを持ちながら、さっきフィオナと話ていた事を話始める。


「セシル、その事なんだが、俺はそろそろこの国を出るよ」


「嫌です。そんな冗談はよしてください」


セシルははっきりと拒絶する。セシルもいつかはそんな日がくるとは思っていた。でもそんな気持ちとは裏腹に、言葉に出たのははっきりとした拒絶。自分の本心が素直に言葉として出てしまっていた。しかし、シンはセシルの拒絶も予想していたのか、淡々と言葉を続ける。


「ごめん、冗談ではなく、本当にこの国を出ようと思っている。君が女王になるのも見届けた。周りに君を支えてくれる人たちがいるのも分かった。だから、もう自分の事をしようと思っている」


「嫌です。私の傍にいてください。シン様がいてくれないとダメなんです。他の人がいても、シン様がいないのでは駄目なんです」


セシルはシンの胸に飛び込むと、目に涙を溜めて、切実に訴えてくる。シンは優しくセシルを抱きしめるとその顔をシンの胸に埋めさせる。


トクンッ、トクンッ


シンの心臓の音がセシルの耳に届く。シンはそうやってセシルの感情が収まるのを待つ。そして暫くたってシンはセシルに優しく話かける。


「セシル、君には本当の事を教えるよ。僕の名前はシン・アルナス。アーガス帝国に滅ぼされたメルストレイル公国の選定公の一人、ユーリ・アルナスの息子で、メルストレイル公国の王位継承者の一人なんだ。」


セシルは驚いて、セシルの胸から顔を上げる。


「シン・アルナス…様?メルストレイル公国の王位継承者?」


「そう、俺は3年前、公国がアーガス帝国に攻め滅ぼされたときに逃がされたんだ。ただ生き残れと言われて。それで魔の森を抜けてこのカストレイア王国にやってきた。それからは、君も知っているように、ただの冒険者をやっていたけどね」


シンはそう言って、少しだけ懐かしむように言葉を紡ぐ。セシルにとっては衝撃的な話の連続だった。確かにシンの立ち振る舞いは一介の冒険者にはない、洗練されたものだった。黒髪、黒い瞳はこの国には少なく、北方諸国出身のものに多いのも事実である。しかも魔の森を抜けてきたという。たった一人で。セシルは中々追いついてこない頭を何とか振るい起こして、シンに質問をする。


「シン様は、王家の方なのですか?」


「少し違う。メルストレイル公国は五つある選定公家の中から当代の公王を選ぶ。俺の家は武門の家で公国内では代々軍事を担っていた。それぞれの選定公家には特徴があって、国王が崩御した後にその中から公王が選定される。だから俺は資格があるだけで、そんなに偉ぶったものじゃないんだ」


「シン様は、何故その事をお隠しになっているのですか?」


「一番はアーガス帝国に追われる事になるからだろうね。他にも色々あるけど、今は無い国の王位継承者だから、生きているだけで厄介な存在でもあるからね」


シンは自嘲気味にそう言って、肩を竦める。セシルはシンの立場の難しさを理解した。場合によっては、アーガス帝国に付け込まれる材料にもなる存在。だからこそただの冒険者であることにこだわっていた。


「セシル、俺はこの国を離れて、メルストレイルを含む北方諸国をまわってこようと思うんだ。この三年間、俺はある意味、ただ生きているだけで、何もしてこなかった。でも君と出会った事で、周りが動きだして、俺自身も動き出すきっかけを貰った気がする。いつかはケジメをつけなければいけない事なんだ。過去と向き合って、その上で俺自身がどうしたいのかをこの目で見て、確かめたいんだ」


「もう、帰ってこられないのですか?」


セシルはつい、聞いてしまう。シンが故郷へ戻る事はもう止められないのだろう。行ってしまったら、帰ってこられるか分からないだろう事も。でも、セシルは聞いてしまう。聞かないではいられなかった。しかし、シンから帰ってきた言葉は、思ってもみないほど、あっけらかんとしたものだった。


「帰ってくるよ。アイシャとも約束したしね」


「アイシャですか?」


「ああ、この前学園でちょっと過去を話さなければいけない時に、近いうちに国を離れる話をしてね。その時、セシルもむくれるから必ず帰ってこいと言われてね。だから、帰ってくるよ」


セシルは、アイシャに約束の先を越された事にも、もう会えないと思っていたのに帰ってくると簡単に言うシンにも無性に腹が立ち顔を横に向けて、大いに拗ねる。


「アイシャもシン様もずるいです。私がこんなにも心配して、不安になって…もう気持ちがぐちゃぐちゃで、とにかくずるいです」


シンは、そんなセシルを見て、素直に愛おしいと感じて、思わず自分から抱きしめる。


「セシル、安心していいよ。俺は必ず帰ってくるから。一年なのか、二年なのか、期間は約束できないけど、必ず帰ってくる」


「シン様、約束ですよ。帰ってこなかったら、私、一生シン様を許しませんわ」


「ああ、約束だ」


シンはそう言って、セシルの頬に手をやるとそっとその唇に唇を重ねる。セシルは不意に重なった唇を離す事なくそっと目を閉じ、そのシンの首に抱きついた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


