第3話 ギルドへの道中
結局、その後追っ手はかからず、ヤンセンの町の城壁が見えるところまでたどり着くと、少しずつ馬の速度を緩める。相手の馬が混乱しているのが、功を奏したのだろう。
胸にしがみつく少女は、頬に涙の跡を残し、スヤスヤと寝ている。恐らく貴族の子女なのだろう。綺麗に整って顔立ちと真っ直ぐに肩まで伸びた金色の髪は少女の気品を際立たせるが、今寝ている表情はあどけなさも感じさせ、親しみをおぼえる。シンは少女の涙跡を優しく拭ってあげた跡、軽く手綱を引き、
「どうどう、お疲れ様。ここまでくればもうこの場で襲ってくる事はないだろう」
シンはそう言って、馬の首筋を撫でて馬を労う。周囲を見回す。街道には商人や冒険者らしき人がチラホラ見受けられる。彼らは一様に馬上のシンとそれにしがみ付く少女をびっくりした表情で見るが、シンと目が合うとあわてて目を逸らし、あさっての方を見る。
シンはバツの悪さを感じて、馬から降りたい衝動に駆られるも少女がガッチリとシンにしがみ付いているので、降りようにも降りられない。仕方がないので、少女の背中をポンポンと叩くと、
「そろそろヤンセンの町に着くので、起きて下さい」
耳元で驚かせないように気をつけながら、優しい声音で少女を起こす。
「ふぇ。」
少女は顔上げて左右を見ると、その時初めて寝てしまった事に気付いたのか顔を真っ赤にさせて、再びシンの胸に顔を押し付ける。
「もうすぐヤンセンの町に着きます。二人で馬上にいるのは目立ってしまうので、私は下に降りて、馬を引いて歩きたいのですが、離れていただいてもいいでしょうか」
シンは目を覚ましただろう少女に丁寧な口調で話かける。すると少女は更に強く抱きついてきて、
「駄目です。あの、その、離れてしまうと色々と、その、駄目なんです」
少女はシドロモドロになりながら、離れないように必死にしがみ付く。逆に今度はシンがあわてて少女に言う。
「ですが、まだ若い女性にしがみ付かれる状態と言うのは…」
「あっ、でも駄目なんです。でないと見えてしまって…」
シンはそこまで言われて、漸く思い至る。ふと足元を見ると切れたスカートの隙間から、真っ白な肌の太腿がちらりと見える。
「失礼しました、くっ付かれていて、全然気付きませんでした。」
そう言って、シンは自分が羽織っていたマントをあわてて少女にかけて、
「安物で申し訳ないのですが、当座はこちらでお隠し下さい。それと、少し好奇の目にさらされるかもしれませんが、今しばらくこのまま馬上にいる事をお許し下さい」
「い、いえ、こちらこそお見苦しいものを…そのすいません」
シンはマントについたフードを少女にかけてあげると、そのまま馬に乗ったままで町へ向かう。
少女は先ほどとはいかないまでも、マントの前がはだけないように気を付けながら、シンにより沿う形でくっ付く。
結局、シンは馬から降りれないまであり、町に近づくにつれ、行き交う人の数も次第に増えてくると、好奇の視線は更にその数を増してくる。
少女は顔を伏せ、フードに隠れるようにシンにしがみ付いているからいいものの、シンは時折知った顔もいて、やっかみや冷やかしの表情を浮かべているが、今は話かけては来ない。
「これは後で、酒のつまみにされる奴だ…」
シンは後の事を考えるとがっくりとした気分になり、軽く息を吐くのであった。
シン達はその後、城門で衛兵に声をかけると、少女がギルトの客であると説明し、そのまま真っ直ぐギルドへ向かう。ギルドは城門から領府へと続く大通りの側面にある。大通りは馬車の往来もある道なので、そのまま騎乗していても、問題は無いのだが、やはり男女で二人乗りだと、注目を集めてしまう。ちなみに少女を直接衛兵に預ける事をせずに、ギルドに連れて行くのは、さすがに今の恰好のまま衛兵に預けるのはかなり気が引ける為である。それに少女は恐らく貴族だろう。事の経緯も踏まえると、誰かそばについている方が望ましい。そう考えると、真っ先にギルドに向かうのは必然であった。
馬はとりあえず、ギルドの裏にある厩舎に止め、そこで人目につかないようにそっと少女を馬から降ろす。
そして少女の手を引きながら、ギルドホールに入り、少女をホールの隅の椅子に座らせると、まずはお目当ての人物を探す。
「メルさーん。ちょっと、良いですか。すいません。ちょっと」
「ふぇ、シン君、何、何?」
シンはメルを見つけると、ほぼ事情も聴かずにその手を確保。そのまま、少女の前に引き連れて行く。
「事情は後で、きちんと説明しますので、取りあえずこちらの女性に何か着るものをご用意していただけませんか?」
少女はぺこりとお辞儀をした後、マントの前を少しだけ開いて、破れた服を見せる。
「えっ、シン君これ、どうゆう…」
「詳しい事情は後で話ますので、取りあえずこのままではあれなので」
あわてて質問責めにしようとするメルをシンは咄嗟に制して、顔の前で両手をついてお願いする。
「もう、シン君、後でちゃんと説明してもらうからね」
シンはそれは勿論です、とブンブン頷くと、少女に向き直り、
「この女性は冒険者ギルドで受付をしているメルさん。取りあえず、彼女にお世話をお願いしたので、ついて行って下さい」
少女はシンの説明を聞くと、メルの方に向き直り、
「すいません、色々お手数をおかけします」
「ううん、良いの。あっ、失礼しました。貴族の方ですよね。差当りお貸出しできそうな服が平民のものしかございませんが、ご用意させていただきますので、こちらについてきて下さいませ」
「いいえ、構いません。ありがとう」
少女は貴族という言葉に曖昧な笑みを返した後、優雅な笑顔を見せ、御礼を言う。メルも笑顔を返して、手まねきをすると、奥の部屋へと誘導する。シンは二人が部屋の中に入るのを見送った後、ひと心地ついた面持ちとなって、思わず近くの椅子に座り込む。
「あとは状況を説明した後、彼女をギルドに預けて終了かな」
シンは大きく伸びをすると、少女の入っていった部屋の方を見ながら、ぼんやりとつぶやくのだった。