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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十一章 子爵令嬢は客をもてなす

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95.子爵閣下は宰相からの手紙に頭を抱える

 執務机に置いた封筒を前に、ニールはため息をつく。

 前にも似たようなことがあったな、と思いつつも、前回の方がまだ小さい悩みだったな、と重ねてため息をついた。


「ベルモント」

「はい、旦那様」

「お前は会ったのか? この人物に」

「はい。お嬢様と二人きりにするわけには参りませんので」

「で、どんな感じだ?」

「そうですね。王国騎士団の通信兵という話でしたが、兵士にしてはすこし痩せすぎでしょうか。事務官と言われても納得できます」

「そうだろうな。……通信兵、か」


 ニールは封筒を指先で弄ぶ。


 クリス・ディード。


 宰相閣下の肝いりで北の砦に派遣されてきたのは、兵士などではなかった。

 ウィスカ国王にいる数少ない宮廷魔術師の一人で、遠方との通信を得意とする銀二位の魔術師。対となる魔術師を王宮に配置しておけば、我が国程度の広さならさほど時間差なく通信を受け取れるという。

 王宮に残るのはドリー・マーシュという魔術師だという。

 今回はひとまず実験のための派遣だということだった。期間は一か月。結果を見て延長するかどうかを決める、と手紙にはあった。


 もちろん、眉唾物だと思った。

 この国はファティスヴァールと休戦中だからなのか、魔術師が少ない。

 魔術を学ぶための塔はファティスヴァールの王城にほど近いところにあると言う。王や王国の意向を完全に無視することはできないのだろう。

 自国と戦争中である我が国に、戦力ともなる魔術師を配置しないのも、そういう理由からだと言われている。

 だから、魔術師と言われてもいまいちピンとこない。何しろ、そういった理由で魔術自体が身近にないのだ。魔法を使える者自体がほとんどいない。

 魔具と言われるものは見聞きしたことがある。他国から持ち込まれるものは時折あるらしい。我が領の市や収穫祭でも見かけるが、呪い程度のものだとニールも思っていた。

 我が国の魔法に対する認識など、その程度がせいぜいなのだ。


 だというのに、我が領に魔術師が配備されるという。

 おそらく、北の動向を見据えたものだろう。ダンに聞いたが、やはり同じ理解だった。

 宰相からの手紙には、ベリーナ女王とその娘の話も書かれていた。

 女王がファティスヴァールの王の側室であることは周知の事実だ。二人の娘のうち女王の座を継がない娘が北にいることも、王太子殿下の妃として名乗りを上げていることも書いてあった。

 長い休戦状態が破られるかもしれない。それが、宰相の――ひいては国王陛下のお考えなのだ。

 我々も、覚悟を決めるときなのだろう。


「ベルモント」


 傍らに立つ家令を呼ぶと、年相応に刻まれた皺が幾分か伸びたように見えた。

 万が一の場合には、彼には娘たちの守り手になってもらわなければならない。領主たる我々はともかく、まだ若い娘や侍女たちは巻き込まれるべきではないのだ。


「これに目を通しておいてくれ」

「かしこまりました」


 手紙を手渡すと、ベルモントは素早く中身に視線を走らせた。


「このことは、お嬢様には」


 ニールは首を横に振った。


「機密を共有するのは少ない方がいい。私と妻、お前とダン。それから宰相夫人。妻には私から話す」

「かしこまりました」


 封筒に戻した手紙を家令から受け取ると、鍵のかかる引き出しにしまい込む。

 頭の痛い話ではあれど、放置してよい話ではない。

 秋には王国からの大門視察団が来る。フェリス王女殿下も臨席する予定とあった。他からの人の流入が最も多く、最も警戒すべき時期の来訪となる。

 警備体制は練り直す必要があるだろう。これもダンと相談しなくてはならない。

 ユーマに祭りの準備を手伝わせているが、そのおかげで多少は時間に余裕ができる。


「忙しくなるな……」

「さようでございますな」


 ベルモントはいつもの口調で応じる。嫌はない。


 それにしても……北の姫が我が国に向かっているという話と、その姫が実は王太子殿下の婚約者、という話。我が領ではまだ耳にしないが、時間の問題かもしれない。

 どちらも……ユーマにだけは耳に入れたくない。

 あの子がこれ以上傷ついた顔をするのを、見たくはないのだ。


「今後、王都への連絡はクリス・ディードに頼んでくれ」

「承知いたしました。お嬢様のお手紙もそう致しますか?」


 今まで片道十日かかっていた手紙が、三日もすれば返事さえ届くかもしれないのだ。事情を説明せずに返信を渡すわけにはいかなくなる。


「そうだな……適当にごまかしてくれ」

「ごまかされてくれますでしょうか」

「……さあな」


 我が娘は我が子ながら観察眼が鋭い。そういったところも気に入られた一因だったのだろう。

 娘の平穏な日常を願いながら、ニールはもう一つ深いため息をついた。

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