61.子爵閣下は贈られたものに頭を抱える
執務室にて、ニール・ド・ベルエニーは机の前で頭を抱えていた。
目の前には、先ほどベルモントが持ってきたものがある。
「旦那様」
「本当にこれが入っていたのか?」
「はい」
昨夜、国王陛下の名代であるリリーから受け取った目録を元に、朝からベルモントはリリーの立会いの下、目録にある品物をチェックして分類する作業を行っていた。
そのベルモントがニールの執務室にやってきたのは、夕食後のことだ。
「目録は半分までチェックが終わりました。あまりに細々とした品が多いので、まずはかさばるものから始めております。分類の終わったものはすでに北の館に移しました」
「そうか」
かさばるもの、ということはインテリア類だろう。ニール自体は検品が済むまで運ばれた品が収納された部屋に立ち入らない予定だが、連ねてきた馬車の数を考えればだいたい予想が付く。
それにしても、と机の上に置かれたものを手に取る。
それは、伯爵位の移譲に関する書類だった。
ウィスカ王国では本来、領地と爵位は別物だ。
ベルエニー家が男爵であったものを子爵に格上げされたことから見てもわかるように、領地はそのままで家格のみ上げたから、収入が増えるわけではない。
だが、目の前にあるのはイグランド領の移譲を伝える国王の勅書だ。
イグランド領というと、西の隣国ダシェール王国にほど近い高地で、牧羊が盛んな地域だ。羊毛の産出地でもあって、ベルエニー家としてはありがたい限りではある。
だが、ユーマとの婚約破棄の賠償として割譲されるにはあまりに価値が高すぎる。領地も、爵位も。
イグランド領自体は、確か先代のイグランド伯爵が後継を持たずに早逝された後、王国に返納された領地だったはずだ。以来、決して短くない年月を王国の直轄地として運営されてきた。
それを、運営は王国で引き続き行い、収入だけをベルエニー家に回すという。
爵位も、ニール自身が綬爵してもよいし、息子や婿に与えてもよい、とのお墨付きだ。
爵位も同時に返納されているから、イグランド領を受け取ればイグランド伯爵位が付いてくる。
もしもニールが受け取れば、ベルエニー子爵とイグランド伯爵の二つの爵位を持つことになる。通常は位の高い爵位を名乗ることになるから、イグランド伯爵ニール、と呼ばれるのだ。
それだけは避けたい。伯爵位以上になると、王宮内での何らかの役割を与えられる可能性が高くなる。そうでなくともそういったことから距離を置きたいと思っているのだ。
受け取れるはずがない。
それに、いくらなんでももらいすぎだ。そうでなくとも、有名な彫刻士の手による置物や名工の手による逸品、国外から取り寄せたであろう品々が部屋からあふれるほどあるのだ。
「ベルモント」
「はい」
「これ、どうしようかね」
「さあ……私に聞かれましても」
優秀な家令はほんの少しだけ眉尻を下げる。
「……お断りできないかな」
「それは、無理かと」
だよねえ、とニールはため息をついた。
これがただの打診だったらよかった。伯爵位と領地いらない? と聞かれれば、即座にお断りできたのに。
確かに、ありがたい話ではある。ベルエニー家は決して豊かな土地ではないし、冬に外界から孤立することもあって、領民もそうそう増えない。
イグランドの収入をこちらに多少なりとも回せるのであれば、北の大門の修復だって国の予算が降りるまで待たずとも、修理後に費用を請求するだけで済む。――無論、決裁が通れば、であるが。
実際、国の予算が降りるまで待てないのだ。冬に突入する前に修復を終わらせてしまわなければ、工事に携わる者たちを一冬逗留させなければならない。
それは、ニールにとっても作業に携わる者たちにとっても嬉しくない。
それに、だ。
これはユーマに対する王家からの賠償だ。いずれユーマが嫁ぐ相手に渡すのが筋だろう。
ニールは書面をめくる。
綬爵についての条件は付けられていない。期限も、こちらが必要とするまで引き延ばすことができるようになっている。その間も運営は今まで通り行い、収入をベルエニー家に渡すことが書かれている。
どうせ断れないのだ。
それならば、いずれ現れるユーマの婿のために置いておくのが正しいだろう。ベルエニー領の運営に組み入れていいものではない。
「分かった。……これは金庫にしまっておいてくれ。返事を書く」
「かしこまりました」
渡されたものを再び元のように厳重に包むと、ベルモントは部屋を出ていく。ニールはため息をつき、机に積まれた書類に手を伸ばした。




