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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第九章 王太子と三人の美姫

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73.三人の美姫は第一王女の茶会に呼ばれる(6/2)

 前を行く近衛兵に付き従いながら、ライラは言い知れぬ不安を抱えていた。

 今案内されているのは、王族のプライベートエリアに向かう廊下だ。ちらりと後ろに付き従うミリネイアとシモーヌを見る。二人とも緊張を隠せず、表情が強張っている。

 このエリアに通されたのは二年ぶりだ。ユーマが正式に婚約者になるまで、三人ともプライベートエリアへの立ち入りを許可されていたのだから。

 角を曲がり、階段を上る。槍を構えた近衛兵が立つ扉を通過すると、その先はプライベートエリアだった。

 そこここに配置された近衛兵が三人に向けて礼をするのを横目で見ながら、いま歩いているあたりがどこかを確認するように視線を走らせる。

 王妃教育に使われていたのは公的エリアにある王妃陛下の執務室にほど近い一室だったけれど、いま歩いているのは王族の未婚女性のためのエリアだ。妃の部屋はそれぞれ配偶者の部屋の隣にあるが、王女の部屋はフロアが違う。

 今の王家に未婚女性は一人しかいない。つまり、第一王女の私室に案内されていることになる。


 ――まさか、私室に案内されることになるなんて。


 ライラは廊下の窓から外を見た。どんよりと雲が垂れこめ、激しい雨が吹き付けている。

 先日の予定では中庭の四阿での茶会だった。当日になって王女の予定が変わったと連絡があって、あらためて招待を受けたのだ。

 今日も天気さえよければ、中庭の四阿の予定だったはず。まさか、王女の私室に通されるなんて。

 誘導係の近衛兵が足を止めた。大きな扉の前には近衛兵が二人立っている。


「どうぞこちらへ、フェリス殿下がお待ちです」


 誘導係が横に避けると、扉が内側から開かれた。見覚えのある黒髪の侍女が出てきてライラたち三人を確認するようにじっと見て、腰を折った。

 ライラは背筋を伸ばした。ミリネイアとシモーヌも居住まいを正す。


「ようこそいらっしゃいました、ライラ様、ミリネイア様、シモーヌ様。どうぞお入りください」


 侍女はそう告げると美しい所作のまま踵を返す。ライラは緊張を押し隠してそのあとに続いた。

 部屋を横切り、次の扉を開いた先に、部屋の主はいた。立ったまま三人を迎えた第一王女フェリスは、扉が閉じたタイミングでにこりと微笑みを浮かべた。


「本日はお招きありがとうございます」


 公爵令嬢であるライラが代表して口を開くと、三人はそろって淑女の礼をする。


「先日は急なキャンセルになってしまってごめんなさい。母上に呼ばれてしまって。どうぞ、おかけになって。オリアーナ、茶の用意を」


 フェリスに促されてそれぞれソファに腰を落ち着けると、先ほどの侍女が手際よく茶と茶菓子をそれぞれの前に配置した。そのまま侍女はフェリスの座るソファの後ろに控える。


「それで……どんな話を聞かせていただけるのかしら」


 ティーカップをテーブルに置いて顔を上げたフェリスは、先ほどまで貼り付けていた笑みを消していた。

 ライラは目の前に座る王女をじっと見つめる。今年がデビューの彼女はまだ十四歳、自分より八歳も年下の少女だというのに、何という存在感だろう。

 まるで王妃陛下を前にしているようだ。まだ年若いとはいえ王族、背負っているものがただの貴族令嬢とは違うのだと思い知らされる。

 ちらりと横の二人に視線を向けると、眉を寄せて青白い顔を伏せている。ライラは覚悟を決めて向き直った。


「フェリス様はユーマ様と今も手紙のやりとりをなさっておられますか?」

「……それがどうだというの」


 途端にフェリスの機嫌が悪くなる。


「お願いがあります。……ユーマ様へお手紙を送る際に、わたくしたちの手紙も一緒にお送りいただけませんでしょうか」


 深々と頭を下げる。


「頭を上げなさい……あなた方がユーマ姉様に何をしたか、わたくしが知らないとでも?」

「お怒りはごもっともです。弁解のしようもございません。ですが……」

「……オリアーナ、お客様はお帰りよ」

「お、お待ちください。フェリス様」


 フェリスの怒りのこもった声に口を開いたのは、頭を下げたままのシモーヌだった。王女の言葉を遮るなど、不敬と咎められても仕方のない行為だ。振り仰げばフェリスの表情は無表情を通り越して怒りをあらわにしている。


「わたくしたちは、ユーマ様に戻っていただきたいのです」

「何を言っているの。そんな都合のいい言葉で騙されたりしないわよ」

「本当です、フェリス様!」


 ミリネイアもたまりかねて声を上げる。ライラは頭を上げ、居住まいを正した。


「フェリス様。……わたくしたちは、今回の婚約破棄に怒っているのです」

「あなたたちにとっては都合がよかったのではなくて? 特にライラ様。――あの時、兄様がユーマ姉様にプロポーズしなければ、あなたは今頃王太子妃になっていたはずだものね」


 そう告げるフェリスの目は怒りをたたえている。

 ライラは一度目を伏せ、そっとため息をついた。自分が王族の方々から嫌われていることは自覚している。自分の態度が悪かったことが、今の状況を産んだことも。


「いいえ、フェリス様。……ユーマ様以外にあの方の横に立てる女性はおりません」


 目を開け、フェリスの目をまっすぐ見ながら告げると、王女は眉間にしわを寄せた。


「わたくしを騙そうとしても無駄よ。その言葉が本当だというなら、なぜ王太子妃候補を辞退しないのかしら?」

「それは……わたくしたちがいることで他の貴族への牽制になるからです」


 ちらりとミリネイアとシモーヌを顧みると、二人は力強くうなずいた。


「ご存じのように、わがチェイニー公爵家は代々将軍職を務める軍務のトップにあります。ミリネイアの実家であるアーカント侯爵家は代々外務大臣を務める外交のトップ、シモーヌの実家であるウェルシュ伯爵家は商業組合に顔のきく財務大臣。宰相家であるカルディナエ家と合わせて四大派閥と言われております」

