第31話 再び王都へ
最後の最後でセシルパートとなりました。
「おや、そこにいるのは先生じゃないですかい」
いかにも傭兵のような風貌の男がこぎれいなローブに身を包んだ優男に声をかける。王立学園が一望できる小高い丘の上で珍しい組み合わせの男達が顔を合わせる。
「おやおや、皆さんも学園を逃げてこられたのですか?」
そう話を返したのは、ナタリアに追い込まれ、仕方なしに王立学院を逃げてきたエリクだった。話かけた傭兵風の男は、先ほどまで王立学院内で覆面をかぶり襲撃をしていた集団のリーダーでガジルという名の男だった。
「皆さんもと言うと先生もですかい?」
「ええ、皆さんに協力した際に学生を洗脳したのがばれてしまいまして。もうここにはいられないのですよ」
エリクはそう言って、ため息を吐く。ガジルもエリクと同じような表情で、エリクの意見を聞く。
「そりゃ、災難だったな。それで、先生にちょっと聞きたいんだが、最後のあの光はなんだったんだ?俺らが魔物の咆哮を聞いて、学園を逃げたころに一面真っ白になって、気付けば毒々しい魔力が綺麗さっぱりなくなっちまった。こうなっちまったら、俺らの作戦も失敗だ。だから今こうしてここにいるわけだが」
エリクはその問いに首を横に振って自分も分からないと答える。
「そもそもあんな規模の魔法なのかなんなのかわかりませんが、展開する事など不可能なんですよ。可能性すら想像つかない。あれ程充満していた魔の森の魔力を一瞬で浄化してしまうなんて、神の御業か、悪魔の所業か。一体何なんですかね」
「おいおい、先生に分からないものを俺らにわかるわけねえよ。わかるのは、その事で俺らの計画は失敗に終わったってことだけだ。ただまだ諦めちゃあいないがね。俺らはこのまま帝国に戻っても殺されるだけだからな。足掻くだけ、足掻くさ」
あきれ果てるエリクの物言いに、ガジルは達観した面持ちで自身の決意を話する。
「ほう、まだ何か手だてをお持ちなんですか?」
それにガジルは地面に寝転がる学生を指さしてしたり顔をする。
「学園内でちょっと拾ってね。これを使って上手くできないかと考えている」
「おやおや、公爵子息ですか。これまた随分大物を拾ってきましたね。それであれば、私にもお手伝いできる事がありそうです」
エリクはフロイセン公爵子息であるケビンを見て、ほくそ笑むとそう言って、ガジルに協力を申し出る。
「んっ、先生も手伝ってくれるのかい?」
「ええ、表だって切ったはったは、私の本分ではないですが、裏で陰謀を張り巡らせるのは得意分野ですので。今回のようなイレギュラーさえなければ、それなりに上手くやりますよ」
エリクはそう言って右手をガジルに差し出すとガジルもその手を握り返し、
「切った張ったは俺らの本分だ。そこは任せな。差あたって今後の話をしたいから、俺らのアジトへ案内するぜ」
そう言って、この事件の首謀者二人は連れ立ってその場を後にした。
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シンとアイシャは今後の言い逃れ方針を決めた後、学校内の様子を見に行く。一階に倒れているものはいたが、幸い気を失っているだけのようで、魔物化の兆候は見られなかった。2階も同様で生徒や講師は倒れているだけで、3階に上がると半数以上の生徒は、気絶もせずに、既に回復していた。シンとアイシャは、気絶していない他の講師たちに声をかけ、元気な生徒達を使って、気絶している生徒や講師たちの介抱を頼むと、その足で、修練場に向かう。
シンとアイシャが修練場に入ると真っ先に出迎えたのは、セシル。セシルは二人の姿を見つけると手を大きく広げて、二人に抱きついて出迎える。シンとアイシャは目を合わせると、アイシャが私に任せてと言わんばかりに、セシルに向って一言いう。
「セシル、私はまだいいですが、シン様は殿方ですわ。それにいきなり抱きつくなんて、王族の女性として慎みが足りませんわ」
セシルは気にした風もなく、涼しい顔で、
「あら、それを気にしたから、アイシャもまとめて抱きついたんじゃない。これなら噂にはならないわ」
セシルはそう言うと、主にシンの胸の方に頬ずりをする。アイシャは溜息をつくと、シンに降参の眼差しを送る。シンもそれを送られても困るのだが、しかたがないので、セシルを諭す。
「セシル、少しニック先生と今後の話をしたいから、一旦離れてくれるかな。また後で詳しく話すから」
セシルはシンにそう言われて渋々ではあるものの離れる。アイシャはセシルを見ながら、全くこの子はと言った表情をするが、あまり話を長引かせるのも良くないと表情を改めて、シンに行動を促す。シンは首肯をしてセシルから離れて、ニックや騎士科三人組の方に向っていき、そこでエリクが見当たらない事に気付く。
「皆さんご無事だったようですね。良かった。それでエリク先生がいないようですが、彼はどちらに?」
「やはり先生が耳打ちされたように、エリク先生は、あまりいい存在ではなかったです」
そう答えたのがナタリア。彼女は口惜し気な表情としており、男性陣も同じような表情をしている。
