第37話 操り人形
身体強化と洗脳魔法。この二つがあれば最強ではないかと書いていて思ってしまいます。
シンと近衛隊のメンバーは、シンに案内された隠し通路を抜けると、後宮にある出口の部屋に出る。
「こんなものが王宮に何個かあるのか...」
「そう何箇所もあるとは思えませんが、少なくてもここ後宮のものと、敵の使ったものは、存在するのでしょうね」
シンはライアスが零した独り言をひろって、そう返す。ライアスは警備体制を見直す必要がある、と言って、溜息を吐く。とその時、部屋の上部から魔法による爆発音が響きわたる。
「今のは?」
「おそらくセシル王女殿下とアイシャ公爵令嬢の魔法でしょう。ナタリアも近くにいるはずです。此処にも敵がきているのでしょう。急ぎましょう」
シンはそう言って、部屋の外へ走り出すと入口付近ロビーに逃げ惑う襲撃者が見える。シンは相手がこちら側に気付いていない事をいいことにそのまま剣で薙ぎ払うとうめき声を叫びながら倒れていく。
「シン先生⁉︎」
駆け下りてきたナタリアの声に気付き、シンは微笑んでナタリアに話掛ける。
「どうやら無事だったみたいだね。よかった」
「はい、こちらは特段問題なく、処理出来たのですが。一体、何が起こっているのですか?」
やはり襲撃者は別ルートから侵入しているようで、状況はあまり把握していないらしい。するとセシルとアイシャも二階から降りてきた様で、シン達の元へ駆け寄ってくる。
「シン様?どうしてここに?どうやって?」
「申し訳ありませんセシル殿下。ただ今状況が切迫しております。細かい説明は後ほど。それよりここにいらっしゃるのは、殿下のみでいらっしゃいますか?」
シンは近衛隊の手前、慇懃な態度で尋ねる。セシルも状況を理解しているのだろう、シンの問いに淡々と答える。
「ここにいるのは、私だけです。国王もアレクお兄様も逃げて来られておりません。そう言えばフィアナも見かけません。…誰か、フィアナを呼んで頂戴。」
するとフィアナお付きの侍女が近づいてきて、青い顔をしながら報告する。
「恐れながら、この時間はフィアナ殿下は王宮の図書館で読書をされている時間となります」
セシルは侍女の言葉で愕然とすると、シンがすぐさま声をかける。
「セシル王女殿下、我々はこれから王宮へ向かいます。殿下は引き続きこちらにお隠れになってて下さい。国王陛下も、フィアナ王女殿下もお救いできるよう、最大限尽力させていただきます」
セシルはシンの言葉を聞いて頷くと
「シン様、そして近衛の皆様、何卒、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げる。それには近衛隊を代表してライアスが回答し、
「殿下、頭をお上げください。王族を守るのは近衛の使命です。今回は遅れを取りましたが、必ずや挽回してみます。近衛隊、いくぞ!」
そう言って、シンも伴って王宮へ走っていく。セシルは不安げな表情を隠せないが、アイシャがその肩を抱いて、ナタリアがその手を握ると弱々しくではるが、笑顔を見せるのであった。
後宮から王宮へ向かう道中で、シンはライアスに提案を持ちかける。
「ライアスさん、フィアナ王女殿下は私がお迎えにに参りましょう。近衛の皆様は国王陛下の元へ向かって下さい」
「何人かそちらへ回しましょうか?」
「いや、フィアナ王女殿下は居場所がわかりますので、人手はいりません。でしたら、居場所のわからない国王陛下に人員を回される方がいいでしょう」
ライアスは走りながら、少し考えた後、シンの提案に同意して答える。
「かたじけない。フィアナ王女殿下はお任せします。こちらを急ぎ片付けて向かいますので」
シンは笑顔で首肯すると、
「私も直ぐにでも片付けて伺います。そこはお互い早い者勝ちとしましょう」
「ははっ、それはいいですな。ではシン殿、ご武運を」
「ええ、お互いに」
シンはそう言って近衛隊と別れると、フィアナのいる図書室へと急行した。
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飛び出した直後、何名か敵を切り伏せたまでは順調だった。ただ次第に切り伏せ辛くなってくる。敵を切ることには躊躇しない。その対象に味方が増えてきた事で厄介になっていく。そう彼らはエリクによって洗脳魔法を受けて、完全に操り人形と化していた。
「くっ、卑劣な手段を使い追って」
ニックは途中から切り伏せることを止めて、打撃に攻撃を切り替える。ただ仮に致命傷になるほどのケガであったとしても彼らは痛みを感じないのか、止まらない。止めるには息の根を止めるか、意識を刈り取るかの2択しかなく、打撃を与え意識が飛ぶのを期待するしか方法のない状況では、次第にジリ貧となるのは致し方ないことだった。
「陛下、申し訳ありません。まさかこのような方法を取ってくるとは」
「相手の非道のほど、見誤ったか。とは言え、操られているだけの彼らを殺すわけにもいくまい」
