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亡国の公子と金と銀の姫君  作者: あぐにゅん
第2章 銀の姫
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第17話 銀の姫

その後は正直大変だった。シンとセシルの元には我先にとダンスを申し出てくる人達が殺到した。


シンは、その綺麗な所作から完全に独身貴族女性を虜にし、セシルは難航不落の王女殿下が、王族以外とも踊って貰えると期待を与えてしまった所為だった。セシルの方はアレクが機転を利かせて、颯爽とダンスへ攫ってしまったので、男性貴族ががっくりと肩を落とすだけで良かったが、シンに関しては、アレクは済まないという視線を送った後、貴族令嬢に囲まれてしまい、汗を掻いたからと控室にほうほうの体で逃げ込む迄は、大変な思いをした。


シンはまた捕まっては大変とばかりに、そこから迎賓館の庭の方へ身を潜めながら、移動する。


「このまま戻ったら、大変な事になるな」


シンは、正直、どの女性がどの立場でどう優先したらカドが立たないのか判断できない為、セシル以外とは踊る気がなかった。セシルはさすがに王族の為、優先したところでカドが立つ相手はほかにいない。でも貴族令嬢となるとそうもいかず、それにより余計なしがらみができるのも嫌だった。


ならばいっそ、全部エスケープしようと腹を決めると、このまま暫く外にて、ほとぼりが冷めたら、中へ戻ろう、そう思って庭を散策していく。


その夜は満月で月明かりのお陰でそれほど暗くない。庭は思いのほか広く、その奥には噴水と綺麗な花々が咲く花壇が広がっている。


シンは花壇の脇に腰を掛けると、そっと空を見上げて、星空を眺める。遠くにはダンスの曲がかすかに流れ、風が心地よく吹いている。なんとなくだが、シンは噴水のあるこの光景を見て、既視感を覚える。遠い昔、小さな少女の楽しげな声と共に綺麗な銀の髪が揺れるのが思い出される。


『なんだろう、懐かしいな』


シンは、普段、自分の過去を思い起こさないようにしている。それは過去から逃げているのかもしれない。向き合おうとしていないのかもしれない。それほどまでに重い過去であり、シンが中々前に進めなかった理由でもある。だから今こうしてここにいるのは、シンにとっては、予想外であり、自分の中でゆっくりと何かが動き始めたのかもしれないと思うきっかけでもあった。


そしてそのきっかけは金色の王女がもたらしたものである。最初は面倒事を持ってきた厄介な王女としか思っていなかった。その彼女は、何故だかシンに全幅の信頼を寄せてくれる。そして、シンはその信頼に応えなければいけない状況下に追い込まれる。むしろ応えたいと思っているのかもしれない。そう思わせるだけの何かを彼女は持っている。だからこそ、シンは前を見始めたのかもしれない。


シンがそんな取りとめのない事を考えていると、花壇の方から不意に人の気配を感じる。自分と同じように休みに来た人がいるのかと思い、そっとそちらの気配に顔を向ける。


そこには満月に淡く照らされた銀色の髪で銀色の瞳を持っつ、どこか儚げな少女が立っていた。


シンは、少女を見たとき、少女の目線が自分に合っていないような感じを受ける。でも少女の気配はこちらに向いている。そんな些細な違和感を感じていると、少女は静々と噴水の方に足を運んでくる。


「こちらでお休みになられているのですか?」


綺麗な声だった。セシルが凛とした華やかな声であるのに対して、彼女の声は透き通るようなそれでいて芯を感じさせるような声である。シンは質問に対して、失礼のないように答え、


「はい、今宵の晩餐会で人に当てられまして。満月が綺麗なので夜空を楽しみつつ、こちらで休ませていただいておりました」


シンはそう言って、少女の顔を見る。やはり少女の目線はどことなくシンを見ていない。少女はなんとなく戸惑いを感じているのを察したのだろう、少し笑みを浮かべると


「そうですか、今夜は満月なのですね…すいません、戸惑われていますよね。私、目が見えないのです」


シンは合点がいくとともに、失礼な態度をとってしまったと、謝罪する。


「申し訳ありません。失礼な態度をとりました」


「いえ、気にしないでください。生まれてからずっと見えませんので。そう言うものだと思っております」


少女は本当に気にしていないのか、笑顔でかぶりを振る。シンは少しだけ興味本位で少女に質問する。


「失礼を承知でお伺いしますが、目が見えない事でご不自由も多いのでは?」


「どうでしょう?目が見えたことがないので、何が不自由なのか比較ができません。幸い身の回りの事は周りのものがしてくれますので、そう言った意味では恵まれているのかもしれませんが」