「ええ、知っているわ」

「王宮に出仕する貴族のほとんどは派閥に所属しています。わたくしたち三人はそれぞれの派閥を代表する家の娘。わたくしたちを差し置いて娘を王太子妃にと申し出ることは、父の不興を買うことになります」


 フェリスは何も言わない。疑いのまなざしを受けたまま、ライラは続けた。


「そして、もしわたくしたちが王太子に選ばれなければ、派閥に属するどの家の令嬢も、王太子妃への申し出ができなくなります」

「……どういう意味かしら」

「チェイニー公爵令嬢ライラ様が選ばれなかったのに、配下の令嬢が選ばれることになれば、公爵閣下の不興を買うからですわ」


 そう口添えしたのはシモーヌだった。

 第一王女はしばらく呆然としていたが、眉根を寄せてさらに不機嫌な顔になった。


「……なんていびつなの。そんなの、おかしいじゃない」

「ええ。わたくしたちもそう思います。でも……今はこの歪な派閥に感謝していますわ」

「どうして?」


 ミリネイアは眉尻を下げた。


「だって……わたくしたちが王太子妃候補でいる限り、あの方の隣は空席でいられますもの。ユーマ様がお戻りになるまで、お守りできますでしょう?」

「……聞いてもいいかしら」


 フェリスは険しい顔をしたまま、三人を一瞥する。


「どうしてあなたたちはそこまでするのかしら。ユーマ姉様のこと、嫌っていたでしょう?」

「……友達だからですわ」


 にっこりと微笑んでライラが言うと、フェリスは目を丸くした。そんな可能性を髪の毛ほども考えていなかったのだとその顔を見ればわかる。


「友達、ですって?」

「ええ。お友達にしていただきましたの。……だから、ユーマ様にお手紙を出したいんですの」

「それなら、自分たちで出せばいいじゃない」

「表向きは仲が悪いままでなければまずいのです。……もしわたくしたちの父が知れば、ユーマ様に危険が及ぶかも知れません」


 ライラがそう告げると、フェリスは目を見開いた。


「まさか……」

「……二年前だけでなく、ユーマ様は何度も危険な目に遭っておられると聞きました」

「もちろん、確証も何もありません。ですが……これ以上ユーマ様を危険な目にあわせたくなくて、王太子殿下は婚約破棄を選ばれたのでしょう?」


 シモーヌの言葉にフェリスは両手で顔を覆い、うつむく。ややあって、顔を上げ、居住まいを正したフェリスは、眉尻を下げてため息をついた。

 ライラはそれまで感じていた威圧感が消えたのに気が付いた。目の前にいるフェリスが年相応の少女に見えたのだ。


「そう。……そこまでわかっているのね」

「二年前のあの時の王太子殿下を見ればわかりますわ。わたくしが同じ目に遭っても、きっとあんな取り乱し方はなさいません。……あの方のユーマ様を見る目は、わたくしたちに向けられたそれとはまるで違いましたもの」


 ライラの言葉に二人がうなずく。


「もっとも、六年前の春の宴のあの時から、わたくしたちに勝ち目なんかなかったのですけれど」

「そうよね、あの方はユーマ様しか見ていなかったもの」

「踊っていてもすぐわかりましたわ。わたくしと踊る時は心底面白くなさそうに踊っていらしたのに、ユーマ様と踊る時は本当に嬉しそうで……」


 三人が口々に語り始める。王太子妃の座を争っているとは到底思えない親密ぶりで、フェリスはおそらくずっと前からこの三人は仲が良かったのだろうと読み取った。


「わかったわ」


 フェリスの言葉に三人はおしゃべりをやめて背筋を伸ばす。その緊張した顔を見て、フェリスは口元をほころばせた。


「手紙の転送の件、引き受けるわ」

「本当に……?」

「ええ。どうやらわたくしと目的は一緒みたいだから。……ただし、中身は読ませてもらうわよ」

「えっ……」


 三人は顔を見合わせる。


「わたくしの手紙と同梱して送るのよ? 変なことを書いた手紙なんかユーマ姉様に送れないわ」

「ですが……」

「わたくしに読まれても恥ずかしくない手紙を書けばいいのよ。レオ兄様だってそうしてるんだから」

「れ、レオ王子殿下のも、ですか……?」

「ええ」

「……わかりました」

「じゃあ、今まで通り王妃教育の際にオリアーナに渡して。返事が届いたらオリアーナから渡すようにするから。いいわね? オリアーナ」

「かしこまりました」

「あ、ありがとうございます……!」


 後ろに控える侍女が礼を取る。ライラたちは立ち上がるとフェリスに礼を取った。


「いいのよ。ついでだし。……それより、お茶が冷めてしまったわね。オリアーナ、新しく淹れてきて」


 ワゴンを押して侍女が退出すると、フェリスは三人に座るように促した。用事が終わればそのまま退出だろうと思っていた三人は戸惑いながら腰を下ろす。


「せっかくだもの、いろいろ聞きたいわ。ユーマ姉様と――愚兄の話とか」


 顔を見合わせる三人に、フェリスはやはりにっこりと素敵な笑みを浮かべた。

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