第22話メルゼン王立学院
ハワードが言う今回の指名依頼は軍からの依頼だった。内容は、学術都市メルゼンにある王立学院の騎士科での剣術の臨時講師。元々は、軍への学院からの要請であったが、リザウス卿の一件もあり、軍内部もごたついている事から、適正な人員確保が難しく、そこでシンに白羽の矢が立ったらしい。
「既に学院側には軍から打診をしていて、二つ返事でOKだったらしいぞ。流石は王女を救った英雄様だな」
ハワードは自分の手柄でもないくせに、何処か自慢げにそう話す。
「セシルを助けた時は、領主代行を殴っただけで、剣術なんか披露してないんだが?」
シンは何とかこの依頼を回避しようと、糸口を探る。貴族子息が多い学生相手に剣術指南など、厄介事ばかりで、正直やりたくない。セシルには悪いが、できればメルゼンに行くのは次の機会にしたい。
「お前、王都で軍の練兵場を使ったろう。その時、兵士達との対戦で連戦連勝だったらしいな?フィッシャーがいたく褒めてたぞ」
「ぐっ」
シンは王都へ行く道中、軍の護衛達とも仲良くなり、王城内ではやる事もないので、練兵場でよく護衛達と訓練をしていた。確かに兵士達との対戦は負け知らずだったが、ここで話が返ってくるとは思わなかった。
「残念ながら、これは決定事項だ。出発は1週間後。期間は一ヶ月。また、馬は用意してやるから、一週間したら、ギルドに来てくれ」
ハワードは、話はお終いとばかりに豪快に笑い声を上げた。
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「初めてまして、ヤンセンの冒険者、シンです。ランクはBランク。今日から一カ月間、皆さんの剣術指南をさせていただきますので、よろしくお願いします」
シンはそう言って学生達の前で挨拶をする。シンは今、メルゼン王立学院の訓練場にいた。軍の依頼で臨時講師をする為だ。訓練場にいる学生達を見回すとその真剣度がまちまちなのが見て取れる。今いる面々は騎士科に所属する生徒であるが、騎士科と言っても全員が全員、騎士を志望する訳ではなく、実際に志望するのは二割程度で、残り大半は貴族教育の一環で通っていると言う。シンとしては、やる気のある二割の生徒だけを相手にして、残りの面々はお断りしたいところだが、そうもいかない為、内心で溜息をつく。
「既にみんなも聞いているだろうが、シン先生は先のセシル王女殿下襲撃の際に殿下を救出した功績を称えられて、国王陛下より褒賞をいただくほどの英傑である。そなたらも学ぶところも多いと思うので、しっかりついていくように」
今、話をしたのが、この騎士科の担任をしているニックである。彼は現役の騎士で、任務としてこの学院の講師をしている。彼らの情報はニックから一折聞いており、今回は初回という事もあり、冒頭だけ参加してもらっている。
すると生徒の一人が手を挙げて発言の許可を求める。ニックが許可をして生徒が立ち上がる。
「ニック先生、シン先生は冒険者との事ですが、剣術指南となると正規の剣術はお使いにはならないのではないですか?私は騎士を目指しています。亜流ではなく、正規剣術を学びたいのですが」
そう言って、憤然と席に着く。シンはニックがそれに答えようとするのを遮って、
「皆さんの懸念は当然ですね。確かに私は冒険者ですので、正規の剣術など使えないと思われるようですが、使えますよ。習った事がありますので。ご不安であれば、後で演武でもしましょうか?ただその上で言いますが、私は正規剣術は教えません。教えても無駄なので」
生徒達はざわめき出す。ニックはシンの挑発ともいうべき発言に対して、その意図を知ってか手を組みながら黙っている。
「これだから冒険者風情は…」
「騎士科で正規の剣術を学べないなんて…」
「一体あいつは何しにきたんだ…」
生徒の口々から色々な声が上がる中、シンは涼しい顔で生徒達を見やると、そろそろ頃合いかなと思い、パンッと両手を叩いて生徒達を黙らせる。
