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右隣  作者: 式部雪花々
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-3-

個室のトイレじゃなくて外のトイレに行く事も考えられなくもないけれど、


布団に温もりがないという事は・・・個室の外のトイレに行ったにしては


随分時間が経っている。




私はすぐに夜勤のナース達に知らせ、手分けをして陸を探した。


だけど陸は病院内のどこにもいなかった。




どこに行ったんだろう・・・?




病院内にもいない、近くのコンビニにもいなかった。


後は・・・実家か陸のアパート。


私は陸の実家に電話をし、アパートの方にも見に行ってもらった。


だけどやっぱり陸は帰っていなかった・・・。




今日で退院といってもまだ安静が必要なのに・・・。




一体どこに・・・。






陸がいなくなってすでに2時間が経過しようとしていた。


病院には陸の家族も駆けつけた。




・・・陸・・・陸、一体どこへ行ったの・・・?




「昨日、近藤さん変わった様子はなかった?」


私と一緒に夜勤に入っているナースが急遽、


日勤だったナースに電話で連絡を取っていた。




変わった様子・・・。




変わったと言えば・・・私の事を思い出した事?


それ以外に思い当たらない。




私は陸が行きそうな場所を一箇所だけ思い浮かんだ。




「私・・・っ!ちょっと、行ってきます!」




私の事を思い出してそれが原因で病院を抜け出したとしたら・・・


多分、あそこだ・・・!






私は急いでタクシーに乗り、ある場所で降りた。




私と陸の思い出の場所・・・。




お台場海浜公園。




私と陸が初めてデートをした場所だ。




そして・・・




陸と最後にデートしたのもここだった・・・。






「・・・陸・・・どこ・・・?」




「・・・結子?」


後ろから陸の声がした。




やっぱり・・・ここにいた。




私はゆっくり振り返った。




「結子っ。」


陸は私に近づき・・・そして肩を抱き寄せた。




「体・・・冷えてる。」


陸はパジャマの上に上着を着ているだけの格好だった。




この格好でずっとここにいたの・・・?




4月も半ばを過ぎたといっても明け方近く・・・


しかも、こんな海風の強い場所にずっといたら・・・。




私は自分の上着を陸の肩にかけようと、体を離そうとした。


だけど陸にしっかりと肩を抱かれていて離れられない。




「私の上着・・・羽織って?風邪ひいちゃう・・・。」


「大丈夫。」


「だって・・・こんなに体が冷え切ってるじゃない。」


「大丈夫だから。」




「・・・もぅ・・・。」


私は陸の冷えた体を温めようと背中に手を回して擦った。


だけど、あの頃よりも広くなった背中は私の手だけじゃ


なかなか温まりそうにはなかった。




「どうして・・・病院を抜け出したりしたの?」




「だって・・・こうでもしない限り、結子はまた俺の前からいなくなってただろ?」




「・・・。」




「俺が退院したら・・・それっきりになる。」




そうだね・・・。




「いつから・・・気付いてたの?」




「結子と再会した次の日。」




そんな前から・・・?




「再会した日の夜、思い出したんだ・・・それで・・・


 中庭を一緒に散歩してる内に段々、結子だ・・・て確信していった。」




「・・・そう・・・だったんだ。」




「どうして・・・俺に何も言わずに姿を消したんだ?」




10年前のあの時の事も思い出したんだ・・・。




「俺の事が嫌いになったから?」




違うよ・・・。




私は首を横に振った。




「じゃ・・・どうして・・・?」




ホントの事なんて、言えるワケがない・・・。




「・・・結子、答えてくれ。」




「・・・。」




言えないよ・・・。




「・・・聞かないで・・・。」


私は震えそうになる声を押し殺して、それだけ言うのがやっとだった。






しばらくの沈黙の後、思いがけない言葉が陸の口から出た。




「・・・わかった・・・、結子が言いたくないなら無理には聞かない・・・


 そのかわり・・・、俺のところに戻ってきてくれ・・・。」




「・・・っ!」




・・・そんな事・・・できないよ・・・。




「無理だよ・・・。」




「なぜ・・・?」




「・・・だって・・・陸の前から勝手にいなくなったのに・・・。


 そんな都合のいい事できない。」




「だったら・・・ちゃんと、あの時どうして俺の前からいなくなったのか


 理由を言って?・・・じゃないと俺は納得できない。」




「・・・それは・・・」




「・・・結子、俺は結子が突然いなくなった事を怒ってる訳じゃないんだ。


 ただ・・・結子が俺のところには戻れないと言うなら、ちゃんと理由が知りたい。


 ・・・そして、ちゃんと結子の事を諦めたいんだ。」




・・・ちゃんと諦めるって・・・?




「俺はまだ・・・結子の事が好きだ。」




「・・・え・・・?」




「・・・だから、結子が俺のところに戻ってきてくれるなら・・・


 これからずっと俺のそばにいてくれるなら・・・それだけでいい、


 何も聞かない・・・。」




「・・・陸・・・。」


この10年間、私の右隣はずっと空きっぱなしだったワケじゃない。


何人かの人と付き合ってきた。


だけど、どの人とも上手くいかなかったのは、いつも陸とその人を


自分でも気付かないうちに比べていたから。


そして本気になれずにいた・・・。




私もまだ・・・陸の事が好き・・・。




だから、こんなに心が揺らいでいるんだと思う。


言おうか・・・言うまいか・・・。




陸のところへは正直、戻りたい・・・。


言いたくないなら無理に言わなくていいと言ってくれた陸の胸に


素直に飛び込んでしまえばそれでいいのかもしれない・・・。


だけど・・・それはフェアじゃない。


このまま戻ったとしても・・・私はまた“何か”あった時に


きっと逃げてしまう・・・。




ちゃんと話して、それで陸が私の事を嫌いになるのなら・・・


その方がお互いすっきりするのかもしれない。




「・・・あのね・・・陸・・・実は・・・あの時・・・、


 私・・・子供が出来てたの・・・。」




「・・・えっ!?」


陸は予想してた通り、ものすごく驚いていた。


私を抱きしめていた腕の力が少しだけ強くなる。




「それって・・・もちろん、俺の子供・・・だよな?」


「うん・・・。」


「どうして言ってくれなかったんだよっ!?」


「だって・・・言ったら陸・・・大学行くの止めてたかもしれないでしょ?」


「だからって・・・っ。」


陸は少し掠れた声になった。




「それで・・・今、その子と暮らしてるのか?」




「ううん・・・。」




「じゃ・・・その子はまだ、福岡にいるのか?」




「違うの・・・結局ね、その子供は・・・流産しちゃったの・・・。」




「・・・っ!?」

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