第39話 女王戴冠
いよいよこの章も佳境です。
それからの事後処理は大変だった。今回の事件の発端であるフロイセン公爵は、洗脳をされた状態で隠し通路付近で近衛兵たちに捕えられる。程なくその洗脳は解除されたが、当人は洗脳時の記憶を持ち合わせておらず、その処断に紛糾する。加えて、同じく洗脳時にアレクを刺した宰相テオドールも又、洗脳時の記憶がなく、その処分がいまだ結論がついていない。また近衛隊の立場も悪い。王命とは言え、王宮の備えが万全でなかった点は否めず、近衛隊隊長のライアスも国王、アレクの殺害された責を痛感していた。又、アレクも死んでしまった事で、王族直系の男子がいなくなった事も問題で、傍系を担ぎ出そうとする貴族派も出てきており、一気に国内情勢が不安となる。
ただ、ここで明確に意思を示したのは軍だった。軍のトップである将軍のヤンセン辺境伯バスク公は、明確にセシルの女王擁立を支持する。これは、元々バスク公自身、現王族に対する忠誠心が厚い事もあるが、軍の兵士達に絶大な人気のあるセシルこそ国をまとめ上げる御旗にふさわしいとの意見が軍内部で根強かったからである。セシルは軍の後押しを受けると、今度は、洗脳された人々及び、近衛の面々に対しても、全面的な恩赦を与え、一切の罪を問わなかった。悪いのは洗脳をしたものであり、その洗脳時に自由がない以上、罪に問うのはお門違いと罪を説いて貶めようとする輩を一蹴する。ただし、フロイセン公爵は自らの責はあるとし、その爵位を娘のアイシャに譲り、自らは公爵領に移り、隠居をしてしまう。テオドールもライアスも同様に職を辞そうとしたが、後継者の名前がすぐに上がらず、職務を全うする事で国に尽くす事を誓う事となった。
こうしてセシル王女殿下の元に急速にまとまりを見せる中、正式にカストレイア王国建国以来、初めての女王が誕生する。
そこはカストレイア王国王都にある大神殿。以前シンとフィアナが使った隠し通路の出口がある、王家墓地のある神殿である。歴代の国王が即位式を行い、国王となる場所でもある。今、セシルはその大聖堂の中央にある赤絨毯の上を真っ直ぐ前を見て歩いている。金色の髪に生えるような純白のドレスに身を包み、その頭にはまだ王女を意味する小さなティアラが乗っている。絨毯の両脇には国内の有力貴族から軍、政府の高官、高位神官など、この国の中枢を担う人材が集められ、その戴冠の瞬間をかたずを飲んで見守っている。
セシルは、最奥にある祭壇手前までたどり着くとその膝をおり、立膝の状態で頭を下げる。すると祭壇上にいた最高位の司祭がその頭から、王女の証しであるティアラを取ると、今度はその頭に王の証したる王冠をのせる。
「今このときより、汝、セシル・フォン・カストレイアをこのカストレイア王国国王と認める」
司祭が厳かにその言を発すると、セシルが威厳を込めて返答する。
「私、セシル・フォン・カストレイアは本日より、カストレイア王国国王を名乗りますわ」
ウォオオォツ
会場内に歓声が沸き上がる。
「女王陛下万歳―」
「カストレイア王国に栄光あれー」
「セシル女王陛下万歳―」
会場中で様々な呼び声が響きわたる。セシルは会場に向き直ると右手を挙げて、会場が静まるのを待つ。会場はそのセシルの発言を待つべく、じきに静寂を取り戻す。
「私、セシル・フォン・カストレイアは本日よりこのカストレイア王国の女王となりました。本来であれば、私は女王となる事などない立場であり、まだ若輩で至らないところも多々あるでしょう。それでもこの国を思い、この国の為になることを成す思いは誰にも負けません。ただそれも一人ではできません。私を支える皆様の力があってこそ、この国は更に発展できるのです。私は、道を示します。ただその道は私一人の力では歩きぬくことはできません。共に行きましょう。そして、この国をより良い国としていきましょう」
セシルは両手を広げて、高らかに宣言する。彼女は強い王ではない。むしろ支える人があってこその王であるとそう宣言する。シンは会場の片隅でその発言を聞きながら、セシルらしいと思う。彼女は道を示す。その示した道を進むには、彼女を支える人々が必要だろう。彼女の為なら誰もがそのうちの一人になりたいと思うのだろう。いい女王になる、そう確信を持つとともに、その支える人間の中に自分の姿を見出すことができず、シンは忸怩たる思いをするのだった。
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神殿での即位式が終わった後、神殿から王宮までの道のりは女王陛下お披露目のパレードが行われる。町中から紙ふぶきが巻き上がり、馬車には子供たちが一厘の花をそれぞれ手に持ち投げ入れる。女王となったセシルはそれを一つ一つ嬉しそうに受け取り、沿道に集まる人々に手を振る。やはり観衆は大きな歓声を上げて、女王誕生に祝いの声を上げる。王宮に着くとその夜から三日三晩晩餐の席が設けられる。初日こそ、国内の有力者のみの宴となったが、二日目、最終日と国外からの参加者も増え、日中は外交折衝、夜は晩餐の席と大忙しな日々となる。
シンは原則、セシルの護衛役となり、ナタリアと共に彼女の傍に付いている。ナタリアは正式に近衛隊に任命され、女王お付きの近衛兵となっている。女性であり、かつ、女王自身の友人でもある彼女は、その任にうってつけの人材であり、本人もやりがいを持って、取り組んでいる。又、もう一人の友人アイシャもフロイセン公爵の爵位を受けた後、セシルの友人兼相談役として貴族派に睨みを利かしつつ、セシルを支えている。シンは彼女達がそろっている時は極力話をせずに、見守る立場に終始ししている。そして手が空いている時は、図書室によって、フィアナの読書に付き合ったり、庭園の散歩に付き従ったりしていた。
