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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第九章 王太子と三人の美姫

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76.王太子は金髪の美女と踊る

 広間に戻ると人の配置がかわっていた。

 若干人が減ったように感じるのは、連れだって庭に降りて行った者たちがいるのだろう。そういえば、テラスからも庭を歩くカップルの姿が見えていたように思う。

 ざっと見渡すと、壁際に金の滝が見えた。体のラインを強調するような水色のワンショルダードレスの肩にうねらせた金髪を躍らせている。

 いつもなら他の二人を牽制するように鋭い視線を向け、『氷姫』のあだ名の通り、取り巻きの令嬢たちにもあまり微笑を見せないチェイニー公の長女ライラが、穏やかに微笑んでいる。

 その視線はダンスフロアに踊る少女たちに注がれていた。数組いるカップルのうち一組をずっと追っているようだ。

 たどたどしくステップを踏む少女に青年が苦笑を浮かべながら付き合っているのが見える。足をときどき踏まれているのだろう、少女がしきりに頭を下げているのも見て取れた。

 少女の顔に見覚えはないが、ライラの様子からすると妹か親族なのかもしれない。

 ゆっくりライラの方へ歩み寄る。ライラはしばらくダンスフロアの方へ視線を向けたままで、声をかけるのがはばかられた。

 少女が踊り終えて青年に礼をするまでダンスフロアに釘付けのライラが視線を外してようやく声をかける。


「ライラ殿」

「あら……これは王太子殿下。……もしかしてお待たせしてしまったかしら」

「いや。……一曲お相手願えるか?」

「ええ。喜んで」


 ライラの唇がみごとな弧を描き、差し出した手に手を重ねてくる。

 ちょうど曲の切れ目だったせいだろう、空いている中央へと足を進める。曲が始まれば他の者たちもフロアに出てくるだろうと思っていたのだが、なぜか誰も出てこず、二人だけで最後まで踊ることになってしまった。

 ライラはいつものように、微笑をたたえてじっと自分を見つめながら踊る。だが、その眼には今までのような強い光はなく、いつもより穏やかに微笑むのみだ。

 曲が終わり、互いに礼をすると周囲が沸く。これで王太子妃候補は決まりか、などという言葉さえ聞こえてくる。なるほど、だから誰も同じステージに上がらなかったのか。そんな意味は一つもなかったというのに。

 ライラはと見れば、嬉しそうでもなく、眉をひそめて複雑そうにうつむいた。


「少しよいか?」

「はい」


 シモーヌと同じようにテラスへと誘う。

 庭を見れば、あちこちに設えてあるベンチは概ね満席で、母上の意図以外にも若い者たちの見合いの場としての役割を果たしたようだ。

 ライラが差し出してきたグラスを受け取る。こういう役目は男がするべきものなのだが、今日はどうも気が回らない。先ほどのシモーヌの時もそうだ。


「それで、どうかなさいまして?」


 アルコールでのどを潤したライラが先に口を開く。


「いや、少し話をしたかっただけだが……先ほどダンスフロアで見つめていた女性は君の係累か?」


 そう尋ねると、あからさまにライラは眉根を寄せた。考えてみれば、女性と二人でいるというのに他の女性の話題を出すものではなかった。


「ああ、あれはわたくしの妹ですの。今年がデビューでしたのよ」

「そうか。それはおめでとう」


 ライラは自分と同年齢だから、ずいぶん年の離れた妹だ。そういえばあの少女も見事な金髪をしていたことを思い出す。


「春の宴では憧れていたレオ殿下と踊れたと大変喜んでおりました」

「そうか」


 本来ならば、春の宴は自分がデビュタントたちと踊るはずだった。それを揶揄されているのだろう。ちくりと刺されて眉を顰める。


「先ほどはシモーヌ様と踊っておいででしたわね」

「ああ。……二年ぶりだ。そなたともな」

「そうですわね」


 ライラは踊っていた時の笑顔など嘘だったかのように表情をきれいに隠して口元だけで微笑む。貴婦人の笑みは最も嫌いな笑みだ。


「それで、何をお話しになりましたの? シモーヌ様と」

「二年の間の話を少し聞いた」

「ああ。……そうですわね。王宮を下がってからはお話しする機会もありませんでしたものね。では、わたくしも二年の間の話をいたしましょうか。……と言っても、特に何もありませんわ。領内の砦の慰問には回りましたけれど」

「ほう」

「とりわけ我が領は父上の方針で砦に兵士の養成所が併設されていますの。数か月に一度、所属する兵士たちの勝ち抜き戦が行われるんですけれど、優勝者に月桂冠を授けるのがわたくしなのですわ」

「そういえば聞いたことがあるな。月桂冠を受けたものはいずれ首都の警備隊に推薦されるのだとか」

「あら、よくご存じですわね。ええ、そうですの。逆に、月桂冠を一度も受けたことのない者は推薦を受けられないんです。だから皆本気ですわ」


 軍務は将軍職であるチェイニー公爵にほぼ掌握されている。他にも将軍職はいるのだが、公爵に意見を言える者は今のところいない。

 王都の警備隊は城の近衛兵よりも激務だと聞いている。その分、手当も手厚いので、選ばれれば地方の警備兵よりもよほど稼ぎが良いとも言う。他の領よりもチェイニー領からの推薦が多いのは確かだ。

 実際には実技試験でふるい落とされるので、推薦があっても確実になれるわけではない。


「爵位がありませんから近衛や騎士団には入れませんけれど、実力者ぞろいですわよ、王都の警備隊は」

「……それならばむしろ北方警備隊に欲しい人材だな」


 北方警備隊、と聞いてライラは目を細めた。


「ベルエニー領の北の大門ですわね。ですが……あれも王国騎士団ではありませんの?」

「ああ。長らく停戦が続いてはいるが、いつ戦端が開かれるかは分からないからな。北の砦だけは爵位関係なく実力がなければ配置されない砦だ」

「そうなんですのね。……父に進言してみますわ」


 ライラの言葉に苦笑を浮かべる。チェイニー公爵の一声があれば兵士は集まるだろう。だが、あの人の扱きに耐えてどれだけ残るだろうか。


「そういえば、騎士団の武術大会にはお出にならないんですの?」

「ああ、あれか」


 ライラの問いにやはり苦笑を返す。

 本来ならば、国軍の総帥権は王が掌握することとなっている。いずれ国王となれば自分もそうなるのだが、父上と違って自分には弟がいる。政務を自分が担う分、総帥権は実質的には弟のどちらかに渡すことになるだろう。

 体を鍛えていないわけではない。あの日からずっと、ユーマにだけは負けられぬと体力をつけ腕を磨いてはいる。だが、上には上がいる。

 現にフィグとは養成学校を卒業したころから勝てなくなっていたし、いまならレオとやっても五分五分かそれ以下だろう。政務に追われて鍛錬がおろそかになっているのは事実だ。


「フィグにも勝てぬのだ、確実に負けてみっともない姿をさらすことになるからな。フィグが代わりに出る」

「それでも殿下の雄姿は見てみたいものですわ」

「……考えておく」

「楽しみにしております」


 にこりと微笑むライラにあいまいにうなずきながら、広間に戻る。戸口に立つフィグが再び深いため息をつくのが聞こえた。

 結局軍務の話に終始してしまったのは……仕方がない。

 もう少し普通に話せると思っていた分、自分で自分に愛想をつかしてしまいそうだ。

すみません、ストック尽きました(汗)

週一更新できればいいな、な状況ですので、大変お待たせすることになるかもです。

申し訳ございません。

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