58.子爵閣下は国王からの書簡を受け取る
晩餐の場に王都からの使者は同席していなかった。
ベルモントにも確認をしたが、本人が侍女であることを理由に同席を固辞したという。
その代わりと言っては何だが、明日の朝には出立する息子カレルと第三王子セレシュ殿を交えた晩餐は、賑やかに始まり、賑やかに終わった。
どうやら今日は北の砦で真剣試合をしてきたらしい。カレルもセレシュ殿も、剣の腕についてはダン・グレゴリ殿からお墨付きをもらったようだ。カレルとしてはうれしい限りだろう。
戻って来てすぐのころ、カレルは悔しそうに負けたことを詫びてきた。北の砦に戻れなくなったこと、フィグと同じ立場になることがよほど悔しかったのだろう。
フィグの代わりに自分が北の砦に戻ると意気込んでいた分、落ち込みようは激しかった。だが、滞在中にどうやら吹っ切れたようだ。
ニールは元気よく語りながら前を歩く二人を見て口角を上げる。自分もかつてそんな時代があったな、と思いながら、傍らを歩く妻に微笑みかける。
「あら、どうかなさいましたの?」
「いや。若さがうらやましくなっただけだよ」
「ふふ、そうね」
自分も騎士養成学校には通った。あの頃の同期は今も騎士団の重要人物として頑張っている。社交シーズンになると、休みを調整して皆で集まったりしていた。今年は参加できないと詫び状を書いたが、無性に彼らの顔を見たくなった。
娘に領地を任せて王都まで遊びに行こうか。そんなことを考えていると、妻がくいと腕を絡めてきた。
「今年はいつもの集まりに行かなくていいんですの?」
「……ああ」
「わたくしもユーマもいますから、行って来ればよろしいのに?」
「そういうわけにはいくまい」
まるで自分の心を見透かしたような妻の言葉にぴくりと体がこわばる。だが、社交界へは当面顔を出さない。それが自分なりのけじめだ。
「それならばお招きしたら?」
「無茶を言うな。彼らがおらねば騎士団が立ち行かん」
「まったく……手間のかかることですわね」
妻がため息とともに何をつぶやいたのか、ニールは聞き取ることができなかった。
◇◇◇◇
国王陛下の名代と名乗ったのは、第一王女フェリス様付きの侍女だった。リリーという名前に思い当りはあったが、頑なに家名を名乗らないため確認はできなかった。
居間にはセレシュ殿とユーマ、カレルも揃っている。
「こちらをお預かりしてまいりました」
リリー殿が差し出してきたのは二通の封書だった。王の紋章で封緘されたそれを開けると、片方は賠償の目録だった。もう一通は国王陛下と王妃陛下の連名で書かれた正式な詫び状だった。
「確かに受け取りました。目録と品物の確認は?」
「いえ、まだ行っておりません」
傍に控えるベルモントが答えた。目録は今まで開封されていなかったのだから当然だろう。
確認が終わるまでは立会いとしてリリー殿に逗留してもらわなければならないが、セレシュ殿やカレルとともに王都に戻るのであれば、夜通し作業をせねばなるまい。
「それから、こちらをユーマ様へと預かっております」
リリー殿に呼ばれてユーマが立ち上がると、リリー殿は同じように二通の手紙を娘に手渡した。
「これは……?」
「王太子殿下よりお預かりしてまいりました」
ぴくりと体をこわばらせたのがはっきり見て取れる。見る見るうちに顔が青ざめるのがわかった。
「ありがとう、ございます」
ふらつきながら娘は封書を胸に抱いてソファに戻る。セレシュ殿が身を乗り出してその手元を見つめているが、ユーマは封を開ける気配はない。
「ユーマ様」
「はい……」
娘が顔を上げると、リリー殿は頭を下げた。
「大変申し訳ありません。分厚い封書の方は目録となっております。セリア殿にお渡しいただけますか?」
「目録……?」
「はい」
ユーマは封書を開けて中身を抜き出した。先ほど渡された国王陛下からの目録とよく似た文書のようだ。
「ドレス……?」
「えっ?」
娘の言葉に反応したのはセレシュ殿だった。娘の手から文書をひったくり、ざっと目を通していくセレシュ殿の表情は厳しいものになっていく。
「これ……本当に兄上から?」
「はい」
セレシュ殿には何か思うところがあったのだろう。眉根をひそめてリリー殿を窺うように見つめている。
「目録の作成と梱包はわたくしが行いましたから、間違いありません」
「はぁ……」
セレシュ殿はため息をつくと目録をユーマに返し、ソファに体を預けた。
「バカ兄の奴……」
話が見えない。ニールはソファから立ち上がると、娘の手から目録を取り上げた。
「リリー殿、これは?」
「王太子殿下からの贈り物です。お忘れのようでしたのでお持ちいたしました」
「えっ」
娘の驚いた声に顔を上げると、リリー殿はにこやかに微笑んでいた。娘の方へ視線をやると、目を丸くしたまま固まっている。
「お嬢様……」
娘のすぐ横にセリアが申し訳なさそうな顔をして立っていた。ユーマはもう一通の封書を膝に置いて目を伏せる。
「子爵閣下、品物と目録の確認に人手をお借りしたいのですが、構いませんでしょうか?」
「あ、ああ、もちろん。――ベルモント、セリア。頼む」
「はい」
「かしこまりました」
ニールはそれぞれの目録を二人に渡すと、リリー殿に向き直った。
「目録の確認には時間がかかりそうですが、明日には帰られるのでは?」
「その件ですが、こちらにしばらくとどまる許可をいただきたいのですが」
ニールは目を見張りつつ、セレシュ殿の方に視線を向けた。
「それはかまいませんが……それではセレシュ殿の戻る馬車には同行なさらないと?」
「はい。荷馬車を一台、御者と護衛三名を残していただくよう話はついております。彼らもともに留まりたいのです」
じっとリリー殿を見つめる。おそらく最初からその予定だったのだろう。目録を信用して品物との確認を省いてもいいのだが、国王陛下の名代として来たリリー殿は手を抜かないだろう。こちらも不誠実な対応はしたくない。
「わかりました。必要なものや人員があればベルモントに伝えてくだされば、対応します」
「ありがとうございます。――セレシュ様、カレル様、明日は朝食後の出発を予定しておりますが、問題ありませんか?」
「ああ、問題ない」
セレシュの言葉にカレルも頷いた。リリー殿は礼を取るとニールに向き直った。
「それでは、わたくしはこれにて失礼いたします」
「ああ、ありがとう」
リリー殿が退出すると、ユーマはふらりと立ち上がった。
「わたしも少し休ませていただきます。……セレシュ、カレル、ごめんなさい。見送りには出るから」
「そんなこと気にしないで。……大丈夫? ユーマ姉様」
セレシュも立ち上がり、ユーマの手を握る。娘は手紙を握りしめたまま、完璧な笑みを浮かべた。
「大丈夫。少し驚いただけだから」
軽く礼をしてユーマとセリアが退出していく。
ニールは深くため息をつき、ソファに身を沈めた。
本年最後の更新となります。お読みいただきありがとうございました。
次回は来年1月2日12時の更新です。




