69、三人の美姫は今日もお茶会を開く(5/20)
色とりどりの花が咲き揃う庭を眺められる東屋に、三人の美女が集っている。
今回のホストであるミリネイアは、今日は春を思わせる若草色の軽やかなドレスを身にまとっていた。豊かな赤髪が見事に映える。
「二か月もあいてしまって申し訳ありません」
ミリネイアは目の前の二人に頭を下げた。
「気にしないで、ミリネイア。わたくしも忙しかったし」
「そうよ、あなたのせいじゃないんだから」
前回のお茶会からすっかり間があいてしまったのは、三人のスケジュールがなかなかあわなかったせいだった。
王妃教育は三人とも時間を合わせてあるのだが、それが終わるとすぐさまばらばらに迎えの馬車に詰め込まれる。登城の頻度はユーマが婚約破棄されても変わらないのだが、以前にも増して茶会や夜会が増えたのだ。
三人の父たちはこれも王妃になるための必要なことだと譲らない。
「夜会や茶会ではいつもお会いできるのに」
「本当よね。今日だって、今朝になって他の予定を入れられそうになって慌てましたわ」
そう告げるのはシモーヌだ。やはり今日もアイボリーのドレスに身を包み、黒髪を高く結い上げている。
「まあ」
「だからとっさにライラ様のお名前をお借りしましたの。……ごめんなさい」
「そのくらい、構いませんわ」
薄紫の薄衣を重ねたドレス姿のライラはにっこりと微笑んだ。
もともと、ウェルシュ伯爵家とアーカント侯爵家、チェイニー公爵家は互いに派閥争いの敵同士だ。こうやって娘たちが茶会で顔を合わせるのもいい顔はしない。
とはいえ、公爵家の茶会に招かれていると言われれば、父だって強引に止めることはできないだろう。その読みは当たった。
「最近は子爵や男爵の夜会にも参加するようにと父から言われておりますの。以前の父ならば考えられないことですわ」
チェイニー公爵である父ランドールは将軍職にあって、近衛騎士団のトップでもある。
近衛騎士団は位の高低にかかわらず貴族の子弟が多く所属している。ゆえにその親、もしくは本人との関係を大事にする。表向きは。
実際には、位の低い貴族からの要望や招待などは無視していたのだ。ライラ宛にと届けられた茶会や夜会の招待状も、ランドールが検閲し、チェイニー家に益のある相手だけに許可をしていたのを、ライラは最近知った。いや、知らされた。
きっかけは、珍しく家令が直接ライラに持ってきた招待状だった。
とある子爵邸で行われる茶会の招待状を受け取り、何気なく家令に、「あなたが持ってくるなんて珍しいわね」と声をかけた。
今までは父から直接渡されていたのに、と聞けば、すべてライラに渡してよいと許可が出たのだと。
しかし、出席の可否を自分で決めさせてもらえないのは変わらない。
父のエスコートで夜会に参加して、主催に挨拶をして、何曲かダンスを踊ったあと先に帰る。子爵や男爵位の夜会に将軍であるチェイニー公爵が参加すること自体が褒美なのだ。
茶会も同じで、必ず母か妹が付き従う。息苦しいこと限りない。
「わたくしのところも似たようなものですわね。……出席する茶会や夜会は自分で選びたいのに、父が許してくれませんの」
「シモーヌ姉様のところもですのね。このところ毎日茶会か夜会が入っていて、着ていくドレスにも困るくらいですのよ」
ミリネイアとシモーヌは同時にため息をついた。
「おかげで、宿題を考える暇もありませんわ」
「宿題ね……」
ユーマ様に王太子の婚約者として戻ってきてもらうために、できることはないか。
それが前回、王太子の婚約破棄のあとで初めて三人で集まったときに出た話だった。
「あの……手紙を、書いてみようと思うんですの」
おずおずと口を開いたのは、ミリネイアだった。
「本当は、ユーマ様に会いに行きたいところなんですけれど……ユーマ様のいらっしゃるベルエニー領は北の果てでございましょう? 会いに行くにしても、一月はかかると聞きました。社交シーズンの真っ最中に、一月も王都を空けるのは、きっと父が許してくれないと思うんですの」
「だから、手紙なのね」
「そうよね……お友達にしていただいたんですもの、手紙を出したっておかしくないですわよね……?」
申し訳なさそうに目を伏せるミリネイアと対照的に、ライラは目をきらめかせてうなずいた。シモーヌも手にしていたハンカチを握りしめてライラをちらりと見上げる。
「でも、わたくしがユーマ様に手紙を出したと父が知れば、大変なことになると思うんですの。だから、こっそり出す方法を考えなくてはなりませんわ」
いいアイデアだと三人で顔を見合わせたものの、ミリネイアの言葉に二人は柳眉を寄せる。
