第34話 姉妹と母娘
書いていて、王を洗脳しようとしてたのは、悪手だろうと思えてきました。
その日の夕食の席で、シンは初めてセシルとフィオナの二人と同時に合う事になる。
シンは早くても翌日の日中だろうとたかをくくっていたが、存外、早い召集となった。しかもまさか、夕食の時とは思ってもみなかった。正直油断していた、が素直な心情だった。
「初めまして、フィアナ王女殿下。ヤンセンの冒険者でシンと申します」
「こちらこそお会いできまして、うれしいですわ。シン様。カストレイヤ王国第二王女のフィアナでございます。こちらこそよろしくお願いします。」
お互い初対面の間柄として挨拶を交わす。シンの素性を隠す為の処置である。
「フフフッ、シン様をこうしてフィアナに紹介できてうれしいですわ。元々フィアナとは今日、夕食を共にする約束をしていたのですが、フィアナがシン様をお呼びしてもいいと言ったので、お誘いしましたの」
それが経緯らしい。どうやらフィアナが呼んだわけではなく、セシルが呼んだのにフィアナが便乗したようだ。
「ご姉妹水入らずのところ、よそ者の私がご参加してもよろしかったのでしょうか?」
「問題ないですわ。ねえフィアナ」
「はい、お姉様。私もお姉様からお話を伺っていましたから、一度お会いしたいと思っておりました。思った通り、暖かい、優しい方でいらっしゃいますね」
シンは息の合った二人の連携に少したじろぎながら、言葉を返す。
「身に余るお言葉、光栄に存じます」
「シン様、この席は公式の場ではございません。ですので、口調も改めて下さい。私はセシルです。フィアナもフィアナで構いません」
シンはそこで深くため息をつく。フィアナはどういう事か良く分からずに、事の成り行きを見守る。
「判ったよ、セシル。これで良いかい?」
セシルは満足気に笑みをこぼす。一方フィアナは話の内容に得心がいったのか、更に話に上乗せをする。
「ではシン様、私のことはフィーとお呼びください」
「フィアナ、それお母様が使っていた愛称じゃない、良いの?」
「はい、構いません。何となくですが、シン様とは初めてお会いした気がしませんので」
シンは最早なるようにしかならないと、諦めの境地でフィアナに話かける。
「じゃあ、フィーって呼ばせてもらうけど、それで良いかな?」
「はい、シン様。それでお願いします」
セシルは愛称で呼んでもらうフィアナを少しだけ羨ましそうに見ていたが、可愛い妹の希望だと思い、気持ちを切り替えて、給仕達に食事の用意をするよう伝える。それから暫くは三人の楽しい食事の時間が続く。そして食事も終わり、お茶を飲みながらの歓談が少し経ったタイミングで、フィアナがセシルに話かける。
「お姉様、実は一つご相談が有りますの?」
「あら何かしら」
「お姉様にはお話していますが、シン様もいらっしゃいますので、改めてご説明しますが、私は目が見えない代わりに、人の内面を色で感じることが出来ます。実は先日、その色が無機質で全く動かない方が王宮の中にいらっしゃいました。その方は一本の糸のようなものでもう一人の方と繋がっているみたいでした。そしてその方達は、お父様の執務室から出てきたところで、私はその方達が行かれた後にお父様に会いに行ったら、お父様も先程の無機質な感情の方と同じ状態になっていました」
「フィアナ、それでお父様様は大丈夫なの?」
「はい、ご安心下さい。この胸のペンダントを持っていただいたら、元のお父様に戻りました。一応、ペンダントをくれた方にも相談したんですが、その方が言うに洗脳だろうと」
セシルは色々衝撃的な事が多すぎて、こめかみを抑えて、考え込む。そして整理をしようとフィアナに質問を重ねる。
「ちなみにお父様にお会いしていたという方は、どなたか分かるの?」
「はい、幸い以前にお会いした方ですので。その方はフロイセン公爵になります」
折角、落ち着きだしたセシルの頭が再び衝撃で大きく揺れて、その頭の中を混乱させる。セシルはシンに助けを求める視線送ると、シンはそれを受けて結論付けてあげる。
「フィーの言っている事は端的にに言うと、洗脳している人間とされている人間が国王陛下の元を訪れて、国王陛下に洗脳をかけて逃げていった。その内の一人はフロイセン公爵で、もう一人はそれを操る糸が見えた。フィー、こんな感じで良いかな?」
「はい、合っています」
「そうなると犯人はエリク先生?」
セシルはシンに確認するように聞いてくる。シンもそれに同意し、
「可能性は高いと思うよ。問題は、フロイセン公爵が洗脳を受けている事、後は単独犯なのか、共謀者がいるのかあたりだね」
「シン様は共謀者がいると考えているのですか?」
「エリクの動機が無いからね。彼は理由はわからないけど、セシルを狙っている。でもフロイセン公爵家を利用する意味はあまり無いからね。特に彼が単独犯の場合、人手がかかるような方法は取らないんじゃないかな?」
そこでセシルは長考する。彼女は頭の回転が速い。程なく最善手を導き出すだろうと、シンはのんびりとお茶に手をつける。フィアナも同じ意見なのか、ゆっくりお茶を啜る。暫くすると決心を固めたのか、シンにお願いをしてくる。
