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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第九章 王太子と三人の美姫

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81.黒髪の伯爵令嬢は子爵令嬢からの手紙に打ち震える。

 便箋の最後の一枚を読み終えて、シモーヌはため息をついた。


 先だって王女に託した手紙には、時候の挨拶と寒いベルエニーでの生活を案ずる内容しか書かなかった。

 最近は三人で仲良くやっていることも、夜会や茶会での話も、そこで仕入れて来たゴシップも書いていない。

 だが、戻って来たユーマ様からの手紙を読む限り、どうやら三人で仲良くやっているらしいことも、王女と親しくしていることも見透かされているようだった。


「どうしましたの? シモーヌ様」

「いいえ、なんでも。……ミリネイアこそ」


 赤毛の令嬢は指摘されて慌てて目をそらした。目の周りと鼻が赤くなっている。ユーマ様からの返事で泣いたのだろう。


「き、気のせいですわっ、ちょっと目がかゆかっただけですのっ」


 そう言いながら手にしたハンカチで目元を拭っている。


「そんなにこすると傷になりましてよ」

「だ、大丈夫ですわっ、わたくし、肌だけは丈夫ですのっ」


 言い訳だがなんだかわからないことを口走って、ミリネイアは体ごとシモーヌに背を向ける。

 おそらく、手紙の内容に感涙したのだろう。それはシモーヌも同じだった。

 あんな婚約破棄のされ方をしたというのに、美しく書き連ねられた文字から読み取れるのは、王太子妃候補に返り咲いたとされる三人への気遣いと、王族への感謝だ。


 どれだけ人格者なのだろう。

 あれほど派手に婚約破棄されて、皆の前で辱められたというのに、王太子への恨み言一つ漏らさない。

 デビューでいきなり求婚されて、六年も束縛された挙句にあの仕打ちだ。自分だったら絶対恨む、とシモーヌはもう一度ため息をつく。


 本当は、王太子への不平不満を書きたかった。きっとユーマ様ならこの想いを共有できるに違いない、とまで思っていた。

 だが、王女の目に触れるとあれば、控えるしかない。


 先日の夜会で王太子と二人きりになった。あの時近くに護衛が控えていなければ、この憤懣やるかたない想いを直接本人にぶちまけていたかもしれない。……無論、家への影響を考えればそんなことはできるはずもなく、本当に二人きりになったとしても、自制してはいただろうけれど。


 その後に開かれた王室主催の茶会もそうだ。


 未婚の男女だけを集め、王宮の庭で催された茶会。

 王族を囲む茶会、と銘打たれたそれはあからまさに見合いの様相が強かった。が。

 先日の夜会と同じように王太子に誘われて踏み入れた薔薇の迷路の奥で、話したのはやはり教育のこと。

 なんとも色気のない話だ。

 さすがに呆れてしまった。

 もちろん、教育も大事なことだけれど、一応それなりに気合を入れた女性と二人でする話じゃないんじゃないの、と。


 かといって、今更のように口説いてきたりなどすれば、さらに幻滅していただろうけれど。

 そういう意味合いでは、王太子は不器用なのかもしれない、とシモーヌは思い返してみる。

 女性との会話一つ満足にできないとは。

 これではユーマ様にもろくに話をしていないに違いない。

 そういえば、正式に婚約が決まる前。まだ王宮に出入りしていた頃も、王太子と個人的な話をほとんどしなかった。

 自分が嫌われているのかもしれないと、他の三人に張り合おうとしたけれど、もしかしたらそうではなかったのかもしれない。


 他の王族ともいい関係は築けていなかったが、将来の妃候補なのだから、もっと距離が近くてもいいはずだったのだ。ユーマ様が候補として追加されても、どの娘との距離も等しく遠いなんて、あり得るはずがない。

 妃候補の私たちがすでにいるのにもかかわらず、あれほど派手に求婚したのだ。そこにはそれなりの熱量があったに違いない。

 なのに、手のひらを返したようなあの熱のなさは、信じられないものがあった。

 だから、自分たちに見えないところでがいないこっそりと愛を育んでいるに違いない、と思っていたのに。


 想いの熱さを感じられたのは、結局あの誕生日の日だけ。

 あれで望みはないと諦めたというのに。


「まったく……」

「あら、どうかしましたの? シモーヌ様。ずいぶんと難しいお顔をなさって」


 右手のライラからかけられた言葉にちらりと視線を動かし、眉を下げる。


「少しだけこの国の行き先を憂いていたのですわ」

「行き先を?」

「またずいぶん話が大きくなったわね。……姉様の手紙にそんなことが書いてあったの?」


 硬い声にはっと顔を上げれば、正面の長椅子にゆったりと座る王女が眉をひそめてシモーヌを見ていた。

 ついいつもの三人での茶会の時のつもりでするりと口から出た言葉に、今更ながらにシモーヌは青ざめると、頭を下げた。


「も、もうしわけっ……」

「謝らなくてもいいわ。……民の声には耳をかたむけろと父上に常に言われているもの。顔を上げて、答えてくれる?」


 震える声を遮断して、フェリスは声を和らげた。決して怒っているわけでなく、落ち着いた声音。

 ソファから床に転がり落ちて伏して許しを請うべきだった、と腰を浮かしかけたシモーヌは、恐る恐る顔を上げる。


「姉様の手紙に何が書いてあったの? 北の話? それとも、南方の噂かしら」

「い、いえ。そ、ういう類の話は……」


 ぎゅっと手にした扇を握りしめる。


「シモーヌ様、本当に何がありましたの? 手紙を読んでいただけですわよね?」


 ライラが心配そうに覗き込んでくる。縋るように見つめたものの、代わりにライラが答えられる話ではない


「……まあ、言いたくないというなら、考えを改めるしかないのだけれど……」

「……そういうわけでは、ありません」


 フェリスの言葉に、パニックになりかけていた頭が冷えてくる。

 シモーヌは膝の上の封筒を取り上げ、差し出した。


「なに?」

「読んでいただいて構いませんわ。……ライラ様も、ミリネイアも」

「そう?」


 黒髪の侍女が寄ってきて封筒を受け取ると、フェリスに渡す。フェリスはシモーヌを見つつ封を開けるとざっと目を通した。


「特になにも書いてないわね」


 そのまま、侍女経由でライラの手に渡る封筒を視界に入れつつ、シモーヌは口を開いた。


「わたくし、やっぱりユーマ様しか考えられません」

「いきなりなにを……」

「フェリス様」


 シモーヌの言葉に目を瞬かせていた王女は、名前を呼ばれて居住まいを正した。

 背筋を伸ばし、顔を引き締める。

 今から言うことは、最終的にウェルシュの家名に傷を残すことになるかもしれない。

 それでも、言葉にしないわけにはいかなかった。


「……言ってみなさい」


 王女のその言葉に、シモーヌはほんの少し目を見開く。

 言おうとしていることを、もしかしたらこの方は分かっているのかもしれない。


「お願いがあります」

「ええ」


 顎を引き、深く息を吸い込むと、シモーヌは口を開いた。


「王太子殿下とのお茶会を、お膳立てしていただきたいのです」

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