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亡国の公子と金と銀の姫君  作者: あぐにゅん
第2章 銀の姫
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第16話 恩賞授与式と晩餐会

「ヤンセンの冒険者、シン。参られい」


シンは名前が呼ばれると王の間の中央の赤いカーペットに踊り出る。そしてそのまましっかりとした足取りで国王の前までたどり着くと、綺麗な所作で片膝をつき、臣下の礼をとる。カストレイア国王が中央に、その左隣に第一王子アレクと第一王女セシルがならんで座っている。右隣には宰相のテオドールが立ち、その進行役を担っている。


国王は過去何度か同じように冒険者に対して恩賞を下賜した事があるが、彼らは当然、王宮での所作を身に付けた事がない。なので大抵は、付け焼き刃の為、その所作はぎこちなくなる。ただ目の前の青年はそんなぎこちなさは一切見せず、その綺麗な所作は、下手な若い貴族よりも余程慣れているように見えて、目を見張らせる。それは第一王子も同じような感想を抱いたが、ただ一人セシルだけは、得意げに嬉しそうにシンを見ている。


シンはそこまで顔を伏せたまま国王の尊顔を拝しておらず、そのままの姿勢で名乗りを上げる。


「ただ今ご紹介に預かりましたヤンセンの冒険者ギルド所属、シン、参上つかまつりました」


「うむ、苦しゅうない、表を上げい」


王より直々にそう言われ、そこで初めて顔を上げる。黒髪、黒い瞳で、整った精悍な顔立ちをしている。王はどこかで見たような既視感を覚えると、つい予定にない言葉が出てしまう。


「その方、以前、どこかで会った事は無いか?」


そこで少し会場がざわめく。本来、冒険者と公式の場で直接会話をする機会などない。あくまで儀礼的な進行に終始するものである。それが国王自ら声を発するなど、異例の事である。


「誠に恐れながら、発言する事をお許し下さい。私めは一介の冒険者にすぎず、国王陛下の御前にて拝謁する機会など本来あるはずの無いものでございます。今回、このような機会をいただき、恐悦至極の事と存じております」


「いや、よい。黒髪、黒い瞳と珍しき故、詮無き事を申した。大臣、先へ進めい」


王自身も意外な事をしたと理解しており、早々にその言を引っ込める。


「はっ、それではかの冒険者シンに関しまして、此度、アーガス帝国の陰謀により窮地に陥りました第一王女セシル王女殿下を二度にわたり、お救いしたとの功績を称え、白金貨1枚を王家より下賜する」


進行役のテオドールがその恩賞について声を上げると、そこで再び会場がざわめく。


この世界の通貨は銅貨・銀貨・金貨・白金貨と4種類あり、それぞれがそれぞれの100倍の価値換算となっている。白金貨であれば、銅貨の1億倍の価値となる。本来平民であれば、手にする事の出来ない貨幣であり、貴族であっても下級貴族であれば、手にするものもほとんどいない程の貨幣である。


それが一介のの冒険者に下賜されるという事は、それだけ今回の事が評価されての事である。


「はっ、ありがたき幸せ。謹んで頂戴つかまつります」


シンにしてみれば、ここまでは予定通りである。宰相との事前交渉時に爵位は求めなかった為、予定通り、金一封となっただけの事である。そこで再び国王がシンへ話かける。


「冒険者シン、その方貴族への爵位を断ったそうじゃな」


「はっ恐れながら申し上げます。現在私のおりますヤンセンの町に対して愛着がございます故、そこを離れる事かなわず、また、私の如き学無きものに、貴族など勤まるとは思えず、謹んで辞退つかまつりました」


「ふんっ、冒険者は皆そのような事を言う。まあ良い。これは王としてではなく、娘を持つ父としての言葉じゃ。娘を助けてくれ大義であった。礼をいう。今宵は娘の無事帰還を祝う宴を催す。その方も参加し、楽しむがよい」


「ははっ、ありがたき幸せ。謹んでお受けいたします」


シンはそう言うと頭を下げ、深く平伏した。そうすると会場は喝采を持って沸き立ち、その光景を見て何よりセシルがうれしげな表情をしていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


シンの恩賞下賜はこうしてつつがなく閉会した。その後、会場を移し、王宮内にある迎賓館にて舞台は晩餐会へと移る。


シンは会の冒頭、娘を助けた英雄と国王より紹介されると、再び喝采を浴び、あちらこちらと貴族やらその令嬢から声がかかる。シンはそれを失礼のないように丁寧に応対している。暫くたってシンの周りの取り巻きへの挨拶が一段落ついた頃、セシルが少し不満そうにシンの元にやってく。


