第35話 王の裁可
今回は前振り回です。
シンはアイシャ母娘の抱き合う姿を暫く眺めていた後、頃合いを見てアイシャに話かける。
「アイシャ、そろそろ行くよ」
アイシャは母から離れて、気丈に振る舞う。
「承知しました、シン先生。どうぞよろしくお願いします」
「英雄様、どうぞ娘をお願いします」
「賜りました。ご令嬢は必ず安全な場所へお届けいたします。どうぞご安心を。それと、公爵夫人にはこれをお渡ししておきます」
シンはそう言って、二つのブレスレットを取り出す。その二つには青い魔石が付けられている。
「あらこれは?」
「アイシャが洗脳されていた時用にと持ってきていたものです。これを付けていれば、洗脳を防ぐ事も解く事も可能です」
その魔石にはフィオナのペンダント同様にシンの魔力が込められている。フィオナの魔石よりは質が落ちるが、充分機能は果たすはずである。公爵夫人はそれを受け取ると深々と頭を下げて、御礼を言う。
「アイシャの事、このブレスレットの事、重ね重ねありがとうございます。私もできる限りの事はしてみます」
「いえ、友人の為ですからお気になさらずに。それに決して無理はなさらないように。その方がアイシャも悲しみます」
シンはそう言って、アイシャの方に向き直り、出発を促す。そしてアイシャが首肯したのを確認するとその体を持ち上げる。お姫様抱っこである、アイシャの母親は抱っこされて顔を赤らめる娘を見て、優しく微笑むと、アイシャに声をかける。
「アイシャ、英雄様に抱きかかえられるなんて素敵な事、物語の主人公みたいだわ。英雄様は素敵な殿方ですから、優しくエスコートしてもらいなさい」
「もう、お母様のいじわる。シン先生、行きますわよ。お母様も必ず迎えにきますから、ちゃんと待ってて下さいましね」
照れるアイシャをコロコロと笑っいるアイシャの母を背にして、シンはバルコニーを飛び出した。
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その頃王城の一室で、セシルとフィアナはシンが戻ってくるのを待っていた。
セシルとしては、一番確実な手段を講じたつもりである。アイシャを救出できれば、フロイセン公爵家の状況も今以上に把握できる。セシルはその足で、父である国王や兄のアレクにも事の状況を説明するつもりでいる。フィアナは姉のセシルがあまり根を詰めないように、時折、話かけたり、お茶を入れたりとフォローをしている。
そんな二人の元にシンがアイシャを連れて戻ってきたのは、明け方近い時間帯だった。
シンは王宮への道中でアイシャからあらかたの内容を聞いていたので、その内容を要点だけまとめてセシルに伝える。
「やはり複数、組織だったものの犯行ですか。最悪、近衛を編成して、お屋敷あらためをしないといけませんね」
「フロイセン公爵の洗脳と複数、組織だったものの犯行までは確定でしょう。後は急ぎ、国王陛下やアレク殿下、側近を集めて協議するのがいいでしょう」
シンはセシルに、急ぎの対応を提案すると、セシルも同じ事を考えていたのか、シンに答える。
「ええ、そうしましょう。アイシャとシン様は申し訳ないのですが、この後、朝に国王陛下や側近の集まる朝の会がありますので、そちらにご参加いただいてもいいでしょうか?フィアナも今までありがとう。今日はもうお休みなさい」
三人はそれぞれ、頷き、フィアナだけ先に部屋を退出する。残った三人は身支度もそこそこに朝会の場へと足を運ぶ。
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国王の元に侍従がメモを渡したのは、その日の重要案件の報告が一通り終わった後だった。王はそのメモに目を通した後、侍従に首肯する。会場は重い案件が終わった後だけに弛緩し雰囲気が流れていた。そこに侍従より入室を促されたセシル達が入場したことで、若干、騒然とする。その空気を司会進行役である宰相のテオドールが厳しい口調で黙らせる。
「静粛に、静粛に願います」
その一声で会場はシンッと静まり返り、その中をセシルは堂々とした態度で進んでいく。アイシャとシンは呼ばれるまで、入口付近で待機し、発言の必要性のある時だけ、前に出る段取りである。
「お父様、皆々様、ごきげんよう。突然の来場に関しては、お詫びしますわ。ただ火急に判断いただきたい要件につき、参上させていただきました。ご説明させていただいてもよろしいでしょうか?」
