56.子爵令嬢は王都からの迎えを受け入れる(4/18)
王都からの迎えは予想外に早く来た。
朝を食べて二人を北の砦に送り出し、ベルモントから今日の手はずを聞き、泊まっていただくための客室を準備する手が足りないと聞いては準備を手伝った。
人数がどれぐらいなのか分からないため、本館の客室と、先日使った春の館の客室を準備する。春の館の方は、この間のガーデンパーティに合わせていくつかの部屋は清掃済みで、本館の客室もすべての客室を使えるように準備する。
母上の侍女が減った弊害はよくわかった。侍女頭であるアンヌは母上と一緒にハインツ領に行っているらしく、二番目に長く勤めている侍女であり乳母でもあったマリアンヌと、セリアと相談しながら人の割り振りする。
貴族の令嬢に求められる能力の一つがこの、使用人の把握だ。
嫁いでいった先では、女主人として家の中をすべて切り盛りするのだから、その予行演習みたいなものね。
……まあ、わたしには嫁ぐ先はないのだけれど。
「お嬢様」
客室の準備を手伝っていると、ベルモントが飛んできた。
「王家からの馬車が参りました」
「わかりました、すぐ行きます」
一通り自分の姿を確認して、階下に降りる。貴族の令嬢の格好としては全く華美でなく、むしろ侍女よりも質素かもしれないけれど、客人はいないと聞いているから、失礼には当たらないだろう。
玄関を出ると、車寄せに何台もの馬車が連なっていた。
「えっ……?」
お忍びで我が領にきたセレシュの迎えだから、きっとあの黒塗りのお忍び用の馬車が単独で来るものだと思っていた。
でも、玄関前につけられた馬車は王家の紋章入りの立派なもので、護衛の騎馬がぞろぞろと後ろをついてきている。
ざっと見たところ、先頭の馬車にのみ紋章が入っている。その後ろに従う馬車はよくある赤いつやのある木造のもの。御者台には一人ずつ制服を着た御者がいて、王家の紋章入りの馬車の御者は、わたしの顔を認めると頭を下げ、馬車の扉を開けた。
そこから出てきたのは、ワインレッドの上品だけど華美な刺繍などが何もない簡素なドレスをまとった女性だった。
美しく結い上げられたまばゆいばかりの金髪を揺らして、わたしと同じぐらいの年の女性は深々と礼をする。
「ユーマ様でいらっしゃいますね?」
金糸雀のような美しい声を持つ女性は、わたしがうなずくとにっこりと微笑んだ。花がほころんだような美しい笑みに、わたしはつい見惚れてしまった。
「わたくしは、第一王女フェリス様に仕えております侍女のリリーと申します」
「ベルエニー子爵の娘、ユーマでございます。あいにく父は留守にしておりますが、手はずは整っております。どうぞお入りください」
名乗りを聞いて、どうしてフェリスの侍女がセレシュの迎えの馬車に乗ってきたのだろう、と心の中で首をかしげる。
それに、何台も連なるこの馬車は一体何なのだろう。
「その前に、護衛たちの誘導をお願いできますでしょうか」
「ええ、もちろんです。ベルモント、護衛の方々に厩を案内して差し上げてちょうだい」
「かしこまりました」
後ろに控えていたベルモントは、やってきた厩番にてきぱきと指示を与えている。
「それから、荷物を下ろす許可をいただけませんでしょうか。量が多いので、どこか空き部屋があると助かるのですが」
「わかりました」
セリアを呼ぶと、駆け寄ってきたセリアはリリーを見て頭を下げた。
「ご無沙汰しております、リリー様」
「お久しぶりです、セリアさん。この度はよろしくお願いいたします」
「ええ、どうぞこちらへ」
にこやかに会話を交わしてセリアが玄関の方へ促すと、リリーは馬車の御者たちを振り返って頷いた。
わたしもつられて馬車の方を振り向き、目を見開いた。
御者たちは、馬車の荷台から袋包みのようなものを抱え上げてリリーの合図をじっと待っていたのよ。
セリアの後にリリーと御者たちが邸の中に入っていく。
馬車にはまだまだ荷物が載っているらしくて、厩から戻ってきた護衛も荷物の運搬を手伝い始めた。
一体何が起こっているのだろう。こんなに大量の荷物が王都から運び込まれる予定はなかったはず。
それとも、父上には何か、連絡が行っているのだろうか。
