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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十章 王太子をめぐる女性たち

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閑話・王太子と王

 こげ茶色の執務机に肘をついて、机の前に立つミゲールを見つめるのは父上――ウィスカ国王陛下だ。


 この部屋は国王のプライベートな執務室だ。

 戦時に表に出ずに指揮を取れるようにと設えられた場所だが、長く休戦の続くこの国では使われなくなって久しい。

 ミゲールも足を踏み入れたのはずいぶん久しぶりで、入室した時につい部屋の中を見回してしまった。

 使われていないとはいえ、埃一つないのは休戦中だからなのだろう。


「急ぎの用と伺いましたが」

「ここには誰もいない。影も控えさせている」


 王の言葉にミゲールは眉をひそめる。誰も聞いていない、と言いたいのだろうか。


「妃から話は聞いた。……お前のわがままはアレが最後だと言ったな?」

「……はい」


 あれ、が何を指すのか、ミゲールには痛いほどよく分かっている。

 その結果、自分の伴侶のことについては口を挟む権利を失ったことも。


「ですが父上」

「最後まで聞きなさい」


 異論を挟もうとしたミゲールの言葉を遮って、王は続ける。


「……お前は昔から物分かりが良すぎる」


 そう続けながら小さく首を振る王に、小言が続くと思っていたミゲールは眉を寄せた。


「少しはレオを見習うといい」

「レオ……ですか?」


 何が言いたいのか読めない。

 レオ――すぐ下の弟は要領がいい。外交も政務もあっという間に覚えた。その上剣にも秀で、今ではミゲールが本気になっても十本に一本取れるかどうかだ。

 レオを王太子にという声は未だに根強いことも、ミゲールは知っている。

 本人にその気がないから不穏なことにならないだけで、レオが王位を取ると言えば、きっと国が割れることなくレオが王に決まるだろう。

 ユーマとの出会いがなければ、今の自分はいない。


「幼い頃から病弱だったせいかな、お前はすぐ我慢しようとする。……レオになれと言っているわけではない。少しは自分を大事にしなさい」


 自己を犠牲にしているつもりはない。

 彼女とのことはどれも自分のわがままだ。無理やり妃候補にしたのも、婚約破棄したのも。


「北の姫があらぬことを言いふらしているのは知っておるな」

「はい」

「ベリーナ女王から正式に訪問と逗留の打電が来た。名はレスフィーナ。我が国としてはただの賓客として扱う。そなたが応対する必要はない」


 ミゲールは驚いて王を見つめた。外交は王族の務めだと言う王の言葉とは思えない。


「王太子妃と騙るものを王太子に会わせるわけがなかろう。それはレオにでもやらせる」


 それがどれほどの効果を持つか、と頭を巡らせる。

 外から見れば、パッとしない自分より、華やかなレオの方が王子らしく見えるだろう。人当たりも柔らかく、女性にも受けがいい。

 姫の接待役にレオを据えたところで、女王はレオを王太子に据えようとするだけではないか。

 そんなことを考えていたせいか、王の次の言葉を理解するのに少しかかった。


「お前は、来年の春の宴までに妃を見つけよ」


 ミゲールは眉根を寄せる。いつかは言われるだろうと思っていたが、思ったよりも早かった。

 来年の春、と言うことは社交シーズンだけで考えると半年もない。

 シーズンを外せば、領地持ちの貴族たちは領地に戻るのが一般的だから、なおさら難しくなる。


「来春、ですか」

「そうだ。……春の宴の時点で婚約していなくても構わん。これはと思う者を探し出せ。国内外も問わん」

「……父上?」


 これは、どう言うことだろう。

 自身の伴侶については、一切の口出しが叶わなくなったはずだ。それくらい、自分がやったことは身勝手だと知っているし、罰として受けるつもりだった。

 なのに、王の言葉が本当なら、自分で探してこいと言う。


「聞きたいことがあるか?」

「ええ。……何故ですか?」


 ミゲールが問うと、王はため息をついた。


「物分かりが良すぎるからだ。……条件は、自分で探すこと」

「ですが」

「だから、それも含めての罰だ。適当に見繕ってもらえるとでも思っていたか?」


 ミゲールは黙り込む。

 政略結婚に感情はいらない。彼女でなければ誰でもいいのだ。むしろ、心を通わせなくて済む相手の方が……。


「お前は物分かりが良すぎるよ、ミゲール。……本当に欲しいものならなりふり構わずに取りに行け」


 王の言葉が何を意味するものか、わからないはずがない。

 でも、それは取れない道だ。


「話は、それだけですか」


 絞り出すように言うと、王は顔をしかめる。


「ミゲール……」

「失礼します」


 突き刺すような視線を感じながら、ミゲールは部屋を出た。

王太子のターンは終わりと言いつつ、残ってました。すみません。


次からユーマのターンです。

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