「何があったのかな?」
シンがそう確認すると、ナタリアがこれまでの経緯を説明する。シンはそれを神妙な面持ちで聞いて、最後まで聞くと、ナタリアに向って笑顔を見せて、
「ナタリア、ご苦労様。あの場で、精神魔法に抗えそうなのがナタリアしかいなかったから頼んだけど、すごく助かったよ」
そう言ってナタリアを労う。ナタリアは少し腑に落ちないのか、シンに質問する。
「精神魔法に抗えるのが私だけと言うのはどういう事でしょうか?」
「ああ、ナタリアは全身の強化魔法を使えるだろう。あれは全身に魔力を這わすことができなければ、使えない。全身に魔力を這わせるってことは、外からの魔力干渉が効きづらくなるんだ。すごい事だから、今後、同じようなことがあったら、そうやって対処するといいよ」
シンは腑に落ちない事を丁寧に解説してやり、ポンポンとナタリアの頭を撫でる。ナタリアは褒められて嬉しいのか、頭を撫でられて恥ずかしいのか分からないが、顔を真っ赤にさせて、御礼を言う。
「シン先生、ありがとうございます。先生に言われたことを糧にして、これからも頑張っていきます」
「ナタリアならまだまだ伸びると思うから大丈夫だよ。頑張ってね」
シンはそう言って、ナタリアの素質に太鼓判を押すのだった。
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それからのシン達はとにかく大変だった。
事件の後処理、経緯説明、騎士科面々とセシル、アイシャへの訓練。当初予定していたヤンセンに戻る日をゆうに10日も超えていた。それでも経緯説明では、アイシャの協力もあり、魔石の暴走による清浄化という言い訳で押し通し、更にエリクを最大限の悪者に仕立て上げる事で、シンへの注目を最小限に抑えるというアイシャのシナリオがはまり、結果として、シンが再び祭りあがられることなく、事なきを得る。
もしろ今回の件で祭り上げられたのはナタリア。彼女は結果、エリクの洗脳を暴き、王女を守った功績を称えられ、在学ながら既に近衛隊への配属が決定した。本人はそれを誇るどころか、辞退しようとまでしていたが、セシルの説得により、卒業後、セシルの護衛となるという事で、しぶしぶ了承をしている。
ただいい事ばかりではなく、もう一つ大きな問題が発生している。ケビンの失踪である。フロイセン公爵家の嫡子である彼の失踪は、学院の警備体制に対する怠慢だとフロイセン公爵家からものすごい圧力がかかっている。アイシャも王都より帰還命令が出ており、彼女は王女セシルとの関係性を盾に何とか、帰還を先延ばしにしていたが、そこまでは粘る事も出来ず、結局、王都へ戻る事になっている。
セシルもまた、学院での生活を続ける事が危うくなった。彼女はここ最近たて続けに命を狙われる状況下に追われている。シンが傍にいる事で潜り抜けてはいるが、いまだその危険性は孕んでおり、今回の襲撃者たちもいまだ捕えられていない。学院の警備体制を強化するよりは、むしろ、王宮にいる方が安全であるとの声が大きくなった事を受けて、帰還命令が王宮より出ている。
そして事件から1ヶ月がたった頃、学術都市メルゼンから王都へ向かう馬車があった。馬車には護衛の騎士が馬を並べて進んでいる。その護衛の先頭の馬上には黒髪、黒い瞳の騎士のいでたちではない、青年が乗っており、その青年の前には金髪・碧眼の少女が満面の笑みを浮かべている。
馬上にのっているのはシンとセシル。シンはメルゼンの後始末を片づけた後、ヤンセンに戻った際に、王宮からの指名依頼でセシルの護衛依頼を受ける事になる。王宮の依頼という事で断る事も出来ず、メルに何故か拗ねられながら、渋々メルゼンにトンボ帰りをし、今に至る。
シン達の後ろにはナタリアが、こちらは騎士の格好をして護衛の任に就いている。今回は護衛という側面もあるが、王宮では正式に騎士への叙任式が行われるのに参加する為と言うのがもう一つの理由である。そして馬車にはアイシャが乗っている。最初はセシルと一緒に乗っていたが、途中セシルの馬に乗りたいというわがままで、今は馬車での一人旅である。ちなみに、セシルの後でシンの馬に乗るつもりらしく、馬車の中で大人しくしている。
「シン様、王都ではどの位滞在されるのですか?」
「そんなに長く滞在するつもりはないよ、送ったら、用は無くなるからね」
馬はゆっくりと、馬車の速度にあわせて進んでいる。セシルはその馬の揺れを楽しむ様に終始にこやかに会話を続ける。
「なら一日くらいは私のために時間を作って、下さいね」
「何かしたい事があるのかい?」
「普通の市井の方と同じような格好で町を歩きたいですわ」
シンは思わず苦笑して、少し意地悪を言う。
「周囲の人の賛成があるなら、良いよ。流石に内緒では連れ出せないからね」
「良いですわ。そのかわり、賛成をして貰えたら約束ですよ」
「ああ、約束するよ。その時は一緒に町を見てまわろう」
その後もシンとセシルは、アイシャのしびれが切れるまで、馬上の旅を楽しんでいた。
次から王都に戻り、新章の予定です。でも間話を書くかもしれません。銀の姫がお留守番なので。




