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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十章 王太子をめぐる女性たち

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88.王太子は三人の美姫に詰られる

「まだ三月、だ」


 ミゲールは強い口調で告げる。

 いずれは誰かを娶ることになる。それは分かっているし覚悟もしている。だが今じゃない。


「そなたらの思惑は分かった。……私は誰も選ばない。期待しても無駄だ」


 三人から視線を外し、手をじっと見つめる。

 二度とは手に入らないものを手放したのだ。なぜ少しの間、放っておいてはくれないのか。

 三人の前でため息などつくわけにはいかない。手を握りこんでそっと深く息を吐くと、ミゲールは目を閉じた。

 願わくば、目の前の三人がさっさと諦めて席を立ってくれればいい――。

 そんなことを思っていたミゲールの耳に聞こえて来たのは、ため息だった。


「……なんでこんな人がいいのかしら」

「ミリネイア」

「お姉様方も、いい加減腹が立ちませんこと?」


 かつんとヒールの音がして目を開けると、赤毛の娘は柳眉を逆立てながらミゲールを見下ろしていた。


「なに……」

「そうね。……わたくしも今回ばかりは呆れてしまいましたわ」


 金髪を揺らして、ライラも立ち上がった。つられるようにシモーヌも腰を上げたが、二人ほどは吹っ切れていないらしく、視線を彷徨わせている。


「ミゲール様」


 他の二人と視線を交わして小さく頷くと、ライラが口を開いた。


「わたくしたち、王太子妃候補を辞退いたします」


 ニッコリと微笑むライラに、ミゲールは目を見張る。


「何を」

「どうしてあの方は貴方がいいのかしら。……こんな冷たい男。あんなに熱く求めたくせに、ひとかけらの熱さえ与えないなんて、弄ばれてるとしか思えませんのに」


 ミゲールの言葉を遮って、ライラは続ける。


「ええ、もちろん次期国王の肩書きは魅力的ですわよ。嫁いだ娘は王妃となり、いずれは国母となるのですもの。チェイニー家に……いいえ、父上にとってはのどから手が出るほど欲しいでしょうね、国王の祖父という立場は」

「ライラ様……」

「でもわたくし、欲張りなの。たとえ政略結婚でも、心を通わせることはできることを証明したい。……両親の二の舞は演じたくないの」


 ライラは一瞬目を伏せたのち、じっと王太子を見つめた。


「だから、わたくしを見ない方など要りません。……そんな方の妻になったところで、残りの人生は墓場も同じですもの。……王太子妃候補のお話は、謹んでお断りいたします」


 ライラはやはりにこやかに微笑みながら言い切ると、深々とこうべを垂れた。さらりと流れる金髪がその表情を覆い隠す。

 言葉を失ったミゲールは、次にライラの隣に立ったシモーヌに視線を向ける。

 シモーヌは青い顔のまま唇を噛んでいたが、一度目を閉じると王太子を見据えた。


「我がウェルシュ家にはこんな言葉が伝わっています。金で買えないものは決して手放すな。……金で買えるものは稼げはまた手に入れられます。でも、買えないものは失ったら戻ってこないのです。……信用も信頼も、愛も」


