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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十章 王太子をめぐる女性たち

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87.王太子は三人の美姫と茶を飲む

 居心地の悪い時間が過ぎる。

 何度目かに取り上げたカップの中は空で、ついつきそうになるため息を噛み殺して皿に戻す。

 目の前の三人はそんなミゲールの一挙手一投足を監視するが如く見つめて来て、さらに居心地が悪くなる。


 早く過ぎれば良い、と思いつつも、王妃の命でこの場にいるのでさっさと席を立つわけにもいかない。


 三人とは先日の茶会で一人ずつ時間を取った……というか持たされた。その時に話したこともーーフィグに言わせると色気のいの字もない話だったがーーそれぞれに内容のあるものだったし、無駄な時間ではなかった。


 が。


 こうやって三人まとめて一緒というのは六年ぶりで、以前はどういう態度でやり過ごしていただろうかと思い出すのも難しい。

 いや、当時とは違ってみないい大人なのだから、普通に接すれば良いのだが、どうしてもいい思い出がなくて顔が渋る。


 それもあって、いつもよりさらに口が重くなっていることは自覚している。

 だが、いつまでも沈黙しているわけにはいかない。

 再び空のカップを持ち上げそうになったところで、目の前に白いカップが差し出された。

 ソーサーを支える白い手を追えば、ライラの顔があった。相変わらずあまり表情を見せない。

 喉は乾いているが、フィグもいない状態で受け取るわけにはいかない。

 首を横に振ると、ライラはため息をついてカップを自分の手元に引き取った。


「毒など入っておりませんのに」

「ライラ様」


 気色ばんだ声はミリネイアだ。眉根を寄せて目をやれば、赤毛の娘は顔を引きつらせてうつむいた。

 ライラは湯気の立つカップに口をつけるとにっこりと微笑んだ。それが嫌な記憶を呼び起こして、ミゲールはさらに眉間を寄せる。


「……何の用だ」

「たまにはお茶会をと思っただけですわ。このお茶、北の友人からの土産なのですって。ねえ? ミリネイア」

「は、はい」


 ライラの言葉に萎縮するミリネイアを横目で見ながら、ライラの方を軽く睨む。

 つまりは北の……ベリーナ女王の娘の話をしに来たということか。

 ミリネイアからもらった情報に少し遅れて王家の影からも情報が入った。

 ミリネイアの情報が正確なこと、茶会の時にも一足早く機密情報を手にしていたことから、情報源は北の姫のかなり近くにいることがうかがえる。

 三人が揃ってやって来たのは、おそらくミリネイアから聞いた北の姫の話に焦ってのことなのだろう。

 でなければわざわざこんな場を設けることはなかっただろう。しかも、フェリス経由で。


「……フェリスと仲良くなったようだな」

「ええ、とてもよくしていただいていますの」


 そう告げるライラは嬉しそうに微笑む。こんな笑みを浮かべる人だっただろうか、とミゲールは訝しむ。

 先ほど退出した妹には特に変わった様子はなかった。むしろ、心配そうにこちらを見ていたが、怯えた様子などはなかったように思う。三人に脅されたりはしていないのだろう。流石にそんなことはやるはずもないだろうが。


「そうか」

「はい、フェリス様とは馬があうと申しましょうか。よくお茶会にもお誘いいただくようになりましたの」


 あれ以来、と耳に飛び込んで来た小さなつぶやきに、ミゲールは身を硬くした。

 あれ以来。

 つまり、婚約破棄以来ということだろう。


 ユーマが城を去ったあと、激しい怒りを見せたのはフェリスだったはずだ。ユーマを姉と呼び、この三人を毛嫌いしていた妹が、今は三人の側にいることが、ミゲールにはにわかに信じがたいことだった。


 何がフェリスを動かしたのか。

 この三人が何かしたとしか思えない。

 だが、王や王妃からそんな情報はもたらされていない。

 王家にとって危険だと判断されれば、いかに三家の姫と言えども、処分は免れないはずなのだ。


「フェリス様は同士ですもの」


 シモーヌがぎこちなくも笑顔を見せつつ語る言葉にミゲールはやはり首を傾げる。

 なんの同士だというのだ。

 妹から特別な話など一つも聞いていない。政治的な話には積極的でないにしろ付いて来られる程度には妹は賢い。

 それもまあ、ユーマと一緒におしゃべりするために身につけた知識だと聞いているが。

 が、そんなことは今はどうでもいい。茶番に付き合っている暇はないのだ。


「……私に何か話があるのではないか」


 フェリスと王妃まで巻き込んだのだ。こんなたわいもない会話をするためではあるまい。

 少しきつめの口調をしたせいだろう、シモーヌの顔から笑顔が消える。三人はカップをテーブルに置くと居住まいを正した。


「そうですね。……私たちには無駄にできる時間はありません」


 口を開いたのはミリネイアだった。先ほどまで見せていた緊張が綺麗さっぱり消えている。


「お前たちが聞きたいのは北の姫の話か」

「ええ」

「北の一行がリムラーヤ経由で東方諸侯領の通行許可を申請していることは知っている」


 北の大国ファティスヴァールと国境を接するのはわが国だけではない。

 我が国から見れば北にあるから北のと言ってはいるが、大陸全体から見ればファティスヴァールは西にあり、そのさらに北にはリムラーヤ帝国という大国がある。

 リムラーヤを東方向に通り抜けた先は部族ごとの小国が乱立する地域だ。

 統一されていないが故に、大国におもねるところもあるだろう。

 東方諸侯領を抜け、海に出てしまえばベリーナ女王の国ディムナまでは海路一本だ。


「情報通り、東回りの海路ですわね。……セイドリー王は腕のいい塔の魔術師をつけたそうですわね。早ければ三月で女王の元に到着すると」

「ああ……」


 ミゲールは苦々しく思いながらうなずいた。


 大陸広しといえども、魔術を系統立てて学べる場所はファティスヴァールにある魔術師の塔しかない。

 塔とファティスヴァール王家の関係は、他国の王家とのそれと変わらない、と言われている。

 だが、王宮のそばにあるという塔が庇護を受けていないはずはない。

 その証拠に、銀二位以上の優秀な魔術師が他国に渡ることはまずなく、我が国からの再三の派遣要請も通らない。

 我が国に魔術師が少ないのは、ファティスヴァールと休戦状態とはいえ戦争中だからだ、と他国の王たちからも聞いている。


 苦々しく思うのも当然だ。


「ミゲール様、三月しかないんです。どうなさるおつもりですか」


 そう呟いたミリネイアに、ミゲールは顔をしかめる。

 どうするもこうするもない。


「受け入れるつもりはない」

「ですが」

「くどい」


 苛立ちを隠さずに言葉を打ち切る。そもそも、ベリーナ女王の娘との話は断ったのだ。無理やり来ようとするならこちらにも考えがある。


「ミリネイアには言ったな。北の傀儡になるつもりはない。婚姻などもってのほかだ」

「ですが、ミゲール様。あれからもう三月になります。……このままというわけにはいきませんでしょう?」


 ライラの言葉に、ミゲールは口を閉ざした。

 やはりそうか。


 ……北の話をダシにして、早く三人の中から誰かを決めろと、そう言いに来たのか。

 ミゲールの眉間にくっきりと深いしわが刻まれた。

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