第9話 メルの救出
シンが勝手口を抜けて、屋敷の2階の探索を始めようとしたときである。3階の奥の部屋だろう個所から轟音が鳴り響く。
シンはあわてて脇にある明かりのついてない部屋に転がりこみ、ドアに耳をあてる。
『ちっくしょう、これからいいところだってのに。何があった』
とドアの向こうから声が聞こえる。足音は2つ。どうやら明かりのついていた2階の奥の部屋から出てきたらしい。
どうやら屋敷にいた連中は3階の騒ぎで、そっちに意識が集中しているようだ。シンはこの騒動の起こした人物に心あたりがある。草原エリアと同じパターンだ。
恐らくセシルには草原エリアでの襲撃の時と違い、思惑があるのだろう。さすがに現状を理解していないと言うことはないはずである。
現状、屋敷の人間がそちらに集中している以上、先にもう一人の人物を確保したい。
シンはそう思い、2階廊下に気配がなくなったのを見計らって、廊下に出るとすぐに、一番奥の部屋へ入る。中に入るとベットの上で手を縛りつけられているメルの姿が目に入る。
「メルさんっ」
シンはあわててベットに駆けより、手枷を外す。メルは真っ赤になりながら、慌ててはだけた寝着を手前で重ね合わせると一言、
「シン君、見た」
とじっとりした目でシンを見上げる、シンはあわてて両手を手前で振り、
「嫌、自分も動転してまして、見てないです。ホント、見えてないです」
と大慌てで否定する。メルは普段の冷静なシンとはうって変わって、大慌てなシンを見て少しだけ笑みを浮かべると、顔を俯かせて、その目から涙をこぼし始める。
「怖かった…」
と一言つぶやいた。シンは来ていた外套をそのままメルの方にかけてあげると
「メルさん、お気持ちはわかりますが、今は動かないといけません。動けますか?」
そう声をかけて、メルを立ち上がらせようとするが、足に力が入らないのかその場に座り込んでしまう。
「駄目、シン君力が入らなくて…」
「大丈夫です。ちょっと失礼しますね。」
と言うと、メルをそのまま抱きかかえる。俗に言うお姫様抱っこである。メルは目の前にシンの顔が突然近くに現れて、恥ずかしさを感じるが、今は急がないといけないと、思い直し、テレを押し隠しながら一言、
「よろしくお願いします」
とか細い声で返事をするのだった。
シンはメルを抱きかかえたまま、そのまま廊下に出ると身体強化を使って速度を上げる。今の状況では注意がセシルに集中している以上、まず見つからない。
急ぎメルを外まで連れ出し、セシルの元へ向かわなければならない。
シンに抱きかかえられたメルは、周りの景色がすごい勢いで通り過ぎていくのにびっくりしながらもシンの胸元にしがみ付き、じっとする。
シンは、最初と同じように勝手口から外に出ると、そのまま真っ直ぐ外周の壁まで走り抜け、そこで一気に跳躍する。メルは自分の体が浮かび上がる感覚に思わず声あげる。
「きゃっ。何、跳んでる?跳んでるの?」
すると今度は、外周の壁を越えたところで、落ちていく感覚にびっくりする。
「シン君、落ちてる、落ちてるよー」
シンはそのまま外周の外の道にスタッと着地する。勿論、メルに落ちた衝撃が行かないように注意してである。
メルの方は上ったり、下がったりのこの状況に呆然としている。
すると屋敷の外で待機していた冒険者の一人がシンに気が付いたのか、シン達の方へ駆け寄ってくる。
「おーい、今飛び越えてきたのって、何だシンじゃねーか。え、メルさん?」
その冒険者はシンがメルを抱きかかえているのにびっくりする。シンはメルを降ろして、立ち上がらせると、
「済まない、メルさんを頼む。俺は、また屋敷に戻るから、ハワードにそう伝えてくれ」
「メルさんの事はわかったが、いやシン、屋敷に戻るって…」
そう言ってシンを問い詰めようとする冒険者を無視して、シンは壁から少し離れたところへ移動するとそこから加速して、先ほどと同じように一気に壁を飛び越える。
「あいつ、なんちゅー脚力してんだ…」
呆ける冒険者を尻目にメルはシンの飛んでいった方を眺め、違う意味で潤んだ瞳を輝かせながら、頬を赤く染めて呆けていた。




