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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第七章 子爵令嬢は弟と第三王子を迎える

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55.子爵令嬢は疑問を抱く(4/17)

 王家からの迎えが来る、とベルモントが告げたのは、春の館でお茶会をした翌日の夕方だった。

 夕食の席に降りるとすでに二人は席に着いていた。あいにく、父上と母上は再びお隣に呼ばれて今日はお泊りだ。


「セレシュ様、カレル様。明日王家からのお迎えの馬車が来ると連絡がございました」


 食事を始める前にベルモントが告げると、すぐ横でため息が聞こえた。顔を上げると、セレシュが眉根を寄せて辛そうな顔をしている。


「もうそんなに経ったんだね……」

「二人が帰って来てもう十日以上だものね」


 そういえば、わたしが王都から戻って来てもう一か月以上経ったのね。ほんと、あっという間だわ。


「帰りたくないな……」

「我儘を言うな」


 向かいの席から弟の声が飛んでくる。さすがに手厳しい。

 セレシュはカレルを専属護衛騎士に、と言っていた。きっと、こういう部分なのね、セレシュが欲しがるのは。

 カレルも――兄上もそう。

 相手が誰であろうと、間違っていることは間違っていると面と向かって言うのは、もしかしたらベルエニー家の血筋なのかしら。

 父上はどうか知らないけれど、それでも正義を貫こうとしているのは、この一か月、いろいろ手伝っていて見えてきた。

 だから、領民にも愛されているのではないかな。

 わたしは……どうだっただろう。昔はできていたかもしれない。でも、今は……わからない。


「……ねえ? ユーマ姉様」


 不意に横から声をかけられて我に返った。

 いけない、物思いにふけっていてまるで聞いていなかった。


「ごめんなさい、聞いてなかったわ」

「姉さん、甘やかさないでいいから」

「あーっ、ひどい。ここが居心地いいから帰りたくないって言っただけなのにっ」

「むくれるな。……お前、ほんとに外面だけはいいよな」

「当たり前だろう? なにせ王子だからなっ」


 セレシュが誇らしげにつんと鼻を上げ、胸をどんと叩いて見せる。カレルが口をへの字に曲げるのが見えて、おもわずわたしは吹き出してしまった。


「あっ、姉様ひどいっ」

「ご、ごめんなさい、なんだか、かわいくてっ……」


 くすくすと笑うと、セレシュはぷんと頬を膨らませた。まるで子供だ。そういえば、寄宿舎に入る前はこんな感じだったな、と思い出す。カレルも昔はもう少しかわいくて、わたしに甘えてくれたものだけれど。


