妹は姉を思う
お姉様が学園の卒業式から帰って来た。
私付きの侍女が止めるのを聞かずに、私は部屋を飛び出し、階下へ向かう。
「お姉様、お帰りなさい」
晴れ晴れとした表情のお姉様に抱きつく。
「マルティナ、ただいま。あのね……私、王太子殿下に婚約破棄されたの」
ぎゅっと抱き返してくれて、とても嬉しそうに言ってきた。
「ほんとうに。もうお姉様が苦しむことはないのね」
腕から少し離れて、お姉様を見上げながら言う。
「ええ。お母様達にも言って来るわね」
心からの笑みを浮かべ、私の頭を撫でてお母様達がいる居間に向かっていった。
お姉様は知らないけど……家族公認のあの男がいるのよ。やっと紹介できそうね。
あの男には、お父様の友人であるディターレ侯爵家のパーティーで出会った。もちろん、お姉様も婚約者の王太子殿下と一緒に参加していた。
両親が挨拶回りをしている間、私は壁の花になっていた。
「はじめまして、マルティナ嬢。フォルクハルト・ディターレと申します」
振り返ると艶のある黒い短髪、シャンデリアによって輝く蒼い瞳。会場の女性達が放っておかないだろう整った顔立ちをしている。
ディターレ家は、代々外交官を数多く排出している。長男は王城に勤めており、今回のパーティーに不参加だったはず。となると、彼は次男だろう。ディターレ家は二人の男子がいるとお父様が話していたから。
「はじめまして、フォルクハルト様。ご存知かと思いますが、マルティナ・ダイスラーと申しますわ。私に御用ですか?」
「ああ。君の姉について聞きたいことがあって……」
「まぁ。お姉様なら、この会場にいらっしゃるわ。直接、聞いてみたらどうかしら?」
「それは……ちょっと聞きにくい内容なんだ。彼女は、婚約者に満足しているのかなと思って……」
フォルクハルト様は、困惑したような表情をしていた。
パーティーなどの行事でお姉様は、表面上笑顔で対応している。注意深く見なければ、彼女の顔が王太子殿下の隣で青ざめているとわからないだろう。
「どうしてそう思ったのかしら?」
「それは、彼女に一目惚れしてしまって。婚約者がいる身であるとわかっているけれど……思うだけならいいかなと遠くから見ていたら、表情が曇っているように感じたので」
お姉様の表情を見破ったのは家族以外で、はじめてだった。
私はフォルクハルト様と話してみて、とてもお姉様のことを思っている良い方だと感じた。けれど私の答えを聞いて、王太子殿下の不興を買うようなことをして欲しくないと思う。王太子殿下ではなく、彼がお姉様の隣にいたら…とありもしない未来を想像してしまったのだから。
「もし満足していないと答えたら、あなたはどうなさるおつもりなの?」
声に緊張を滲ませて、フォルクハルト様の目をしっかり見て質問する。
「どうもしないよ。僕は、今までどおり彼女を見守っている」
私の緊張を感じとったのか、私の目を見つめ返し、かたい声音で返事をしてくれた。
「そうなの……。お姉様は、婚約者に満足していないわ。私はあなたのお姉様の気持ち、応援するわよ。お母様達もきっと私と同じように感じると思うわ」
私は嬉しくて、自然と笑みが浮かぶのを止められなかった。
「ええと……ありがとう。でも、ご両親に僕を紹介するのは、早すぎないかな。遠慮しておくよ。今日は婚約者に満足していないって聞けただけで良かったから」
フォルクハルト様は、すごく動揺している。今にもこの場を立ち去りそうだ。だが、運は私に味方した。
両親の挨拶回りが終了し、こちらへ向かって来ているのが彼の肩越しに見えた。彼の腕をひっぱり、両親の元へ連れて行く。
それから両親も彼が気に入って、よく家に招くようになったのよね。
お姉様はまだ会ったことないから、会ったらどんな会話をするか楽しみだわ。