78.子爵令嬢の兄は王太子に嘆息する
テラスから立ち去る女性たちの背中を見送りながら、フィグはため息をついた。
すぐ後ろに控える主人を振り返れば、自分よりも深く深くため息をついている。
どうやら自分でも己の不甲斐なさを実感したのだろう。
「フィグ」
ため息ついでにミゲールに名を呼ばれてフィグは眉根を寄せた。
自分の幸せも一緒に逃げそうだからやめてほしいのだが、言ったところで治るものでもないだろう。
「どうなさいました?」
「ーー部屋に戻る」
「宴が終わるまでは広間にいるようにとの命でございますが」
ちらほら人がいる場所なだけに、砕けた物言いはできない。
暗に王と王妃が黙ってないぞ、という意を含めて告げると、不機嫌そうな顔だったミゲールはさらに眉根を寄せた。
夜会は外交の場だ。今回はそれに見合いの要素が付け加えられている。
王太子といえども、勝手は許されない。
これまで散々無理を通してきたのだ。……主にユーマの件で。だから、妃選びについてはもう勝手は通らないだろう。
分かっているのだ。それでも逃げたいと本心では思っていることを、フィグにだけ漏らす。
甘い、といつもフィグはいつも諌める。
確かに自分はミゲールの専属護衛騎士だ。他に仕えるつもりもないし、二心あるものが近寄ってきたとしても揺らぎはしない。
だが、いつまでもそうとは限らない。
自分は友としてここにいるわけだが、元婚約者の親族と見るものは少なくない。何か瑕疵を見つけようと躍起になっているものがいることは知っている。
何かあれば、横にはいられなくなる。そうなったとしても、王は揺らぐことは許されないのだ。
「……分かった」
表情を和らげぬまま、ミゲールはちらりと広間に視線を投げる。
それほどにあの三人と話すことが苦痛だったのだろうか。
……まあ、適齢期の男女が二人きりで話す内容じゃないよな、とは思う。それぞれの派閥を代表するような話であったが。
おそらく、長すぎたのだ。三人が王太子妃候補となって十年。子供と言っていい頃からの付き合いだ。
それぞれの家の事情もよく知っているだろう。だから恋や愛といった感情も遠いのかもしれない。まあ、未来の王妃としては申し分ないだろうとは思うが。
外相、財相、将軍の娘。
三人ともたかだか子爵風情が太刀打ちできる相手ではないのだ。
長い付き合いだ、弟王子や妹姫もひっくるめての付き合いもあるだろう。
実際、ユーマからは彼の弟たちの話も聞いていたし、護衛騎士になってからはそういうシーンにも何度も立ち会った。
見事な立ち振る舞い、一分の隙もない完璧な女性たち。
個人的には好きになれないタイプだ。男に緊張はもたらしても、安らぎは与えない。そんな緊張した日常は仕事の時だけで十分だ。
だから、毛色の変わった妹に目を惹かれたミゲールの気持ちはわからなくもない。
……いや、違うな。三人と出会う前に、あいつはすでに決めてたんだ。叶うはずもない相手を。
そのためにここにいるのを、フィグは知っている。
「……しかたない」
ミゲールは踵を返す。
その顔には笑みはない。ひたすら苦痛だと顔に書いてある。
いずれ王となる人間がそんなにわかりやすい顔をするな、と何度か諌めたが、フィグの前では隠そうともしない。
「もう少し愛想よくしろよな、次期国王サマ」
「……必要になればやるさ」
他の人間に聞こえないポリュームでつぶやく主人の後頭部をフィグはじっと見つめる。
妹のために求めた地位のせいで妹を手放すことになったこの男のためには、どうするのが一番いいのか。
まだ答えはない。
なんとかお届けできました。
短くてごめんなさい。次週も更新できるよう頑張ります。