「かわいいって……ひどいよ姉様」

「そうよね、正式に騎士になった人にかけるべき言葉じゃなかったわね。ごめんなさい」


 頭を下げつつも、やっぱり口元が緩んでしまう。


「じゃあ、明日は荷造りをしないとね」

「僕の荷物は大してないから大丈夫」

「カレルは?」

「……ほとんど終わってる。あとは身の回りの物だけだ」

「そう。じゃあ、明日はどうするの?」

「僕は最後にしょ……砦の親方に手合わせをお願いしに行こうかと思ってるけど」

「それなら付き合う」


 セレシュが視線をカレルに向けると、カレルも小さくうなずいた。


「そう、じゃあお師匠様によろしくお伝えしておいてね」

「あれ、ユーマ姉様は行かないの?」

「ええ、父様も母様もいらっしゃらないから、わたしがお迎えしなきゃ」

「ああそっか……じゃあ、出かけない方がいい?」


 ちょっと眉根を寄せてセレシュがちらりとわたしの方を見る。わたしは首を横に振った。


「いいえ、父様が不在の時はわたしが領主代行だからこれはわたしの仕事。二人は心置きなく砦で手合わせをしていらっしゃい」


 ベルモントと給仕係たちが食事を運んできて、わたしは話を打ち切った。


 ◇◇◇◇


 食後、二人は早々に自室の方へ引き上げて行った。明日出かけるために、今日のうちに荷造りを済ませてしまう心づもりみたい。

 わたしも部屋に戻ってセリアに紅茶を入れてもらう。

 それにしても、父上と母上のお出かけが増えた気がする。

 最近頻繁にお隣に呼ばれてるのは、なにか理由があるのかしら。前回出かけて行った市の日からまだ何日も経ってない。

 まあ、社交シーズンだし、本来はハインツ伯爵も王都の館(タウンハウス)にいるはずなのだけれど、どうしてこちらに残っていらっしゃるのかしら。

 母上だけならどなたかのお見舞いだろう、と思うのだけれど、そういった話は聞いてないし、父上も必ず一緒に行くのよね。

 今度聞いてみなくちゃ。

 ハインツ伯爵家の現当主はまだ代替わりしていないから、ユリウスおじさまのはずよね。父上よりお師匠様の方が年が近い。北の大国の南進を知っている世代だものね。お師匠様と二人が揃うと必ずその話で盛り上がってらっしゃったっけ。

 もしかして、そろそろ代替わりを考えてらっしゃるのかしら。でも、おじさまの身内というと女性ばっかりで、みんな他所に嫁いで行かれたって話だった。

 普通はどなたかが残って婿を取るなどするものだけれど、おじさまは娘さんたちの意向を大事になさったらしいの。詳しくは教えてくださらなかったけど。

 時々ユリウスおじさまに連れられて男の子がうちに遊びに来ていたけれど、あれってきっとユリウスおじさまのお孫さんだったのね。わたしと近い年頃の子だったのを覚えてる。

 じゃあ、もしかしてそのお孫さんが伯爵家を継ぐのかも。

 でも、じゃあなんで父上と母上が頻繁に呼ばれてるのかって話よね。

 しばらく頭を悩ませてみたけれど、これという回答には思い当らなかった。


「お嬢様、どうかなさったのですか?」


 セリアに声をかけられて我に返ると、手に持った紅茶は一口もつけないまま温くなっていた。そんなに長い間考え込んでいたのかしら。


「ううん、何でもないの」


 あわてて紅茶を飲み干すと、カップをテーブルに戻す。


「なんでもない様子ではありませんでしたけど……心配事ですか? それとも何か……」

「心配事ってわけでもないけれど……そういえば王家からの迎えって何時にこちらに来るか聞いてる?」


 王家からの迎え、の言葉にセリアは眉根を寄せた。王家というのがセリアにとっては不機嫌になるスイッチらしい。……まあ、わたしだって似たようなものだから、何も言わないけれど。


「いいえ、聞いておりません。聞いてまいりましょうか?」

「そうね……いいわ、明日の朝、もう一度聞いてみるから」


 今日はどこに滞在しているのかわからないけれど、麓の村からなら馬で半日はかかる。あの馬車は身軽だから馬車よりは早いかもしれないけど、昼以降なのは間違いないわよね。

 それなら朝に聞いても十分間に合うはず。


「もしかして、明日のお迎えが不安でいらっしゃるんですか?」

「え? いえ、それは違うわ。父上はきちんと手配しているでしょうし、ベルモントが知っているはずだから、その点については心配していないの」

「じゃあ、なにかあるんですか?」

「何か……セリア、少し聞いてもいい?」


 セリアをじっと見つめる。もしかしたらセリアは何か知っているのかもしれない。


「はい、何なりと」

「その……父上と母上がこのところよくハインツ伯爵様のところにお泊りで行っているでしょう?」


 途端にセリアは、目を見開いた。それから半眼になって首肯する。……何か知っているときの反応よね、これって。


「ええ、存じております」

「……理由を知らない?」

「いえ、特には伺っていませんけれど」

「そう。……もしかしてユリウスおじさまに何かあったのかと心配になったのだけど」

「ユリウスおじさま……?」

「ええ、ハインツ伯爵様のことよ」

「いえ、関係はないかと」

「……セリア」


 少し声のトーンを落とすと、セリアははっとしたように目を開いてわたしを見た。


「嘘はつかない約束よね?」


 にっこり微笑んでそう告げると、セリアは頭を下げた。


「……申し訳ありません、使用人わたしたちのことなので、お嬢様を煩わせるようなことでは」

「あなたたちのこと……?」


 使用人、と言われて皆の顔を思い浮かべる。護衛の者たちは別として、料理長、庭師、小間使い(ハウスメイド)、侍女、侍従、女中。

 そういえば、母上の侍女で最近見かけなくなった子が増えた気がしていた。

 以前わたしの買い物に付き合ってくれたサラも、ここのところ見ていない。食事の際に母上が連れている侍女はアンヌか気心の知れた長い付き合いの侍女ばかりだ。

 いつからだろう。……セレシュが来てから?


