おもちゃ箱からこんばんは!ケルト人形と眼鏡男子のホットケーキづくり
「アリス…目覚めなさい…目覚めなさいアリス…」
「んむにゃ…なぁに…」
まるで母親のようなおおらかで優しい天の声が、アリスという名のお人形を目覚めさせる。夜もすっかり更け午前零時。
アリスはとってもキュートなキルト人形!マロンブロンドに桃色のロリータが可愛らしい!
けれど、ずっとおもちゃ箱にしまわれていたのか、埃まみれのボロボロ…
それでもアリスは想い続けていた。またあの頃のように持ち主と楽しく遊ぶ毎日を…何日も何年も、それを望んでいた。
「あれ…あたし動ける…?」
「愛おしいアリス…」
「どうしてあたしは動けるの…あなたは誰?」
「あなたの強い気持ちが私を生み出し、あなたにおまじないをかけたの。アリス、あなたは魂を持ったのよ」
「ほんとに!」
「ええ。けれどそれは今宵の夢…朝日が昇れば、貴女はまた元のお人形に戻ってしまう」
「うそ!いやだよそんなの…!」
「どうかわかって…人形に魂を宿すことは、本当ならあってはならないことなの」
「そんな…あたしこれからどうしたら…」
「思い出してアリス、あなたの望みを叶えた願いを。きっとすぐ元気いっぱいになるわ。かつての約束を…」
ふと、胸のあたりから煌めきを放つアリス。
やがてそれは広がり淡い橙色の灯りのようになって、アリスをあたたかく包み込む。
「ああ…そうだわ、伝えたい。いっぱいおしゃべりしたい!」
「そう…愛おしいアリス、どうか悲しまないで。元気に明るくなって、まわりを照らして…」
そう言うと、天の声はもう二度と聞こえなくなった。
「あたし、行かなくちゃ!お外の世界もおしゃべりも楽しみだけど…伝えたいこともあるの!」
アリスは、かつての約束を胸に決意した。
そして、遂に箱の外へ飛び出して…
………ーーー
AM2:00
眠れない男がそこにいた。彼の名はタクマ。最近は少し夜更かし気味。
カタカタとパソコンのキーボードを操作して、インターネット小説を書いている。どうやら彼の趣味らしい。
疲れたのか、眼鏡を外し瞼をギュッとする。
「はぁ、なかなか捗らないな」
…バコンッ!
突然、後ろから音がした。
「わああああっ!!えっ!?」
おもちゃ箱の蓋が開いていた。箱の上に荷物等は置かれていなかったので、勢い良く乾いた音が響いた。
「ゆ、幽霊…」
タクマは酷くたじろぐ。
そんな彼の目の前に、お人形が降りてくる…タクマはそれを掌に乗せる。
「こ、これって…」
不思議とタクマは落ち着きを取り戻しつつあった。おもちゃ箱から漂い部屋を包み込む甘い香りが、彼の中の淡い思い出が、そうさせる。
香りに気付くよりも先に、タクマは頭の中のそれを掴もうとするも、靄がかかる。
「何だこれ…思い出せない」
「ん…ふにゃ…ふぁぁあ…」
お人形が欠伸をした。
「うおっ!?」
驚く声にお人形もまったりと応える。
「んぅ…おはよ」
「お、おっおはよ」
思わず返すタクマ。
「わぁ…ここがタクマの部屋ね?なつかし〜」
お人形が辺りを見回す。ケルト人形なのに滑らかで、でも自然な可愛らしい動きだ。
ふと、こちらに向き直すお人形。
「…あなたがタクマ!」
「君は…アリス。」
無意識にそう呼んだタクマは、小さな頃の記憶を蘇らせていた。
「えへへっ、久しぶり!」
「あの子から貰った人形…アリスって名前だった」
「そう!あたしアリス!あの子のお人形さんだったの!」
「まだ俺が小学生の頃だっけ、確か誕生日プレゼントにって幼馴染みに貰ったんだ。…けどあの子の名前が思い出せない」
「あたしも思い出せないの…」
「そうか…俺あの後すぐ引っ越さなきゃって離れ離れになったもんな。ん、この香りは…」
タクマは部屋中に甘い香りがするのを感じた。卵とバターと砂糖とワクワクの混ざった、心の落ち着く香りだ。
「ホットケーキの香り…そうだ!」
「んっ?タクマどうしたの?」
「あの子とホットケーキつくったことあるの思い出した!」
「あーっ!あったねあったね!」
「すごいダマダマで砂糖入れ過ぎのアマアマでっての憶えてる」
「えーそだっけ?すっごく美味しかったよ!」
「きっと子どもの舌だったからさ。園児の時だし。今食べると多分不味い」
「そんなことないよー!今食べても美味しいもん!」
「えー?」
「えへへ〜っ…楽しいね!」
「ああ…俺随分と独りぼっちだったからさ、余計楽しい」
「楽しいことに余計なんて無いよー!楽しいより楽しいなら、すっごく楽しいってことでしょーっ!」
「ふふっ、なにそれ」
「んも〜っ…くすくす」
充実した時間が続く。
「それでね〜」
「うん」
外が明るくなってきた所で、アリスがハッとする。
「っ!!」
「ん?どうした?」
「いけない!大事なこと忘れてた!」
「なんだい?」
「えっと、えっと…あわわわ」
今にも日が昇りそうだ。
「落ち着いて、ね?」
「うっうん。」
一呼吸置いてから、彼女が叫ぶ。
「…伝えたいことがあるの!もう一度!あたし、将来はたーくんのお嫁さんに…」
カッ!
眩しい朝日が差し込む。魔法が解ける約束の時間だ。
もう次の瞬間には、アリスは元のボロボロなケルト人形になっていた。
さっきまでの賑やかなひとときがまるで嘘のような、虚しい静寂が部屋を満たす。
「…ありがとう」
タクマは人形をそっと胸に当てる。
「想い出したよ。」
タクマは、優しく呟いた。
人形をそっと机に置き、おもむろに本棚を漁り始めた。幼稚園の卒園アルバムを取り出しパラパラとめくるタクマ。もう一度、あの子を探して。
「…あった。この子だ」
卒園アルバムを閉じ、元あった場所にしまう。
「後で電話かけてみよう。向こうは引っ越してないといいけど…」
もう一度、あの子の声に応えるために。
タクマは人形を持ち上げ、頭部を指で撫でる。
「こいつも綺麗にしてやらなきゃな」
あの子にあったら、この人形を見せるために。
この出来事をあの子に話して、また二人で笑いあって過ごしたいから。
「……そうだ!このお話を小説にしてみよう!タイトルは…」
おもちゃ箱からこんばんは!ケルト人形と眼鏡男子のホットケーキづくり
おしまい