70.第一王女は訝しむ
私室に届けられた封筒を指先で拾い上げ、フェリスは眉根を寄せた。
「どういうつもりかしら」
一通目の封緘はウェルシュ伯爵家令嬢シモーヌの紋章である白百合と天秤。
二通目はアーカント侯爵家令嬢ミリネイアの紋章であるミモザと鷹。
三通目はチェイニー公爵家令嬢ライラの紋章である剣と月桂樹。
どれも、王妃教育の際に侍女経由で内密にと届けられたものだ。
三人がどういう立場にいるのか、フェリスは把握している。
かつてはユーマ姉様とともに王妃教育を受けた、王太子妃候補。
候補として顔合わせをした時はフェリスはまだ幼すぎて、当時のことはほとんど覚えていない。でも、その後成長しても一緒にいたり遊んだりした記憶はなかった。
ただ、いつだったか『いずれ姉になるのですからもっと近くに寄ってよろしくてよ』なんて言われたことだけは、はっきり覚えている。
ユーマ姉様とはまるで違う。
その三人が、ばらばらに手紙を託してきた。
ユーマ姉様の婚約が正式に発表された後もずっと王妃教育を継続していることは知っていた。
三家の長たちは、きっとほくそ笑んでることだろう。思惑通り、ユーマ姉様が婚約破棄されたのだから。
だから、意図が分からない。
今のこのタイミングで、第一王女たる自分に接触してくる意図が。
このまま無視するべきだろうか。
三家が愚兄に対して早期に次期王太子妃の選定再開を、と働きかけているのはフェリスの耳にも入っている。
だが、わざわざフェリス宛てに個人名で出されたのは、三家の長とは別の意図があるのかもしれない。
しばらく封筒をにらんでいたが、一つため息をつくとフェリスは一通目を取り上げた。
どんな内容であれ、侍女を通じて届けられたものを受け取っていないことにするわけにはいかない。
封を切って、取り出した便箋を読み始めた。
◇◇◇◇
開かれた三通の手紙を前に、フェリスは眉を顰める。
「なんなの、これ」
三人が三人とも、『お話ししたいことがあるので王妃教育が終わった後に個人的にお茶会にお呼びいただきたい』『ただし他の二人には内緒で』と書いてきた。
「わたくしのお茶会に……? 呼ぶわけないでしょ」
しかも、他の二人には内密に、だと?
つまりそれは、自分が他の二人に抜け駆けして、唯一の王女たる自分と縁を結び、一歩リードしようということ。
第一王女の個人的なお茶会に呼ばれるほど親密だと、そう示したいのだろう。
ただでさえユーマ姉様の敵。
あの誕生日の宴に、呼ばれていないはずなのにユーマ姉様から招待状をもらったとその場にいた三人。
あの三人が直接手を下してなくとも、三家の意志が絡んでる可能性は十分にある。
そんな三人を、お茶会に?
「冗談じゃないわ」
三通をぽいと横に放る。今までもこういう私信はいっぱい来た。『ぜひ第一王女たるフェリス様の取り巻きに――』『お茶会にぜひ参加を――』『当家の誕生パーティへの出席を――』
それらと一緒。
「オリアーナ」
「はい」
部屋の片隅に控えていた部屋付きの侍女の名を呼ぶと、長い黒髪をさらりと垂らしたお仕着せの女性が歩み寄ってきた。この封筒を三人から託された侍女だ。
「これ、お断りの返事書いておいて。いつもの定型文でいいわ」
「かしこまりました。……次回の王妃教育の際にお渡しする、でよろしいですか?」
「そうね。……ああ、定型文に一文、付け加えておいてもらえる?」
「はい、どのような文章にいたしましょう」
「こんなくだらないもの、二度と送ってくるなって」
「……かしこまりました」
三通を手に、オリアーナは壁際の文机に移動する。彼女ならこちらの意図を汲んで、正しい社交的文章に書き直してくれるので楽だ。
二度と送るなと伝えておけば、さすがに第一王女の逆鱗に触れようとはしないだろう。
そうして書き上げられた文章をチェックしたのち、返信は次の王妃教育の際に秘密裏に手渡されたのだった。
だが、フェリスの思惑は外れた。
返事を渡した次の王妃教育では、もう少し中身に踏み込んだ封書が三通、届けられた。話の内容は愚兄とユーマ姉様のことで、お茶会ではなくてかまわないから、拝謁の許可がいただきたい、とある。
しかも、三人が三人とも、似たような内容だ。
前回の『くだらないもの』よりはマシだが、愚兄とユーマ姉様のくだらない噂話をするために時間を割けというのは容認できなかった。
今回も断りの手紙を書かせた。ただ、仲介役になっているオリアーナが、前回とは違って困惑した顔でフェリスを見上げる。
「どうしたのよ。前と同じでいいわ」
「それが……今回はお三方ともとても思いつめていらっしゃったのです。わたくしに封書を預けるときには一斉にお出しになって……受け取ってさっと隠すと安堵したように顔を見合わせていらっしゃって」
「……一斉に? 前回は個別にこっそり渡されたと言っていたわよね?」
そういえば、文面からは『他の二人には内密に』といった文言は消えていた。封書をオリアーナに渡すことは三人で結託したことなのかしら、とフェリスは眉根を寄せる。
あの犬猿の仲の三家の姫が?
確かに、ユーマ姉様に対しては三人で一緒に行動していることが多かった。仲が悪いはずの三人は、結託してユーマ姉様をいじめていたとも聞いたもの。
でも、今はユーマ姉様はいない。
空いた王太子妃の座を、三人で取り合っているのではないの? ほぼ同じ内容の手紙を、三人が同時に渡して来るなんて、おかしい。
「ええ、ですから他の皆様の懇願とは質が違うのではないかと思って」
オリアーナは受け取った三通の封書を手に立ち尽くしている。
「……ユーマ姉様の話、とあったわね」
手を延ばしてオリアーナの手から封書を取り上げ、三通を並べてもう一度じっくり眺める。確かに、以前のような華美な言葉は姿を消し、意味を間違って取られがちな言葉遣いは極力排除してある。
そして、要望は三通とも同じ。
「……返事を変えるわ」
「はい。内容はなんと?」
「『条件は、個別でなく三人同時に会うこと。日時は次回の王妃教育のあと。場所は中庭の四阿で、茶会形式で。護衛も侍女も抜き』」
「姫様、それではもし何かあった場合に姫様の身が危のうございます。せめて護衛をおつけくださいませ」
「もちろんオリアーナには同席してもらうわよ」
「え……」
「だって、仲介者はオリアーナだもの。当日の誘導もお願いね?」
「は……ですが護衛は……」
「さすがに、人目のない室内ではなく中庭の四阿で王女を手にかけたらどうなるかぐらい、あの三人は知っているわよ」
確かに、フェリスが指定する予定の四阿は、城のあちこちから見える場所にある。当日はもちろん、そこかしこから監視をさせるつもりだし、万が一に備えて弓矢隊も配置しておけばいい。
「かしこまりました。……姫様、無茶だけはなさらないでくださいませね?」
「努力はするわ」
オリアーナの心配そうな表情に、フェリスはにっこりといつもの笑顔を浮かべた。