「もしかして……母上の侍女のこと?」

「ご存じなのですか?」


 驚いてセリアは頭を上げた。


「何人か見なくなったなと思ったの。……行儀見習いを終えて帰る子がいるのね?」


 わたしが王太子妃候補になってから送り込まれてきた侍女たちが、婚約破棄されたベルエニー家は用済みとばかりに我が家を後にしているのだろう。

 わたしはたいていのことは自分でできるし、自分でできないこともセリア一人いれば問題ないからと他に侍女を置くことはないけれど、母上はそうではないものね。


「ええ、それもあります」

「もしかして……カレルやセレシュのこと?」


 侍女でトラブルと言えば、お金が絡んでないのならあとは男性関係ぐらいしか思いつかない。――王宮でもよくあったから、なんとなくわかる。

 辞めると決めた子たちが、第三王子の来訪に目標ターゲットを変えた可能性は十分にある。

 じっと見つめると、セリアはしばらく視線を迷わせたあと、小さくうなずいた。


「辞表を出した者たちが、セレシュ様の部屋へ忍び込もうとしたのだそうです」


 変な声が出そうになって慌てて口を手で塞ぐ。

 セリアが申し訳なさそうな顔でわたしを見て、頭を下げた。


「お嬢様を煩わせたくなかったので黙っておりました。申し訳ありません」

「……いいえ」


 何を言うべきか、言葉に迷う。

 可能性としては考えたけど、本当だったとは。

 カレルは子爵の次男だから対象外だったのでしょうね。ここに王太子の覚えめでたい兄上がいたら、兄上も目標になっていたかもしれない。曲がりなりにも子爵の嫡男だし、行く行くは王太子の側近と噂されているし。

 それにしても、セレシュ様の部屋に忍び込もうとしただなんて、なんて恐れ多い……。いいえ、それ以前に、お忍びとはいえがっちり我が家の警備兵たちが守っているの、知らなかったの?

 それとも警備兵を篭絡でもしたのかしら。そんな兵がいるならきちんと処罰しないと。


「それで、セレシュ様には……?」


 見た限りでは、何も変わらないように見える。


「気づかれない内に処理したとのことですから、ご存じないと思います」

「そう。じゃあ、父上と母上がユリウスおじさまのところに通っているのって……」

「はい、トラブルを起こした娘も含めて辞表を出した侍女を全員、ハインツ伯爵の館で預かっていただいているのです。全員爵位のある方々のご令嬢ですから、無下にするわけにもいかないとおっしゃって」


 なるほどね。

 きっと、山奥のベルエニー領まで来るよりもハインツ領の方が近いし山を登らなくて済むからとか言って、王都からの馬車をそちらで迎えているのだろう。

 お預かりしたご令嬢を送り出すときに子爵夫妻が揃っていないと、あとでご家族から対応が不誠実だったと言われるから、ああやって迎えが来る前にユリウスおじさまのところに出向いているのね。

 さすが父上だわ。


「……いろいろ迷惑をかけているのね」

「え! 何のことですか?」


 セリアが目を丸くしてわたしの方を見ている。わたしはため息をついて、首を振った。


「ユリウスおじさまのことよ。普通なら社交シーズンでしょう? 王都に行かれている時期でしょうに」

「ああ、それなら、ハインツ伯爵様ご自身はここ何年も社交には出ておられないんだそうですよ」

「あら……そうなの?」


 言われてみれば、夜会でおじさまの姿をお見かけしたことはなかった。いつからだろう・


「ええ、高齢を理由に免除されているのだそうです。後継者が決まればすぐにでも爵位を譲って隠遁したいとおっしゃっているそうで」

「そうなの。……セリア、よく知ってるわね」

「侍女頭から聞いたんです」

「アンヌから?」

「はい。しばらく旦那様と奥方様の外泊が増えるのと、その際侍女頭も同行するとのことで、事情を説明いただきました。――できるだけ皆様の耳には入らないように、との指示で」

