閑話・王太子と王
こげ茶色の執務机に肘をついて、机の前に立つミゲールを見つめるのは父上――ウィスカ国王陛下だ。
この部屋は国王のプライベートな執務室だ。
戦時に表に出ずに指揮を取れるようにと設えられた場所だが、長く休戦の続くこの国では使われなくなって久しい。
ミゲールも足を踏み入れたのはずいぶん久しぶりで、入室した時につい部屋の中を見回してしまった。
使われていないとはいえ、埃一つないのは休戦中だからなのだろう。
「急ぎの用と伺いましたが」
「ここには誰もいない。影も控えさせている」
王の言葉にミゲールは眉をひそめる。誰も聞いていない、と言いたいのだろうか。
「妃から話は聞いた。……お前のわがままはアレが最後だと言ったな?」
「……はい」
あれ、が何を指すのか、ミゲールには痛いほどよく分かっている。
その結果、自分の伴侶のことについては口を挟む権利を失ったことも。
「ですが父上」
「最後まで聞きなさい」
異論を挟もうとしたミゲールの言葉を遮って、王は続ける。
「……お前は昔から物分かりが良すぎる」
そう続けながら小さく首を振る王に、小言が続くと思っていたミゲールは眉を寄せた。
「少しはレオを見習うといい」
「レオ……ですか?」
何が言いたいのか読めない。
レオ――すぐ下の弟は要領がいい。外交も政務もあっという間に覚えた。その上剣にも秀で、今ではミゲールが本気になっても十本に一本取れるかどうかだ。
レオを王太子にという声は未だに根強いことも、ミゲールは知っている。
本人にその気がないから不穏なことにならないだけで、レオが王位を取ると言えば、きっと国が割れることなくレオが王に決まるだろう。
ユーマとの出会いがなければ、今の自分はいない。
「幼い頃から病弱だったせいかな、お前はすぐ我慢しようとする。……レオになれと言っているわけではない。少しは自分を大事にしなさい」
自己を犠牲にしているつもりはない。
彼女とのことはどれも自分のわがままだ。無理やり妃候補にしたのも、婚約破棄したのも。
「北の姫があらぬことを言いふらしているのは知っておるな」
「はい」
「ベリーナ女王から正式に訪問と逗留の打電が来た。名はレスフィーナ。我が国としてはただの賓客として扱う。そなたが応対する必要はない」
ミゲールは驚いて王を見つめた。外交は王族の務めだと言う王の言葉とは思えない。
「王太子妃と騙るものを王太子に会わせるわけがなかろう。それはレオにでもやらせる」
それがどれほどの効果を持つか、と頭を巡らせる。
外から見れば、パッとしない自分より、華やかなレオの方が王子らしく見えるだろう。人当たりも柔らかく、女性にも受けがいい。
姫の接待役にレオを据えたところで、女王はレオを王太子に据えようとするだけではないか。
そんなことを考えていたせいか、王の次の言葉を理解するのに少しかかった。
「お前は、来年の春の宴までに妃を見つけよ」
ミゲールは眉根を寄せる。いつかは言われるだろうと思っていたが、思ったよりも早かった。
来年の春、と言うことは社交シーズンだけで考えると半年もない。
シーズンを外せば、領地持ちの貴族たちは領地に戻るのが一般的だから、なおさら難しくなる。
「来春、ですか」
「そうだ。……春の宴の時点で婚約していなくても構わん。これはと思う者を探し出せ。国内外も問わん」
「……父上?」
これは、どう言うことだろう。
自身の伴侶については、一切の口出しが叶わなくなったはずだ。それくらい、自分がやったことは身勝手だと知っているし、罰として受けるつもりだった。
なのに、王の言葉が本当なら、自分で探してこいと言う。
「聞きたいことがあるか?」
「ええ。……何故ですか?」
ミゲールが問うと、王はため息をついた。
「物分かりが良すぎるからだ。……条件は、自分で探すこと」
「ですが」
「だから、それも含めての罰だ。適当に見繕ってもらえるとでも思っていたか?」
ミゲールは黙り込む。
政略結婚に感情はいらない。彼女でなければ誰でもいいのだ。むしろ、心を通わせなくて済む相手の方が……。
「お前は物分かりが良すぎるよ、ミゲール。……本当に欲しいものならなりふり構わずに取りに行け」
王の言葉が何を意味するものか、わからないはずがない。
でも、それは取れない道だ。
「話は、それだけですか」
絞り出すように言うと、王は顔をしかめる。
「ミゲール……」
「失礼します」
突き刺すような視線を感じながら、ミゲールは部屋を出た。
王太子のターンは終わりと言いつつ、残ってました。すみません。
次からユーマのターンです。