そう考えて、はたと思い出したことがあった。
父上は、今回の婚約破棄のことで王妃様から賠償をいただくことになった、と言っていた。
ということは、セレシュの迎えの馬車に便乗して、賠償の品々を贈ってきたのね。
そしてこれが……わたしが王家に捧げた六年間の値段なのだということ。
胸がちくりと痛む。
――これで本当の本当に縁が切れる。
目の前で次々と馬車が空っぽになり、御者が馬車を庭の方に引いていく。その様子を、結局わたしは最後まで玄関で見届けた。
「お嬢様」
背後から声をかけられて振り返ると、ベルモントが困ったような顔をして立っていた。
「どうかしたの?」
「護衛の方々と御者の方々には春の館にお入りいただきました。お迎えは滞りなく終わりましたので、中へ入られませんか? リリー様がお待ちでございます」
「そうだったわね」
わたしは踵を返して館へ戻った。
◇◇◇◇
ベルモントに案内されて居間に入ると、リリーとセリアが立ち上がったのが見えた。どうやら仲の良かった侍女らしく、二人掛けのソファに並んで腰かけていたのがわかる。
「お待たせして申し訳ありません」
頭を下げて、ベルモントの誘導でソファに腰を下ろす。
セリアが慌ててその後ろに立とうとしたが、わたしはそのまま座るように促した。
「改めまして、フェリス様の侍女を務めております、リリーです。王宮では何度かお会いしたことがあるのですが、覚えていらっしゃいませんか?」
「ええ、覚えております。たしかフェリス様の部屋付きでいらっしゃいましたよね?」
「その通りです」
嬉しそうに微笑む彼女の顔には確かに見覚えがあった。部屋付きの侍女だからか、あちこちで歩くことが好きなフェリスに付き従っていたところは見たことがない。
フェリスの部屋でのお茶会で顔を合わせたのよね。
「リリー様はフェリス様の名代として来られたわけではありませんよね?」
そう問いかけると、リリーは首を横に振った。
「ユーマ様はもうお気づきかも知れませんが、今回はわたくし、国王陛下と王妃陛下の名代としてまいりました」
微笑みを消し、表情を引き締めたリリーにわたしも頷いた。
「では、父の帰りをお待ちいただく方がよろしいですね」
「そうですね、子爵閣下宛ての書簡も受け取ってまいりましたので」
「わかりました。夕食までには戻ると思いますので、夕食後で構いませんか?」
「ええ。その際にはぜひ、ユーマ様、カレル様、セレシュ様にご臨席を賜りたく存じます」
花がほころぶように微笑んだリリーに頷き返す。
今回運び込まれた荷物は、やはり賠償の品々なのだろう。あれだけの品を目録と照合していくだけで結構な手間よね。
「それから、荷物が入りきらなかったので、二つの部屋をお借りいたしました。事後報告になってしまって申し訳ありません」
「いえ、それはかまいません」
「ユーマ様にも書簡をお預かりしてまいりましたが、今読まれますか?」
リリーは手元にある包みを手繰り寄せた。が、わたしは首を横に振る。
「それでは、夕食後にお渡しいたします」
「ありがとうございます。……セリア、お部屋へご案内して。そのあとは特に用もないから休みにしていいわ」
「お嬢様?」
ソファから立ち上がると、リリーとセリアも腰を上げた。
「リリー様と積もる話があるのでしょう? あとは大丈夫だから」
「……ありがとうございます」
セリアのわたしを見る目には戸惑いが浮かんで見えたが、口元を引き結ぶと頭を下げ、リリーを促して部屋を出て行った。
扉が完全に閉じるのを確認して、ソファに座り直して体を預ける。
どっと疲れが戻ってきたような感じがする。
それにしても、どうしてセレシュの迎えがフェリスの侍女なのかしら。
国王陛下から賠償の品を託されたのだとしても、普通は男性が立つわよね。それだけ信任の厚い侍女だということで説明が付くのかしら。……わからないわ。
ぼうっと扉を眺めていたら、ベルモントが入って来て一礼した。
「お嬢様、厨房から晩の献立の確認依頼が来ております」
「今行きます」
ともあれ、すべては夕食後。それまでには父上も母上もお帰りだろうし、カレルもセレシュも戻ってくるはず。
わたしはさっと立ち上がると、ベルモントの後を歩き始めた。