国王が許可を出すと、セシルはその場で経緯を説明する。会場はそこでまた騒然とするが、宰相がまたそれを押しとどめる。
「してセシル。彼らがその証言という事でいいのかな」
「はい、その為にこの場に参加いただきました。シン様、アイシャ様、前へどうぞ」
シンとアイシャはその時初めて前にでて、自己紹介を始める。
「国王陛下、御無沙汰しております。先般恩賞を賜りました冒険者シンでございます」
「国王陛下、お久ぶりでございます。フロイセン公爵が娘で、アイシャでございます」
片膝を付いて平伏していた二人に顔を上げる事を許可し、王は二人へ話かける。
「冒険者シン、そなたの事は恩賞後の話もアレクから聞いておる。大義であったな。アイシャ、随分綺麗になったのう。最近はセシルと懇意にして貰っていると聞く。引き続きこれからも仲よくしてやってくれ」
そう言って、それぞれに話を振る。二人は共に同意を示して、改めて、知りうる内容を証言する。
「では、そのエリクとか言う魔法師の手により、フロイセン公爵は洗脳を受けているという事で間違いないのじゃな」
その問いに関しては、実際に館にいたアイシャが答える。
「私自身、エリクを拝見してないので、確実にとは言い切れませんが、国王陛下並びにフィアナ王女殿下の仰る特徴を鑑みるに、可能性は高いと判断しております」
王は目を閉じ、黙考する。思えばフィオナの宝物を持つ前の時間は空白であった。その間が洗脳されていた期間だとすると、フィアナとその宝物に救われたという事になる。フロイセン公爵の後ろに控えていたあの男。今もフロイセン公爵を操っているという。確かに危険な状況だ。
「ライアス、今からフロイセン公爵家に行き、賊を掃討せよ。フロイセン公爵は洗脳されている可能性が高い。なので身柄の拘束を優先させよ。賊は掃討して構わん」
「はっ、承知しました」
「シン殿、そなたは後で正式に依頼を出すが、ライアス達に着いて道先案内を願いたい」
「承知しました」
「マグリット宮廷魔術師、いるか?」
「はい、こちらに控えております」
そう言って小太りの男が、その場で立ち上がる。
「そなたは宮廷魔術師団を使って、洗脳魔術対策を可及に対応せよ。また、現在王宮にいるものの中で、洗脳を受けているものがいないかを洗い出せ」
「御意にございます」
「これにてこの場は一旦閉幕とするが、状況により、また召集する可能性があることだけ、心にとどめておくように」
そう言って王の裁可は下された。それにより王宮内が急に慌ただしく動く事になる。
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時を同じくして、王都地下にある地下道では、数十人の武装した集団がところ狭しと移動をしていた。
いま彼らが歩いているのは、以前シンとフィアナが使った隠し通路とは別の通路である。先頭を歩くフロイセン公爵が知っている、隠し通路であった。フロイセン公爵家は、王家創設の際からの直臣であり、最も古い家名の一つでもある。王宮には非常時ようにいくつか隠し通路が存在するが、その一つを知っていたとしても、特段不思議はない。
「今回の強襲で、王女殿下を除いて、王族はすべて排除する。その一方でフロイセン公爵様には国王となっていただき、帝国の傀儡となっていただく」
ガジルはそう言って、叱咤激励をする。
「王女を捕まえ、国を乗っ取ったとなれば、その後の人生はやりたい放題だ。いいかお前ら、俺らはやるしか、生き残れない。肝に銘じて、気張りやがれ」
「オウッ」
それを見て、公爵の脇を歩くエリクがほくそ笑む。
「今頃は近衛の兵ももぬけのからになった公爵家に向っている事でしょう。警備は手薄なはずです。勝算は高いですよ」
エリクはアイシャが屋敷を抜け出したのを比較的早いタイミングで把握していた。王宮に現在の状況が知られれば、可及的速やかに公爵家邸宅に近衛兵を出すことが予測されたので、このタイミングを狙って強襲を提案したのだ。場内の制圧さえ完了すれば、一旦城門をすべて閉じ、外の備えをすれば、一定期間は持ちこたえる事はできる。その隙に、フロイセン公爵を国王に祭り上げれば、乗っ取りは完了である。
「あとは、前回の失敗を教訓に、イレギュラーさえ排除できれば」
そう言って、道の前に広がる暗がりを睨みつけながら、己の中で危機感をあおるのだった。




