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右隣  作者: 式部雪花々
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-2-

「宇田川さん・・・。」


「はい。」


病室を出ようとした私を陸が呼び止めた。




「また・・・中庭に連れて行ってくれるかな?」




嫌・・・とは言えないよね・・・。




「はい、いつでも声を掛けてください。」


私がそう言うと、陸は嬉しそうな顔をした。






それから二週間、雨の日と私が夜勤の日以外のほぼ毎日。


陸は私にお昼過ぎから中庭へ連れて行って欲しいと言った。


だけど・・・初日のように私の事を聞いて来る事はなくなった。


もっぱら世間話。




考えてみれば、今までだって年齢や下の名前を


聞いてくる患者さんは普通にいた。


何も特別な事じゃない。




それに陸ももう考え込んでいるような表情は見せなくなった。


私の事は勘違いだと思い直したのだろう。




・・・それでいい。




たとえ、それが間違っているとしても・・・。


その方が陸にとってきっといいから・・・。




陸は後3日程で退院できると担当医が言っていた。




後、3日・・・後、3日の間に陸が何も思い出さなければ


このまま、ただの患者と看護師でさよならできる・・・。






陸が退院する前日の夜。




夜勤に入る事になっていた私は、ナースステーションで


日勤の看護師から申し送りを確認し、陸の病室に行った。




「近藤さん、お薬でーす。」


私が薬を持って病室に入ると、


「こんばんは。」


と陸はにっこり笑った。




「今日は夜勤?」


「はい。」


「そういえば宇田川さんて、ずっとここでナースやってるの?」


私は陸の質問に少しドキッとした。


でも、この質問に正直に答えたとしても陸はきっと気付かない。


だって・・・間違った記憶のままだから・・・。




「ここには近藤さんと初めてお会いした前の日に来たんですよ。」


「へぇー、その前はどこの病院だったの?」


「福岡市内の病院です。」


「福岡・・・?、・・・都内じゃなくて?」


陸は不思議そうな顔をした。




「えぇ、看護学校からずっと福岡市内にいました。」


「・・・ナース歴何年?」


「それ言ったら、だいたいの歳がバレちゃうから言いません。」


「ちぇっ、なかなか引っ掛からないなー?」


「あはは、そんなんじゃ引っ掛かりませんよ。」


私はクスリと笑った。


すると陸は急に私の腕を掴み「・・・ゆうこ。」と言った。




・・・え。




私は瞠目したまま動けなかった。




「宇田川さんの下の名前って『結子』さん・・・じゃない?」


陸は真剣な表情で私の顔を覗き込んだ。




・・・陸・・・思い出したの・・・?




私は何も答える事ができないでいた。




「“結ぶ子”って書いて『結子』・・・違う?」


陸は私の腕を掴んだまま離さないでいる。




漢字まで思い出したの・・・?




「俺の記憶が確かなら・・・歳は俺と同じ28歳。」


黙ったまま何も答えない私を見つめながら陸はさらに続けた。




「高校も俺と同じ『都立S高』で実家は・・・」


陸がその続きを言いかけたとき、急患を知らせる院内アナウンスが流れた。


医師と看護師達だけにわかるアナウンス。




「・・・あ・・・私・・・行かなきゃ・・・ごめんなさい・・・。」


私は陸に掴まれている腕をゆっくりと引っ込め、


逃げるように病室を出た。


だけど・・・本当は脳外科の急患じゃない。


とりあえず私は行かなくていいのだ。




陸・・・私の事、思い出した・・・?




名前も漢字も年齢も出身高も・・・そしておそらく、実家の場所も・・・。




“俺の記憶が確かなら”・・・陸はそう言った。




だけど・・・陸は明日のお昼に退院する。


このまま、上手くかわしていれば大丈夫・・・きっと。






消灯時間。


各病室を見回って確認。


急変した患者さんがいないかどうか、ちゃんとベッドに入って


横になっているかどうか・・・など。




大部屋から順に見回って最後は、陸の個室。


ドアの隙間から灯りは漏れていない。




ちゃんと寝ているみたいだ。




そーっとドアを開け、病室の中を覗くとベッドの中で陸は目を閉じていた。


少しだけ近づいてみると小さな寝息が聞こえた。


よく眠っているみたいだ。




私はそのまま病室を出てナースステーションに戻った。






深夜。


私達夜勤のナースはもう一度病室の見回りに行く。


この見回りで何もなければ朝まではわりとゆっくり仕事ができる。




だけど・・・消灯時間に寝たと思った患者さんが


起きて本を読んでいたり、夜食を食べていたり、中には病院を抜け出して


近くのコンビニに行く人までいる・・・。




案の定、今日も数部屋ある大部屋の内、一部屋の患者さんが夜更かしをしていた。




他の大部屋はみんなおとなしく寝てるのにー。




「お願いですから、ちゃんと寝てください。」


「えー、もう少しだけ。」


「今、何時だと思ってるんですか?」


「消灯時間が早すぎるんだよー。」


「皆さんは何の為に入院してるんですか?


 病気や怪我を治しに来てるんですよ?」


全員を寝かしつけるのがまた一苦労・・・。


まぁ、これも仕事の内だけど・・・。




「はーい、わかりましたよー。」




そんな大部屋の患者さん達のおかげで陸の病室まで回るのに随分時間がかかった。


陸は病院を抜け出したりするような人ではないけれど、


一応、ちゃんと見ないとね・・・。




懐中電灯の灯りを直接当てないように陸のベッドを間接的に照らす。




・・・あれ?




陸が・・・いない・・・?




私は慌ててベッドに駆け寄った。




やっぱり、いない・・・。




あ・・・トイレかな?




そう思って個室の中のトイレのドアをノックしてみた。


だけど何も反応がない。


そもそも灯りすら点いていない。




「近藤さん?」


私はもう一度ノックして呼びかけてみた。




「近藤さん、開けますよ?」


トイレのドアを開けて中を確認した。


だけど、やっぱり中にはいなかった。




どこへ行ったんだろう?




ベッドの布団に手を当て、温もりがあるかどうか確かめた。




冷たい・・・。

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