セシルは晩餐会の夜、後宮にある自室に戻った後、一人ベットの上でその唇を撫でていた。恐らくセシルの人生の中で一番に幸せな出来事。好きな男性に抱きしめられ、キスをした。触れた唇は優しくて、暖かくて、セシルの気持ちを高揚させる。シンは早ければ、明日にでも王宮を離れる。その事自体は胸が引き裂かれるくらい悲しい。でも約束したのだ。帰ってくると。その約束の証しにキスもしてくれた。だから、セシルは待ってられる、そう思っている。それに、セシルはこの地から離れられない。女王としての責務がある。女王として民を導く使命がある。次、シン様に会った時に頑張ったと褒めてもらえるように。


セシルがそんな事を取りとめもなく考えている時、部屋のドアをノックする音が聞こえる。


コンコンッ


「お姉様、フィアナです。少しお話があるのですが」


「フィッ、フィアナ?」


セシルは慌ててベットから下りて、ドアを開ける。フィアナが扉の前に立っている。


「どうしたの、こんな遅い時間に。しかもあなたから、私の部屋にまで足を運ぶなんて」


そう言って部屋の中にフィアナを通すと、フィアナはスタスタと中に入り、セシルが誘導してあげて、応接セットのソファに腰を下ろす。


「すいません、お姉様。夜分遅くに。ご相談があってきたのですが」


セシルは部屋にあるお茶を自分の分とフィアナの分を用意して、自分もフィアナの正面に腰を掛ける。


「フィアナ、お茶をどうぞ。それにしても相談って、どうしたの?」


「はい、実は明日シン様が王宮を立つと聞きまして、その事でご相談があるのです」


セシルは軽くお茶をすすると、シンの事と聞いて少しだけ心をざわつかせる。


「シン様に関係する事?」


「フフフッ、そんなに心配なさらなくても大丈夫です。シン様も関係しますが、私の事ですから」


セシルはますます困惑する。そもそもセシルはシンとフィアナの間にそれほどの接点を見出していない。


「フィアナ、勿体ぶってないで、早く教えて頂戴。何だか気になるわ」


「私、シン様がアルナスに向かわれるのについて行こうと思っております」


「えっ?フィアナがシン様について行く?ってアルナスってなんでフィアナが知っているの?」


セシルは今日一日よく驚かされる日である。自分がさっき知ったばかりのシンの事を、あまり接点のない妹が知っている。もう何が何だかである。そんなセシルを尻目にフィアナは首をコテンと傾げて、話を返す。


「今日、お姉様、シン様よりアルナスの姓をお聞きになられてのではありませんか?」


「ええ、聞いたわ。でもそれをなぜ、フィアナが知ってるの?」


「ああ、私の事はシン様からは聞いていらっしゃらないんですね。失礼しました。私、子供の頃にシン様とお会いしたことがあるんです。お母様ともお会いになっているんですよ」


「なっ、それ本当?いつの話?」


「本当ですよ。私がまだ五歳くらいの頃の話です。シン様のお父様がこの国に外交でいらっしゃった際に、シン様と庭園でお会いしたのです。私は人の気配を色で覚えていますので、こちらにいらした時にすぐに気が付きました。お母様もその当時、シン様を気に入られて、又、会いに来るように、シン様とお約束までしていたみたいです」


セシルは、思わず本音が漏れる。


「フィアナ、ずるい。私も小さい頃のシン様に会いたかった」


「フフフッ、シン様とお会いしたのは偶然ですから。でもその時楽しく遊んでいただいたのは、よく覚えています。フィーって愛称を付けてくれたのも、実はシン様が最初なんですよ」


フィアナは姉がそんな風に素直に言うのに少しだけびっくりしながらも、ついつい、思い出話を付け加えてしまう。セシルはセシルでなんでその時、私はいなかったんだろう、などと考えている。


「でもフィアナ、この前夕食を共にした時、あなたそんな素振り見せなかったじゃない」


「それはごめんなさい。まだその時は、アルナスの事は秘密だったので。シン様は本当は私にも内緒にするみたいでしたから」


まあそれは、シンの出自からすれば、当然の事だと思う。


「でも羨ましいわ。私ももっと早く知りたかったわ」


またセシルの本音が漏れる。フィアナは少し困った顔を見せるが、それ以上は何も言わない。


「それでお姉様、私はシン様についていこうと思うのですが、宜しいでしょうか?」


そうそう、大分話が逸れてしまっていた。セシルは頭を巻き戻すと、フィアナを再度正面から見据えて、その意思を確認する。


「フィアナ、なぜ突然、そんな事を言うの?少なくても外の世界はあなたには優しくないわ。それでもそうしたい理由を教えて頂戴」


セシルは女王としてではなく、今となってはただ一人の肉親として、親身になって話を聞く。


「私にとって、シン様の側が何処よりも安心出来る場所だからです。初めて会った五歳の頃から今に至るまで、そしてこれからもずっとシン様以上の場所はありません。ならば、もう着いていくしかないのです」


フィアナは少しも気負うところなく、ただそうある事が当然とばかりに、そう答える。セシルは、素直にその言葉に納得し、少しだけムクれた表情でフィアナに言う。


「やっぱりずるいわ。私だって、本当はついて行きたいのに。でもいいわ、フィアナの好きになさい。そのかわり帰って来た時は私が目一杯、シン様に甘えるから、その時は邪魔しないでよね」


「フフフッ、はい構いません。旅の途中では私が目一杯甘えますから」


セシルは、やっぱりずるい、と言ったが、何となくおかしくなって、フィアナを抱きしめると二人で笑いあった。

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