「シン様、漸くお話できる機会に恵まれましたわ。シン様の周りにはいつも人だかりで、なかなか近寄れませんでしたので」


シンとしては好きで囲まれていたわけではないので、その不満を言われともと思わず苦笑をし、言葉を返そうとしたところ、別の人物からフォローが入る。


「それをシン殿に言われても、彼が困ってしまうよ、セシル」


「アレク兄様。でもですね、シン様は私を助けていただいたお方ですので、もう少し、私の傍にいていただいてもいいのではないかと思うのです」


「ハハハッ、わかったわかった。失礼シン殿、王の間でも会ったが改めて挨拶をさせてもらおう。セシルの兄でこの国の第一王子のアレクだ。この度は妹の窮地を救ってくれて感謝する。このように奔放な妹だ。無理のない範囲で付き合ってやってくれ」


アレクはそう言って、右手を差し出し握手を求める。シンもその握手に笑顔で応じる。


「こちらこそ、改めましてヤンセンの冒険者のシンと申します。セシル王女殿下には大変良くしていただいております。何分このような場所には不慣れな為、貴族の方がたに失礼のないようにとするだけで、精一杯でしたので、御挨拶が遅れたこと、お詫び申し上げます」


そう言って、謝罪する。アレクはかぶりを振って、


「それこそ気にするな。君は当代でもきっての金持ちにもなってしまったのだからな。貴族・諸侯には囲い込みたい奴もいるだろう。まぁ、一つだけ助言をするのであれば、変な女には充分、気を付ける事だな」


アレクはそう言うとニヤリとセシルにからかうような視線を送る。


「お兄様、シン様はお兄様とは違って、多くの女性と浮名を流すようなことはございません。ねえシン様」


シンは微笑を張りつかせて、その場をやり過ごす。アレクは意に介したところもなく屈託なく話を続ける。


「セシル、それは手厳しいね。それに浮名と言っても噂だけで、実際には少し話をしただけでも噂が広がるのだから、それはもう王族の宿命といったものだね。まあシン殿は、普通の冒険者よりも洗練された感じがするから、本当に熱を上げる令嬢がいるかもしれないけどね」


実際にシンと話にきた令嬢で何人かは、熱っぽい視線を送ってきており、シンの今後の予定を聞いてくる令嬢もいた。セシルもそれは遠目から見ており、シンがあくまで社交辞令として応対しているのを見ていて、少し安心したりもしている。


「ならば、私がシン様の虫除けになりますわ。シン様、事前にダンスを習われていらっしゃったと聞いていますが、もしよろしければ私と踊っていただけませんか?」


セシルとしても折角シンの傍にこれたのである。また離れてシンが狙われるのは不本意である。そうこれは人助けよ、などと言い訳じみた事を思いつつ、頬を少し赤らめながら、シンをダンスに誘う。アレクもそんなセシルを微笑ましそうに見やった後、助け舟を出すように、シンにお願いする。


「シン殿、セシルがこういう場で私や国王以外のものと踊ろうとすることは珍しいことでね。もし、君さえ差支えなければ、踊ってやってくれないか?まあセシルがいる限りは、貴族令嬢は近づいてこないだろうからね」


こうなるとシンは断る術を持たず、セシルの前に立ち、腰を折って手を差し出し、


「王女殿下、私めと踊ってはいただけませんか?」


と言って、セシルをダンスに誘う。するとセシルは優雅な所作でそれを受け


「勿論、お受けしますわ、シン様。」


そう言って、シンの左隣りに立ち、そっとその腕を組む。会場の音楽が丁度終わり、次の曲に移るタイミングとなった為、ダンスホールの中央までシンはセシルをエスコートし、曲が始まるのを待つ。


「シン様、踊りの方は大丈夫ですか。もし不安でしたら、私がリードいたしますが」


「多分大丈夫だよ。式の前の五日間でみっちりしごかれたからね」


シンは余裕のある笑みを浮かべそう返答すると、音楽がスタートする。周囲の観衆は王女セシルが王族以外の男性と踊りを踊っている事に注目するが、ただ相手が窮地を救った冒険者であることで、そのダンス自体には懐疑的だった。


ただ、実際に踊り始めるとその冒険者のリードは秀逸で、優雅な所作で、より一層の注目を集めていく。セシルもシンのリードがすごく踊りやすく、それでいてやはりこれまでのように優しい印象を感じて、自然と顔を綻ばしていく。


「シン様、本当に初めて踊りになるのですか?すごくお上手です」


「ありがとう、でもそれはセシルが上手だからだよ。だから自然と引き立てられる」


シンは会場の喧騒もあるので、公式の場ながら、あえてセシルと名前をいい、セシルをほめる。セシルは、そう呼ばれる事で一層うれしげに目を細め、楽しそうな表情を浮かべる。音楽が終わるまで二人は楽しげにダンスを披露し、曲が終わると会場中から喝采を持って迎えられるのだった。


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