晩餐の席では、シンはセシルのエスコート役を賜っている。元々はアレクの役であり、現在はこの国の女王となったセシルには、国内外の有力者からダンスの誘いが絶えない。シンはその武勇から女王の信が篤いと知れ渡っており、今も王命によりその護衛役を受けている事から、ボディガード役としてはうってつけであった。ただそのシンも四六時中傍にいるわけにはいかず、一緒にいないときは、アイシャなりナタリアなりが、そのフォローを受け持っている。
今はそんなシンが一人で行動をしている時であった。シンは、一人、晩餐会場の迎賓館の近くにある噴水まで来ていた。とある女性に会う為である。シンが噴水まで近寄ると、ひょいっと顔を出してフィアナが現れる。シンはフィアナに会いに来たのだ。
「フィー、約束通り会いに来たよ。そのドレスすごく似合っている」
「フフフッ、シン褒めてくれてありがとう。それに無理を聞いてくれてありがとう」
「別に無理な事は無いよ。一度晩餐の場に出てみたいというフィーの希望を叶える為だからね」
フィアナは今回の晩餐に参加してみたいと、シンにエスコートを頼んだのだ。シンがいれば、フィアナは人の怖さを感じない。今はシンの上げたネックレスもしているので、少しくらい離れても大丈夫なくらいだ。
「でもフィー。どういう風の吹き回しだ。晩餐の席なんて、興味がなかったんじゃないのか?」
「いえ、興味がないわけではないの。ただそれ以上に怖さがあっただけ。今回はお姉様の女王就任のお祝いでもあるし、シンもいつまでも王宮にいるわけではないのでしょう?」
「いや、それは…」
「フフフッ、わかってます。シンがもう心を決めているのは」
シンはそうフィアナに断言され、思わず苦笑する。確かにフィアナに隠し事はできない。
「まぁ、そろそろだとは思っているよ。女王就任も終わり、少しずつ体制も固まりつつある。セシルの傍にはアイシャやナタリアもいるしな。そうそう、フィアナもいるだろ」
「私は余り政治的な事を含め、お役にはたちませんが。でもアイシャ様やナタリア様はお姉様にとって、大事な支えにはなっています」
「そうだな、だから頃合いだと思っている。っと、そろそろ行こう。顔を出さないとセシルが怒る」
シンは、そう言ってフィアナの手を取る。フィアナはその腕に絡みつき、嬉しそうに返事する。
「はい、まいりましょう。でもこれから暫くいなくなるとなったら、お姉様、もっと大変ですよ」
「内緒でいなくなったら、まずいかな?」
「そんな事したら、お姉様、国中に捜索隊を派遣しますわ。もう女王陛下ですから」
フィアナはそう言って、楽しそうに笑う。シンは大きく溜息をつくと、ガシガシと頭を掻く。
「フィー、笑いごとじゃないんだが。やっぱり、出発前に話をするか」
「ええ、そうして下さい。そうする事をお勧めしますわ」
フィアナはやはり楽しそうにそう宣言した。
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シンがフィアナを伴って晩餐の会場に現れた時、再び大きなどよめきが沸き起こる。カストレイアが誇る2大美姫の一人であるフィアナである。即位式こそ参列していたが、その後、ほとんど社交の場ににはでていない。にも係らず、即位式で目にした貴族子息達は、女王陛下となって、更なる高見に上ったセシル以上に、熱い視線をフィアナに送っている。シンでさえその視線に気づいているのだが、その視線を送られる当のフィアナは涼しい顔で、シンのエスコートを受けている。
そんなフィアナを見つけて真っ先に駆けつけてきたのが、セシルだった。セシルは足早にフィアナの元まで来ると、その耳元に口を寄せ、小声でその体調を気遣う。
「フィアナ、あなたこんな人ごみの中に現れて、体調は大丈夫なの?」
フィアナはその心配を振り払うように笑顔で答える。
「はい、お姉様。シン様がエスコートしてくださるので、大丈夫です。それよりもお姉様、女王即位、おめでとうございます。この場でお伝えしたくて、シン様にお付き合いをお願いしたんです」
セシルは少し面を食らったものの、無邪気に微笑むフィアナにほだされて、心配が飛んでいく。
「フフフッ、フィアナ、ありがとう。あなたからお祝いの言葉を聞けて、本当にうれしいわ。シン様もフィアナを連れてきてくれてありがとう」
「いえ、私はフィアナ王女殿下をただお連れしただけなので、御礼を言われるような事は別に」
「フフフッ、まぁこの場はいいわ。それより、もしよかったら、フィアナと一緒にダンスを楽しんでいらっしゃい。フィアナもシン様がお相手なら、楽しめるのでしょう?」
「はい、シン様、よろしくお願いします」
シンは姉妹の見事な連携に太刀打ちできず、すぐに諦めて、フィアナをダンスに誘う。
「フィアナ殿下、よろしければ、私とダンスを踊っていただけませんか」
シンは片膝を付いて、その右手を差し出すと、その手をフィアナが取り嬉しそうに返答する。
「はい、よろしくお願いします」
セシルはそんな妹の姿を微笑ましく思うとともに、シン様は次に私をダンスに誘ってくださるかしら、などとやきもきしていた。
 
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