そう言って王たち6名が立ち往生をしていると、取り囲んだ取り巻きの中から聞き及んだことのある声が響きわたる。
「おやおや、これはこれは国王陛下。この度はご苦労様です。この様な目に合うとは思いもしなかったでしょう。さぞかしお疲れになっていらっしゃると存じます。そろそろ幕引きと行きましょうか」
「貴様はエリク、やはり貴様の仕業か」
「ああ、元同僚もご一緒でしたか。ならわたくしの手口もご存じでいらっしゃいますね」
エリクはそういうと顔を二ヤリと歪ませ、周囲にいる操られている人達だけをけしかける。ニックをはじめとする近衛隊の三名は王を背に庇う様にその人達を弾き飛ばす。が、しかしそこで意識を刈れなかった者たちは再び、立ち上がるとニック達に迫ってくる。
「ニック先生、そんなんじゃ、いつまでたっても脱出できませんよ。いっそ一思いに切ってしまわれたらどうですか?」
「ならん。そんな事をすれば、後で必ず禍根が残る。ならぬぞ」
国王は内心ですまぬ、と応戦する近衛の者たちに謝罪する。切り捨てて血路を開き逃げ切るのも一つの手段である。ただ王としてそれを選択することは、王道に反することになる。
「承知しております」
ニック達は、厳しい状況ではあるものの、何とか踏みとどまり、王の周辺を鉄壁となって守り通す。望みは薄いとはいえ、このまま暫く守り通せれば、助けが来るかもしれない。なんとなくニックは一ヶ月同僚として過ごした凄腕の剣士の事を思い出す。
「陛下、今しばらくのご辛抱を。おそらく近衛の者たちもここへ戻るべく動いているはずです、それまでは必ず死守いたしますので」
「フフフッ、ニック先生。本当に守り切れますか?守り切れるといいですね」
エリクがそう呟くと、ニックの背後にいた国王陛下が口から血を吐き、膝から崩れ落ちる。
「なっっ!?」
ニックがその音に気が付き、振り返るとアレク王子殿下がその右手に真っ赤に染まった短刀を持って、感情のない薄暗い瞳を国王に向けながら立っていた。そして国王の脇腹からは真っ赤な血溜まりが少しずつ広がっていった。
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シンが図書室前まで来るとその扉には鍵がかかっているのか、中に入れない襲撃者達が、三名程たむろっていた。
「おい、思い切って扉をぶち破るか?いちいち鍵を開けんのなんてめんどくさい」
「おい、誰か斧か何かドアをぶち壊せるようなものを持ってこい」
シンは、そんな物騒なことを言い合っている襲撃者達の背後に回りこむと手刀で簡単に意識を刈り取る。倒れこんだ三人を脇によけると、シンはドアのノックし、中に向かって話かける。
「ヤンセンの冒険者、シンです。こちらには誰かいますか?」
程なくしてドアが開くとそこには予想通り、図書室司書のハンスと第二王女フィアナの姿があった。
「良かった。どうやらご無事なようですね。今近衛の方たちが王宮内を掃討に動いています。私たちもここから急いで離れましょう」
シンは二人が無事で安堵の表情を浮かべると、フィアナは少し緊張した面持ちで近づいてくる。
「シン様、今王宮内で例の糸のようなものが、無数に感じられます。幸い私やハンス先生の元まで、その糸は伸びることはないのですが、他の方々は、操られている方も多いと思います」
「フィアナ王女殿下は誰が操られているかわかるのですね?」
シンがフィアナに確認をとると、フィアナはそれに首肯し言葉を続ける。
「はい、近くまで行けば、確実にわかります。ここからですと、少し離れているのか特定まではできませんが」
「ならばフィアナ王女殿下は私と一緒に行きましょう。ハンスさんは一旦ここで待っていただくほうがいいかもしれませんね」
シンは王宮掃討にフィアナの力が役に立つと思い、そう二人に提案する。ハンスは少し迷っていたが、一つため息をつくと同意の言葉を口にする。
「そうですね。私がシン殿に付き従っても洗脳されるのがおちですしね。フィアナ王女殿下もシン殿の傍のほうが安全でしょう。私は引き続き、ここの鍵を閉めて立てこもるとします」
ハンスがそう言い、シンがフィアナを連れて行こうと促したその時である。フィアナが抱えて膝から崩れ落ちる。
「ああっ、今お父様の気配が一気に小さくなっていきます。おっお父様...」
「フィアナ王女殿下、どうしましたか?国王陛下の身に何か?」
シンは崩れ落ちたフィアナを抱きしめるように支える。フィアナは目に涙を溜めながら、か細い声を絞りだして、
「わかりません。ただお父様の気配がどんどん小さくなって。何かあったのは間違いありません」
「その場所は検討つくかい?すぐそこへ行こう」
シンはそう言ってフィアナを立ち上がらせて、そのまま抱き上げるとハンスに声をかける。
「ハンスさん、我々は国王陛下の元に向かいます。くれぐれも無茶だけはされないように」
シンは、そう言った後、フィアナを抱きかかえながら、王宮内を走りだした。