「シン様、一つお願いがあるのですが…」
シンは想定していた通りのお願いを頼まれて、笑顔でその申し出を快諾した。
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フロイセン公爵家の王都にある邸宅は、不穏な空気に包まれていた。アイシャも最初は兄ケビンの失踪に端を発した騒動で、家が混乱しているのだと思っていた。母は確かに憔悴しており、アイシャも極力傍にていて、母を慰めるように心掛けている。問題は父だ。父に関しては、兄の失踪にも反応が薄く、本来の父であれば、悲しむ事はしないが、攫われた兄の方に憤り、叱責をするくらい怒る事はするはずである。もしろ、それを通り過ぎで、呆れ果てるまでいっているのであれば、それもありそうな事だが、そんな感じもしない。
又、屋敷内に知らない人物も増えた。しかも不快な男達である。彼らは、この家の家長の娘であるアイシャに対しても、無遠慮で邪な視線を送る。父はそれを見ても無反応で、結果、アイシャは母と二人、身の安全の為部屋にこもり、鍵を閉めて、滅多に部屋の外に出ないようにしている。
「どうしたらいいのかしら。せめてシン先生と連絡を取れたら」
アイシャは、シンと連絡が取れたら現状の解決策を見いだせるのではないかと考えている。ただ、まだ王都にはいるだろうが、彼は王宮に宿泊している。セシルと二人、遊びに来ることは可能性としてあるが、今の状況下で、父達が許可をするとは思えない。
「はあぁ、部屋に籠ってばかりいると駄目ね。少し空気でも入れ替えようかしら」
今は夜中。その日は雲一つない、満天の星空だった。
窓を開けて、部屋を出てバルコニーで外の空気を吸う。やはり外の空気はおいしい。明日は母も誘って、ベランダでお茶でも飲もう、それで少しでも気を持ち直してくれたらいい、アイシャ自身も少しだけ活力が戻ったのか、ふと先ほど頼りたいと思った男性に憎まれ口が出てしまう。
「シン先生は英雄と呼ばれる程の方なのだから、こういう窮地には、颯爽と現れて戴かないと困りますわ」
「アイシャも中々無茶を言うね。なんだかセシルに似てきたよ」
アイシャは声のした方に振り返ると、そこには先ほどまで頼りたいと思っていた人物が立っていた。
「シン先生っ!?」
「丁度、アイシャがベランダに出てきて助かったよ。探す手間が省けた。助けにきたよ」
シンはそう言って、穏やかで優しげな笑顔を見せて、アイシャの頭をポンポンと撫でる。アイシャは中々事態が呑み込めなかったが、シンのその行動で顔を真っ赤にさせて、照れ隠しもあり、そっぽを向いてしまう。
「ここでは見つかっても事ですわ。どうぞ中へお入り下さい」
そう言って、なるべく真っ赤な顔を見せないようにシンを部屋の中へ誘導する。二人は窓際にある小さな机と椅子のセットに腰を掛けると、声を潜めながら、話を始める。
「シン様、どうしてこちらにいらしたんですか?」
「実は先日、フロイセン公爵が王宮に来た際に、洗脳されている可能性があるのがわかってね。恐らくエリクが絡んでいる可能性があったものだから、急ぎアイシャを助けにきたんだ」
アイシャは洗脳という言葉を聞いて得心する。それならば、今の父の行動も理解できる。
「シン先生、恐らくそれは間違いないです。それと恐らく相手は複数で組織だっていますわ。今この屋敷にもその手下らしき人間がいます」
シンはその話に首肯し、
「それは俺もこの屋敷にくるときに確認した。だから、気付かれる前に、一旦ここを離れよう」
アイシャはその言葉に顔を曇らせて、
「今、隣の寝室にはお母様がいるのです。この状況でお母様だけを置いてはいけませんわ」
「さすがに二人同時には連れてはいけないな。順番になると思う。でも連れ出す事はできると思うよ」
シンは妥協案を提示し、アイシャの反応を待つ。アイシャは、その提案をどうしようかを思案する。すると寝室の扉が開き、一人の女性が二人の元までくる。アイシャの母親でフロイセン公爵夫人だ。
「ごめんなさい、話はとなりで伺いました。あなたはたしか、セシル王女殿下をお救いされた英雄様でいらっしゃいますね。アイシャ、あなたは英雄様とここをお逃げなさい。英雄様がご一緒なら、問題なく逃げ切れるでしょう」
アイシャは突然部屋に入ってきた母が、自分に逃げろと言ってきて困惑する。
「でもお母様、私お母様を置いて逃げるなどできませんわ」
「アイシャ、私はこれでもフロイセン公爵家に嫁いできた身です。旦那様が何か問題を抱えているいる時に、それを置いて逃げ出すことはできません。」
「お母様、それなら私も…」
フロイセン公爵夫人は首を横に振り、母親としての心情を吐露する。
「ケビンの行方が分からない今、アイシャあなたの身に何かあったら、母はもう、生きる気力を失ってしまいます。ですから、あなたは、あなただけは、逃げて頂戴」
アイシャは悔しげな表情で目に涙を溜め、それ以上何も言えずに母の胸に飛び込む。
「お母様、私、必ずお母様をお助けにまいりますわ」
「フフフッ、アイシャ、そうなる事を楽しみに待ってますよ」
そう言って、二人は暫くの間、きつく抱き合うのだった。




