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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十一章 子爵令嬢は客をもてなす

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94.子爵令嬢は宰相夫人の客に翻弄される

「クリス!」


 部屋に入って来たリリーは、いまだに立ち尽くす客を見て駆け寄った。

 横に控えていたわたしのことには気がついていないらしく、両手でクリスの腕を掴んでいる。


「どうしてあなたがここにいるの」

「……リリー様」


 渋面のクリスがわたしの方に視線を向けた。わかりやすいアイコンタクトに苦笑いをしてしまう。

 リリーはすぐに気がついて、両手を離すと背を伸ばした。気まずそうに咳払いをするリリーがあまりに可愛く見えて、わたしは視線をそらす。

 だって、いつもすまし顔のリリーが頬を赤らめているなんて、とっても珍しいんだもの。

 ……なんて、舞い上がっている場合ではなくて。

 気持ちを切り替えてリリーに視線を向ける。


「リリー様はこのお方をご存知なのですね?」

「……ええ」


 やはり気まずそうに頷く。その様子から、あまり詮索はされたくないみたい。


 まだ公にはされていないとしても、リリーは表向きは宰相夫人。既婚者だ。

 私邸でもない場所で親族でも夫でもない男と親しくするのは、格好のネタになる。


 もちろん、我が家の使用人は口は堅い。

 ここにはベルモントしかいないけれど、他の者がいたとしても他所で吹聴することはない。

 母上の侍女も昔から仕えている気心の知れた者たちだけになった。我が家の話はもちろん、お客様の話だって漏らすものはいない。


「彼は……クリスはわたくしの幼馴染ですの。宰相様から人を寄越すと手紙でお知らせいただいてはいたのですが、まさかクリスが来るとは思わなくて……」


 そう言いつつリリーはちらりとクリスに視線を送った。当のクリスは険しい顔でわたしの方を向いている。

 ……何か気に触るようなこと、したかしら。


「ユーマ様。……あの、申し訳ないのですが、二人きりにしていただくことはできませんか?」


 リリーの言葉にわたしは目を見開いた。

 幼馴染とはいえ成人男性と、宰相夫人を密室で二人きりになどできるはずもない。


「リリー様、それは……」

「わたくしはここでは使用人です。使用人が面会に来た客と話をするだけなら、問題はありませんよね?」


 たしかに、この部屋を出てしまえばリリー様は宰相夫人ではなく、セリアと同じ使用人扱い。客に会うのにわたしの許可はいらないことになる。


「それでは、四阿でお話しされてはいかがですかな」

「ベルモント?」


 それまで沈黙していたベルモントが口を挟む。

 たしかに、庭であれば警備の者もいるし、密室に二人ということにはならない。

 気になれば警備を増やせばいい。人払いしておけば他の使用人の目には触れないだろう。


「それでよろしければ、後ほど四阿に茶をお持ちしましょう。お嬢様、いかがですか?」


 リリーの表情を見て、わたしは苦笑をしつつ頷く他なかった。


 ◇◇◇◇


 砦に送った使者が持ち帰った回答は、間違いなく本物の王国騎士団発行の通行証で、本人についても、お師匠様から配属の予定があるとの裏も取れた。

 今年新しく配属になった通信兵らしい。


 北の砦から王都まで、早馬でも五日かかる。北の大国との戦争中は、それでは間に合わないからと鳥を使っていたとお師匠様から聞いたことがある。

 我が国くらいの広さだと、一日で飛べるらしい。北の砦にも、山を降りた南の大門の方にも伝書用の鳥が配備されていたらしい。

 そして今も維持しているのだと。それにしては鳥の声なんか聞いたことがないのだけれど。

 ともあれ、その鳥を使えば、多少の手紙なら数日で届くとのこと。

 クリスはその世話係兼窓口といったところで、どちらかといえば文官寄りの立場らしい。

 今後はわたしや父上の手紙なんかもクリスに渡せば届けてくれるらしいの。そうなればフェリスとのやりとりに十日も二十日も待たなくてよくなる。

 それはとても嬉しいことなんだけど。


「……この、部屋の準備って……」

「なんでも兵舎の雨漏り工事のため、半分を閉鎖しているのだそうで、空き部屋がないそうです」


 そういえば、先日の鍛錬の時に話していたわね。ようやく工事に入ったって。

 こんなところに影響してくるなんて、思わなかったわ。


「それに、一月の間だけですから」


 そう、クリスの砦への配属はお試しなのだそうだ。一月の結果を踏まえて、延長するか他の施策に変えるかを決めるらしい。

 そうでなくとも数少ない通信兵なのだもの。辺境に置いておくのはもったいない、とわたしでも思うもの。

 結果が出るまでに、改修工事が終わっているといいのだけれど。


「……我が家の兵舎に空き部屋はあったかしら」


 しかしベルモントはほんの少し眉根を寄せた。


「砦の工事に合わせて、こちらの補強工事も頼んだので、空き部屋は資材置き場になっておりまして……」


 そうだった。どうせ職人を呼ぶなら同時期に作業してもらおうってことにしたのよね。


「わかりました。部屋を用意してもらえる? 場所は一番奥の客間でいいわ」

「かしこまりました」


 ベルモントを見送ってため息をつく。

 お師匠様からの指示だし、受けざるを得ない内容なのもわかっている。

 部屋は十分遠ざけた。普段はクリスは砦に出勤するのだし、朝食も別になるから顔を合わせる頻度もそう高くないはず。

 なるべく早く砦の修理を終わらせてもらって、砦に引き取ってもらわなきゃ。

 窓の外に目を向けて、四阿にいるだろう二人を思う。

 今頃何を話しているのだろう。

 任務のために政略結婚したリリー。彼女の幼馴染を送り込んで来た宰相閣下。彼女の夫の依頼と知ってやってきたクリス。

 それを、どう受け取ればいいのか……。

 目を閉じると、もう一つため息をついた。


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