「皆さんも色々ご不満があるようなので、ここは実技で何故無駄なのかを実証しましょうか。戦えば、その理由がわかりますよ。今から試合を行います。人数は、そうですね、生徒の皆さんは五名一組で私一人と対戦していただきます。ルールは皆さんは1度でも私に攻撃をあてられたら勝ち、私は、皆さんを昏倒させるか、その武器を払い落したら勝ちとしましょう。ちなみに皆さんは魔法あり、私は魔法なしとします」
そこまで聞いて、生徒達は更にざわめきを大きくする。明らかに有利な条件であり、あの生意気な冒険者風情をコテンパンにできると、特に貴族の子息達は息巻いている。ニックは少しサービスしすぎではとシンを心配そうに眺めるが、シンは問題ないと涼しい顔で首肯すると、ニックは思わず苦笑いを浮かべる。
「ではニック先生。今回の試験の審判をお願いしたいのですが、よろしいですか?」
「うむ、任されよう」
ニックは鷹揚に頷き、了承する。
「ではまずどなた達から対戦されますか?」
すると生徒の人だかりの中から、貴族の子息と思しきメンバーが前に出てくる。
「俺たちが相手をしてやる」
中央でそう言ったのがこのメンバーのリーダーなのだろう。他のメンバーはリーダーの少し後ろに下がって、事の成り行きをニヤニヤ見つめている。ニックは少しだけ苦い顔をすると、そのリーダーに言う。
「おい、ケイン。先生に向って相手してやるとはなんだ、礼がなっとらん」
すると後ろの取り巻きから、それに対して嘲笑の声が上がる。
「俺たちはまだ、そいつを講師と認めてない。今ここでコテンパンにすれば、さっさと逃げてでていくんだ。フロイセン公爵家に楯突いたらどうなるかを思い知らせてやるのさ」
「ニック先生、まあいいでしょう。時間の無駄ですので、さっさと始めましょう」
シンにそう言われて、ニックは貴族子息グループを一睨みした後、フッと息を吐いて、審判位置につく。
会場は正方形石版が敷き詰められた檀上内で行われる。檀上から落ちても反則ではないが、基本その範囲内で行動する事が確認される。そして双方が開始位置について、いよいよ試合が開始する。
「それでは用意、始めっ」
ニックの声が、高らかに響き渡る。シンは開始位置から動かず、腰の剣も抜かずに手を組んで立っている。貴族子息達は連携もせずに、それぞれバラバラに動き出すと、恐らく脚力の身体強化をした生徒が一気に迫ってくるとその剣を振り上げシンに切りかかる。シンはそれを一歩横にずれて左足だけ残して躱すと切りかかった生徒は、足に引っかかり見事に転んで、武器を手放す。
「ベン・フロイズ、アウト」
ニックの声が一名、脱落を告げる。
「ちっ、馬鹿が」
ケインが仲間に向って悪態をつく。今度は二名、シンの左右から同時に仕掛けてくる。共に上段からの袈裟切り。シンは今度はバックステップで一歩下がる。するとシンが立っていた場所に剣が振り下ろされるのを見ると、その手首に手刀を落とすと、二人は堪らず剣を落とす。
「マルク・シュバイン、レイル・ガッチェス、アウト」
シンはそこでようやく開始位置から動き出す。シンの狙いは、火球の魔法を放とうとしている生徒。生徒は魔法を完成させるとシンに向けて火球を放つ。シンはあえて射線上にいたが、放たれたと同時に、一歩だけ横にステップを踏み、シンの脇を火球が通り過ぎる。生徒はすぐさま次の魔法を準備しようとするも、既にシンが目の前にいて、シンが首筋に入れた手刀で昏倒しその場に崩れ落ちる。
「リカルド・ドーソン、アウト」
ケインはドーソンに狙いをつけたシンが、それを攻撃したタイミングを狙っていた。狙い通りその背後に立って腕力の身体強化を使って、その剣を振り下ろすスピードを上げて、シンに向って一気に振り下ろす。
『勝った』
味方を捨石にして狙った手だ。ケインは、勝利を確信した。けどシンはそれを一歩前にステップしただけでやり過ごす。
「なっ」
躱されると思っていなかったケインは、その剣を地面に叩きつけてしまい、その反動で手が痺れて剣を手放す。
「ケビン・フロイセン、アウト。勝者シン」
シンは微塵も疲れた素振りを見せず、ニックに向って笑顔を返した。
 
 




