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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十一章 子爵令嬢は客をもてなす

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93.子爵令嬢は客と会う

「それで、どうして客間に?」


 先を行くベルモントに声をかけると、ほんの少しだけ歩く速度が緩んだ。


「それがその、当家への客ではございませんで」

「それって……」


 館で働いている者を訪ねて来たのなら当人に直接取り次いでもらえばいいことで、家主を呼び出すことは基本、必要ない。

 それが必要だとしたら……我が家に逗留している客人への客。

 わたしの表情で察したらしく、視線を向けるとベルモントはうなずいた。


「はい、リリー様への面会をご希望されておりまして」

「身元は」

「王国騎士団の通行証をお持ちでした」

「……砦に使いを出してくれる?」

「すでに出しております。じきに戻るかと」

「リリー様へは?」

「まずはお嬢様にご連絡してから、と」

「わかりました。会います。リリー様をお呼びして。……他の者にはわたしが呼んでいるとでも言っておいて」

「かしこまりました」


 宰相夫人でもあるリリーはこのところ、厨房で料理を手伝っているらしい。

 本人としてはフェリスの部屋付きとして仕事で来ているつもりらしく、事情を知っているのは家族とベルモントだけ。……もしかしたらお師匠様はもうご存知かもしれないけど。

 他の者には身分を知らせていないから、こういう時に困る。

 まあ、王宮勤めで王女の部屋付きってだけでも皆に一目置かれているようなのだけれど。


 侍女を呼び止めるベルモントを横目で見つつ、わたしは扉の前で深呼吸を一つした。




 部屋に入ると、紺色の旅装に身を包んだ背の高い人が立って待っていた。


「お待たせしてごめんなさい」


 そう詫びても、凍りついたように動かない。

 焦げ茶色のボサボサ頭は寝起きのままのようで、その隙間から銀色の輪が見える。同じ色の瞳はじっとわたしに注がれたまま、なんの色も映さない。

 ……いや、ひとつだけ、失望の色が見えた。何に失望したのかしら。


「ユーマ・ベルエニーと申します。父が不在なので代わりに承ります」


 そう告げるとようやく、焦げ茶色の目に別の色が浮かんだ。目尻が少しだけ下がって、雰囲気が柔らかくなる。

 それから、慣れた風に片足を引いて礼をとった。


「不躾で失礼しました。私はクリス・ディットと申します。こちらにリリー……様が逗留中と伺ったので」


 クリスと名乗った男性は、一瞬私の後ろにいるベルモントに視線をやってからリリーの家名を省略した。

 リリーが今、どういう立場でここに泊まっているのか、知っているのね。


「ええ、お泊まりいただいております」

「その、会わせていただくわけにはいかないだろうか」


 自己紹介とは違ってどこか性急な物言いに、眉を寄せる。


「……彼女に何の用かしら」


 カルディナエ公爵夫人に、と言いそうになるのを押しとどめて言うと。


「……夫君から頼まれているんだ。それ以上は言えない」


 それだけ告げて、クリスは口をつぐみ、視線をそらす。

 今、夫君と言ったわよね。やっぱり知っているのね、彼女の事情を。

 しかも、宰相閣下から何を頼まれたというの?

 人をよこすなら、先にわたしたちにも連絡を入れて欲しいのですけれど。


「あなたが彼女の夫君の使いだという証明は?」


 できるの? と暗に含んで一歩足を踏み出す。

 ……あの方の送って来た品の検品のためだけに、政略結婚までしてやってきたリリー。聞いていた話だと、役目のためだけに内々に籍を入れただけなのかと思っていたのだけれど。

 公爵が一体何を考えているのか、いまだによくわからない。


 じっと見つめると、彼はおもむろに懐から何かを取り出した。


「彼女の夫君から預かってきた」


 じゃら、と鳴るそれは鎖に通された指輪だった。

 取り上げて見ると、銀細工に薄黄色の石がはめ込まれていて、石を透かした向こう側にカルディナエ公爵の紋が浮かび上がって見える。

 わたしはそれを返すとクリスの方に向き直り、腰を折った。

 これを持つ以上、彼は公爵の名代。リリーと同じ扱いとなる。


「失礼いたしました。リリー様はすぐいらっしゃいます」


 しかし、頭上から降ってきたのは思わぬ言葉だった。


「……簡単に信じるんだな」


 頭を上げ、目の前の人物を見据える。クリスは挑むようにわたしを睨みつけていた。

 甘い、と言いたいのだろうか。

 でも、紋は間違いなく公爵家の紋だし、以前見たものと同じ。

 奪ったり盗んだりしたものでなければ、本物だろう。それに。


「もちろん、盗品や精巧な偽物の可能性もありますけど、そこまで手をかけて公爵家の使いを騙ったところで、あなたにメリットがあるとは思えません」

「そうかな。宰相夫人に害をなすために誰かに雇われているとは思わないのか?」

「……彼女はわたしが全力で守ります」


 力がこもってついわたし、と言ってしまった。でも嘘は言っていない。我が家の総意だから。

 じっと見つめると、クリスは目を細めて笑い出した。


「なるほど、聞いてた通りだ。あんた、面白いな」


 わたし、そんな変なこと言ったかしら。

 やっぱり女が守るって言うのはおかしいのかもしれない。

 なんて考えていたら、笑いやめたクリスが姿勢を正した。

 そのまっすぐな視線に、釣られて背を伸ばすと。

 クリスはおもむろに懐から分厚い封筒を取り出した。


「これをユーマ嬢にと託された。……姫様から直接に」


 差し出されたそれを受け取り、確かめる。裏の封蝋はたしかにフェリスの印で、本物に間違いない。


「こちらは宰相閣下からの信書だ。……子爵宛になっているが、不在ならユーマ嬢に渡すようにと言われている」


 もう一通は少し黄色い封筒で、ふんわりと花の香りがする。香をたきこめた便箋なんて、どう考えても高価なもの。

 裏を返せば……やはり、陛下の封印と公爵の封印が付いている。

 目を丸くしてクリスを見ると、逆に咎めるような目で見られた。


 陛下と宰相の連名の信書だなんて……嫌な予感しかしないんですけど! 

 父上宛だからわたしが開けるわけにいかない。ベルモントの差し出した銀の盆に二通の封書を預ける。


「開けないのか?」

「わたしはただの留守居ですから」


 開けたらきっと面倒なことになる。

 今のわたしはただの子爵令嬢。王太子の婚約者ではない。父上の庇護下にある、なんの力もない娘なのだから。


 わたしの返事は気に入らなかったのか、王都からの使者は、リリーが入ってくるまでむすっと黙り込んでいた。

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