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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十章 王太子をめぐる女性たち

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89.王太子は王妃に叱られる

 しかめ面のフィグを伴って城内に戻ったところで、迎えが待っていた。もちろん、王妃の使いだ。

 三人との茶会を設定した以上、感触を確かめたいのだろう。

 眉間のしわを深くしながら使いの後ろをついていくと、王妃の執務室に通された。執務室、ということは母親ではなく王妃としてミゲールの答えを聞きたいということだ。

 部屋に入ると、ソファに座った王妃と妹がミゲールを迎え入れた。


「兄様、早かったのね」

「ああ」


 侍女が茶を淹れる間も待たずにフェリスは聞いてくる。ミゲールは向かいのソファに腰を下ろすと背もたれに体を預けた。

 ゆるりと体の緊張が緩むのを感じて、あの三人を前に、自分が少なからず緊張していたことを自覚する。


「それで?」


 侍女が退出すると、妹は身を乗り出して少しも待てない様子で促してくる。いつもならマナーがなってないと厳しく叱る王妃が、今日は珍しく黙ったままカップを傾ける。

 ミゲールも渡された茶を一口飲み、今にも立ち上がりそうな妹に目をやった。

 茶会であの三人が何を話すのか、妹は知っていたのだろう。何をどう頼み込まれたのか知らないが、あんな話を聞かされることになろうとは、ミゲール自身、思いもよらなかった。

 その返答として、何を答えればいいのか。

 しばらく逡巡した後、ミゲールは重い口を開いた。


「王太子妃候補を辞退する、と」

「……なんですって?」

「他には、兄さま」


 目を見開いた王妃の横で、妹がさらに身を乗り出してきた。

 それほど気にすることなど、あの三人との会話であっただろうか。


「特には。北の王女が国を出たことは知っていたようだ。塔の魔術師を連れてくるらしい」

「……そんなことはどうでもいいわ。本当にそれだけなの?」

「ああ」


 塔の魔術師はそんなこと程度では済まされないはずだが、と眉をひそめながらミゲールが頷くと、フェリスはいきなり立ち上がった。


「母上様、わたくし急用ができました」


 それだけ言い置いて、妹は早足で部屋を出て行った。

 ミゲールはその背を見送り、王妃に向き直る。王妃はと言えば、見開いていた目を閉じて、左手を額に当てていた。

 深々とため息をつく様子は、人前で弱気なところを見せない王妃らしくない。

 まあ、でも頭を抱えたくなる気分はわかる。

 ミゲールとて同じ気分だ。

 王太子妃の最有力候補が三人揃っていなくなったのだ。しかも、長年かけて王妃教育を施された、各派閥のトップの娘たちだ。

 彼女らが降りたからと、彼ら三家の配下の姫たちが名乗りをあげるのは色々難しいだろう。

 となれば、また最初からやり直しだ。

 いや、むしろマイナスからの再出発だ。


「ミゲール。その話は誰が知っていますか」

「三人だけです」

「侍女や護衛は?」

「人払いをしたから聞こえてはいないはずです」

「護衛騎士も?」

「ええ」


 顔を上げた王妃は眉間にくっきり縦じわができていた。王妃の繰り出してくる質問に答えながら、ミゲールも眉根を寄せる。


「……この話は聞かなかったことにします」

「母上?」

「こんなタイミングでそんなこと、公表できるわけないでしょう? そうでなくても北の姫が輿入れの準備のためにくるとか公言しているのですよ?」


 目を見開く。

 そうだ。

 北の姫が来ることは聞いている。しかも、まだ話も出ていないウィスカ王家への輿入れのためだと吹聴していることも。

 こんなタイミングで王太子妃候補が消えたと、取り消しになったと知れたら、他の国々はどう思うだろう。

 少なくとも国民は、北の姫を迎え入れるために、国内の三大派閥の姫たちを王太子妃候補から外したのだと思うだろう。

 王家は北の傘下に入る、と姿勢で表すことになってしまう。

 こんな大事なことを、どうして忘れていた?

 あの場で撤回させなければならなかったのに。


「……ようやく思い至ったようですね」

「母上、私は」

「……三人への口止めはフェリスがするでしょう。三家の当主の意向でないことはわかっていますから」

「……はい」

「ミゲール。あなたには今まで通り、レオたちと共に夜会に出ることを命じます。何をすればいいかは……わかっていますね」

「……はい」


 王妃の言葉にミゲールは諾と返す以外なかった。


「全く……何のためにわざわざ時間を作ったと思っているのです。それなのに、真逆の結果になるなんて……聞いていませんよ」


 退出を許されて王妃に背を向けた時に漏れ聞こえてきたつぶやきはしかし、落ち込むミゲールの耳には届かなかった。





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