「かといって街に降りて自分で配達を頼みに行くわけにもいきませんものね……」
「侍女にこっそり頼むわけにはまいりませんの?」
ライラはちらりと館の方を見た。東屋の周辺は人払いを頼んでいるため、使用人も護衛も声が聞える範囲には誰も近付いては来ないが、ミリネイア付きの侍女はいるに違いない。
しかし、ミリネイアは首を横に振った。
「わたくし付きの侍女は家令の娘なんですの。いくら秘密にしたくても筒抜けですわ」
「それは……困るわね」
「姉様のところはいかがですの? もし可能でしたら、わたくしのお手紙をことづけたいのですけれども」
「それは……」
ライラとシモーヌは顔を見合わせた。確かに、三人のうち誰かが手配できれば、三人分を預けられる。だが、二人もまた頭を横に振った。
「わたくしはもっとだめですわ。手紙も書けるかどうか……。最近、茶会のお返事などの書き損じもチェックされているようなんですの」
「えっ……そこまではありませんわね、わたくしのところは……」
シモーヌは驚いて目を丸くする。ミリネイアも驚きが隠せないようだ。
「それに、手紙の受け渡しはどうしますの? 王妃教育の際に渡せればいいけれど、侍女たちの目がございましょう?」
「そうですわね。かといって、手紙として送っていただいても、きっと父上に開封されて中をあらためられてしまいますわ」
ライラの指摘にシモーヌは再び表情を曇らせた。
「そうですわね……他にいい手はないかしら……」
三人は沈痛な面持ちでうつむいた。さわやかな風が吹き抜けていったが、三人の表情は芳しくない。
ミリネイアは自分がホストであることを思い出し、立ち上がった。
「少し、休憩にいたしませんこと? わたくし、お湯をもらってまいりますわ」
「え、ええ、そうね。お願い」
ミリネイアを見送ると、ライラもシモーヌも腰を上げた。
陰鬱な気分で前のめりに座っていたところで、気分転換にはならない。東屋から見える美しい花々を眺め、空の青さに目をやりながら、体を延ばす。
「そういえば、ユーマ様は花を育てるのがお好きでしたわね」
「そうですわね、鉢植えの花たちにお水を上げていたのを覚えていますわ」
シモーヌは、こっそりお茶会に呼ばれた時にユーマが植えたばかりだという鉢植えを手にしていたことを思い出していた。
「ええ、わたくしも覚えがありますわ。確かあの時は、お茶会にフェリス様がいらっしゃって、ユーマ様が手塩にかけて育てていらっしゃる花のことを教えていただいたんですわ」
ライラも、第一王女フェリスが乱入してきたお茶会のことを思い出していた。フェリスは終始ユーマの方ばかりを見て、自分がいることを気にもしていなかったようだったけれど、と。
「……フェリス様……そうですわ、ライラ様!」
不意に声をかけられて我に返ると、シモーヌは目を輝かせてライラの手を握り締めた。
「フェリス様はユーマ様のことをとても慕っておいででしたでしょう?」
「え、ええ。そうですわね」
「フェリス様なら……ユーマ様がベルエニー領に帰られた後も、お手紙のやりとりをされているのではないでしょうか」
「あ……」
その言葉にライラも目を見開いた。
「そうだわ……きっとそう。ユーマ様のことを本当の姉様のように慕っていらっしゃいましたもの。お手紙のやりとりはなさっていてもおかしくないわ」
「ライラ様。……わたくし、次の登城の際にフェリス様にお目通りをお願いしてみます」
シモーヌの手をライラも握り返し、力強くうなずいた。
「ええ。……わたくしも一緒に行きたいけれど、同時に謁見を求めたら父上に気が付かれてしまうかもしれないわね……。わたくしはその次の登城でお目通りいただけるようにお手紙を書くわ」
「そうと決まれば、ミリネイアにも教えて差し上げなくてはね」
「そうね。……フェリス様にとっては、わたくしたちは敬愛するユーマ様のライバル。一度で快諾いただけないかもしれません」
「それは……覚悟しておりますわ。……わたくし、王家の皆様には快く思われておりませんものね……」
シモーヌは手を離し、しょんぼりとうつむいた。
「でも、わたくしたちの真意をきちんとお話しすれば、フェリス様も少しはわたくしたちの言葉に耳を傾けてくださるかもしれません」
「そうですわね、……フェリス様は決して心の狭くないお方ですもの」
ライラの言葉に勇気づけられて、シモーヌは顔を上げた。その方角にはちょうどワゴンを押しながら此方にやってくるミリネイアがにこやかに微笑んでいる。
「わたくし、頑張ってみるわ」
「ええ、ライラ様。わたくしも」
二人は微笑を浮かべてうなずき合い、何も知らないミリネイアを迎えるべく一歩踏み出した。