シンは少女がそう言うと周囲の気配を探るが、今この場は彼女しかいないようだ。


「フフフッ。ここは私のお散歩コースですから、今は一人ですよ。とは言っても、暫くすれば、誰かしらが探しにくると思いますが」


「こんな夜分にお散歩ですか?」


シンは思わず危ないのでは、と思い声を出す。


「私の世界は、あまり昼と夜の垣根がありませんので。それにここは王宮内ですから、そう危険もないのですよ」


「重ね重ね申し訳ありません。そうですか。では散歩の邪魔をしてしまったようですね。申し訳ありません。そう言えば、まだ私の名前を申し上げておりませんでしたね。もしよろしければ、名乗らせていただいてもよろしいでしょうか?」


すると少女は、意外な事を口にする。


「ずーと昔にお名前はお伺いしました。覚えていらっしゃいませんか?…シン・アルナス様」


「なっ…どうしてその名前を?」


「私が子供の頃に1度だけ遊んでいただいた方のお名前です。私の名前はフィアナ、フィアナ・フォン・カストレイアと申します。カストレイア王国第二王女で、セシルお姉様の妹です。フィーという呼び名に心当たりがありませんか?」


シンは、そこで初めて先ほどの既視感の先にいた少女と目の前の女性が重なり合うのを感じる。


『フィー、一緒に冒険に行くぞ!』


『うん、シンと冒険する』


少年が少女の手を握って走り出すのが、光景として思い浮かんでくる。フィー、シンがその方がいい易いという理由だけで決めた愛称。


シンは、以前王都に来たことがある。それは父であるユーリ・アルナスの外交交渉に同行した時である。当時、まだ帝国の侵攻の無い時分、ユーリは積極的にシンを外の国々に連れて行っていた。王の間では国王とは初対面といったが、実はその時に1度だけ面識がある。この噴水になんとなく既視感があったのは、その際、王宮を冒険しようと歩き回った時に迷い来た事があったからだった。そう言えば、あの時出会った少女がいた。


「フィー、いやフィアナ。俺がここに迷い込んだ時にいた、あの時の女の子かい?」


「はい、思い出していただけましたか?」


シンはフィアナに対して懐かしさを感じると共に、焦燥感にもにとらわれる。これまでシンはただの冒険者として行動をしてきたのだ。それが、今この場で自分をアルナスだと知るものが目の前にいる事で、すべては露見する事に危惧を感じた。


「なぜ、君は俺の事をシン・アルナスだと思うんだい。そもそも目が見えないはずなのに?


フィオナはなぜそんな事を聞くのだろうと、コテンッと首をかしげて、


「私は目が見えない変わりに、その人その人を色で感じる事が出来るのです。シン様の色は暖かい色。私がお母様やお姉様以外で初めて心から安心できる色を持った方ですから。間違えるはずがありません」


フィアナはそれは当然とばかりに、はっきりとした口調でそう答える。シンはそう断言されると二の句を告げられず、押し黙る。


「シン様、シン様は今、アルナスの姓は伏せられていらっしゃるのですか?」


フィアナはこちらの考えを把握したように、確認してくる。シンはもう言い逃れはできないと判断して素直に答える。


「はい、今はアルナスの姓を隠しています。ご存じかどうかはわかりませんが、私の祖国は帝国により滅ぼされました。その国の公子である私が生きているのは、色々と都合が悪いのです。ですので、できれば、このことはすべての方にご内密にしていただけるとありがたいのですが」


するとフィアナは、少しだけ茶目っ気を感じさせる表情を浮かべ、シンに話かける。


「シン様、お名前を秘密とさせていただくことは、承知しました。ですが、一つだけ、私のわがままを聞いていただけますか?


そう言って楽しげな表情を浮かべるのであった。


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