 シモーヌは一旦言葉を切ると、祈るように胸の前で両手を組み合わせた。顔を縁取る黒髪がさらりと流れる。


「ミゲール様。……本当にいいのですか? それで……幸せになれるのですか?」


 シモーヌの言葉に、ミゲールは一瞬瞠目したのち、目を伏せ、顔をそらした。


「わたくしは、金で買えないものを大切に思ってくださる方と共にありたいと思います。だから……王太子殿下の妃にはなれません」


 シモーヌもライラと同じようにこうべを垂れる。

 その横に並んだミリネイアの顔には怒りが浮かんでいた。


「……ミゲール様。わたくし、見損ないました。あの方を守れないから手放すなんて、それでも男ですか」


 辛辣なその言葉に、ミゲールは拳を握りこむ。

 今の状況を最も待ち望んでいたのは三家ではないか。あの日のことだって……。一方的に詰られるのは割に合わない気がする。

 だが、王太子は口を閉じたまま眉根を寄せた。ミリネイアの言葉に反論できないことは、ミゲール自身が一番よく分かっているのだから。


「それであの方が幸せになれるとでも思っていらっしゃるんですか? ……本気で手放すつもりなんかないくせに」


 ずきり、と胸が痛む。と同時に、どうしてそれを知っているのか、と王太子は目を見開いた。


 覚悟なんてできてない。

 それでも、そばに置いておけば同じことが起こると思ったから遠ざけた。……その行動の浅はかさをすっかり見透かされているのか?


「何、を」

「頭でもなんでも下げて、とっとと復縁したらどうですか。わたくし、ヘタレ王子なんてごめんです。……はぁ、なんであの方はこんなのがいいのかしら」

「まあ、あの方も鈍くていらっしゃるから」

「そうよね。……でなければ、あんなにあっさり出て行ったりしないわよね。ミゲール様、あの方は鈍いのですから、ちゃんと言葉にしないと伝わりませんわよ」

「でも、あれでは勘違いされても仕方ないでしょう?」

「ああ、そうよね。茶会で目も合わせないし甘い言葉ひとつかけてもらえない。微笑むことすらしないんですもの、勘違いされて当然よ」

「そう思わせるように仕向けたのなら成功だけれど」

「もしそうだとしたら、ひどい男ですわね」

「まったくですわね。婚約したのもどの派閥にも属さないから都合がいいから、だなんて思わせて」

「あっさりと婚約破棄に同意するわけですわ」

「じゃあ、あの時わたくしたちを見ていたのは」

「本当の婚約者が決まったと思われたのではなくて?」

「だから偽物は用済みだと?」

「……ありえるわよ、あの方だもの」


 ミリネイアに続いて口々に話し始めた三人の美姫の言葉にミゲールは凍りついた。


 都合がいい?

 偽物は用済み?

 まさか、そんな風に思われていたのか……?


 確かに、自分の態度は褒められたものではなかっただろう。婚約を結んでからはなおさら距離をあけていた。でなければ決心が鈍るから。


「……思いもよらなかったって顔ですわね」

「女心がおわかりにならないんですね」

「レオ様の方がよっぽど女心を理解されていますわ」

「なんてこと……あの方には他の方をお薦めした方がよいかもしれませんわね」


 ほう、とため息をついてライラが残念そうに言う。ミゲールは眉根を寄せるだけで、言い返せる言葉が出ない。


「そうですわね。……あの方には、ちゃんと守ってくださる方のほうがふさわしいと思うのだけれど」

「でも、お優しいあの方のことですから、こんなヘタレ王子でさえ許してしまわれるんでしょうね」

「あれだけのことをされておいて?」

「ですわよねえ……ライラ姉さま、わたくしやっぱり認められませんわ」

「ミリネイア?」

「こんなヘタレ王子があの方の横に立つなんて、許せませんもの」

「まあ……」


 ゆるゆると顔をあげると、三人の美姫は冷たい目でミゲールを見下ろしていた。


「そうですわね」


 声を発したのはライラだった。ミゲールと視線があうと、ライラは口角をあげた。が、目は笑っていない。


「……王太子殿下。なにか弁明はございまして?」


 弁明、と言われてミゲールは言葉を探そうとした。が、彼女たちに責められたことについて、抗える言葉が浮かんでこない。もとより、婚約破棄したのは自分なのだ。何を言えるだろう。

 沈黙を抗弁なしと了解したのだろう。ライラはテーブルの鈴を鳴らした。程なくやってきた近衛兵の姿に、三人はあらためてミゲールの方を振り返り、腰を折った。

 そのまま無言で出ていく彼女たちの背を見送る以外、ミゲールにできることはなかった。

三人とも、肝心なことを話してないよーっ!

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