「そう。……カレルには告げなくていいわ」

「かしこまりました」

「それで、何時頃まで続きそうかしら?」


 セリアは眉根を寄せて視線を遊ばせたあと、「おそらく一月ぐらいは」と答える。


「そんなに?」

「まだ十人ほど残っているそうで」


 十人。……母上の侍女、多かったものね。


「わかったわ。明日父上がお戻りになったら話をしてみる。……全部終わったらユリウスおじさまに会いに行きたいわね」


 辞めた侍女たちと顔を合わせるのは避けたい。……当家の侍女じゃなくなったら貴族の令嬢だものね。


「それと、新しく侍女の面接もなさるそうです」

「……え?」


 そんなにごっそりやめたのだろうか。母上の世話に手が足りないほどに?

 驚いたわたしに、セリアはにっこりと微笑んだ。


「お嬢様付きを増やされるそうです」

「わたしの……?」


 たいていのことは自分でできるから、セリアがいれば十分なのに……? セリアが休みの時には確かに母上の侍女が付いていた。その余裕もないということなのね。


「はい、護衛も兼ねられる年若い女性を探すんですって」

「護衛?」


 街を降りるときにはグレンやボビーたちにもついてきてもらってるけど、まずかったのかしら?

 王宮でも男性の護衛はついていたし、今まで気にしたことはなかったけど。


「セリアがいれば十分なのに……」

「わたしが護衛役もできればいいんですけど、お嬢様に守られることになりそうですから」


 セリアは申し訳なさそうにうつむく。

 セリアだって護身術は身に着けている。でも護衛のプロには敵わない。父上と母上が探しているのは、護衛のプロでもある侍女なのね?

 そんなの……王都の女性騎士ぐらいしかいないんじゃない? わたしが目指していた、王都の女性騎士団。


「それも父上に聞いてみるわ。別に今のままで問題ないと思うんだけど」

「侍女が増えるのは正直助かりますけれど」


 う。……そうよね、ずっとセリアにばかり負担かけてしまってる。王宮でもずっと一緒にいてくれたし、休みなんてほとんど取らなかった。

 それに、セリアももう結婚適齢期。いつ嫁に行く話しが出てもおかしくない。もしかしたら今まででも縁談があったのかもしれない。前にも聞いたことあったけど、はぐらかされてしまったっけ。

 わたしのせいでつぶれていたとしたら……。


「……ごめんなさい、セリア。あなたにはずっと無理をさせてしまって。母様にお願いして侍女を増やしてもらうわ」

「えっ、あっ、そういう意味じゃないんですっ」


 セリアは慌てて両手を突き出して手を振った。


「奥方様の侍女がいきなりがっつり減ったせいで、いろいろ細々したところが回らなくなっちゃってるんです。だから増えること自体は歓迎なんですよ」


 そうよね、いきなり二十人近く減ったんだもの。


「だから、奥方様付きの侍女が増えるのは喜ばしいんですよっ」

「でも、もしかして……」

「お嬢様っ」


 慌てたようにセリアが口を開いた。


「お茶のお代わりをお持ちしますねっ」


 ぱたぱたとワゴンを押して走り去る。その背中を見送りながら、わたしは首を傾げた。

 セリアはもしかして、わたし付きの侍女が増えるの、嫌なのかしら。仕事が楽になるって言ってたのに。

 でも、やっぱり増やしてもらおう。

 このままじゃセリアは結婚もできないわ。

 セリアには幸せになってもらいたいもの。

 戻ってきたセリアを見ながら、わたしは母上に侍女増員のお願いをすることに決めた。

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